必ず当たる占い師

安佐ゆう

恋占い

 都市伝説と言えば、あれはもう、十……何年前になるかしら。

 その頃の私はまだ学生で。そうそう。ちょうど二十歳になったころだったわ。お酒が飲めるのが嬉しくて、休みの前日には繁華街に飲みに行ってたの。


 私の実家のある……分かるかな?

 わりと大きな繁華街でね。その繁華街と駅の間にアーケードがあるんだけど、夜九時を過ぎるころにはシャッターがほとんど閉まっちゃうような、そんな商店街。

 そこに、夜十時を過ぎると、何人も占い師が店を出していたの。

 そう。閉じられたシャッターの前にイスとテーブルを置いて。


 都市伝説というか、地元の学生が噂してただけで、そんなに有名ではないと思うんだけど、私の聞いた話はこうだったわ。


「中央商店街に、絶対当たる占い師がいる」


 ありきたりよね。

 まあ、都市伝説なんてそんなものじゃない?

 その占い師について分かっているのは、男の人で土曜日の零時に会えるってことだけ。

 でも夜の間、占い師はその通りにはいつも十人以上は居たし、顔触れは毎日のように入れ替わってて。だから土曜日の零時だけと言われても、その中のどれが噂の占い師かなんて、分かるはずもなかったけど。


 その日は金曜日の夜で、友達と三人で遅くまで飲んでたの。

 ええ。もちろん女の子よ。ふふ。

 終電の時間も近くなって、そろそろ帰ろうと、その占い師通りを歩いていたら、一人の占い師が私たちに声をかけてきたわ。

 いいえ、そんな不気味な感じじゃなくて、何だかすごく軽い調子で。


「ねえねえ、今日はまだ誰も占えてないんだ。ただで見てあげるから占っていかない?」


 そんな感じで声をかけられたと思うわ。ええ。その頃はおじさんに見えたけど。

 今思えば多分、三十歳過ぎくらいで、中肉中背の目立たない雰囲気の人。


 危ないんじゃないかって?でも友達と一緒だったから。多分大丈夫だろうって思ったの。お酒を飲んでたからかもしれないわね。

 うん。今はちゃんと気を付けてるわよ。


 最初に占ってもらったのは友達の一人でSちゃん。

 みんな二十歳だし、恋愛運に興味があるお年頃だったから、占ってもらう内容ははほぼ同じよ。


「今、好きな人がいるんだけど、恋愛運を……彼と上手くいくかどうか、お願いします」

「……。ああ、その彼ね。うん。上手くいくよ。結婚できる。苦労することもあるだろうけど、お子さんにも恵まれるし、可愛い女の子だ。良かったね」

「わあ!ありがとうございます」


 Sちゃんは大喜びでそこらを飛び跳ねてたわ。酔っぱらいだから仕方がないわね。

 ちなみにSちゃんの彼は浮気癖が酷かったから、私たちは別れたほうが良いって言ったんだけど、何度も別れてはまたよりを戻して、結局結婚したわ。ええ、お子さんは女の子が二人。


 次に占ってもらったのはTちゃん。


「えー、どうしよう?今、好きな人はいないんだけど、いつ頃結婚できますか?」

「うーん……。えっとね、結婚運はあるからいつかは結婚するよ。気長に待っとこうか」

「えええええっ、その占い、微妙……」

「あはは。結果がそう出ちゃったんだから、仕方がないよ」


 Tちゃんとは卒業してから会ってないから、今どうしてるかは知らないわ。

 そして最後に占ってもらったのが私。


「今付き合っている彼と、結婚できますか?」

「……。ああ、無理だね。はっきり言っちゃうけど、その彼と君は相性が悪い。一緒にいても良い事は無いし、きっと長続きしないよ。早く別れた方がいい」

「え……」


 言葉を失った私を、友人二人が一生懸命慰めてくれた。けど、そんな言葉も耳に入らないくらいショックだったわ。たかが占いって思うけど、それでもつらかった。ボロボロ涙がこぼれて、そこに座り込んでしまったわ。

 だってほら、まだ二十歳だから!

 そんな私たちを見かねたのか、占い師が声をかけてきたの。


「どうしても、その彼と結婚したいの?」

「うん、彼と一緒にいる時が幸せなの」

「そうか、仕方がないね。じゃあ、今日はサービスで縁結びのおまじないをしてあげようか」


 そう言うと、占い師は私に向かって、奇妙なジェスチャーをしてから言ったわ。


「よし。これで今の彼と結婚できるよ。けどなあ……」


 しばらく口ごもってから、もう一度私を見て話しかけてきたの。


「今どんなに好きでも、ずっと一緒にいるって案外大変なこともあるんだよ。でも縁結びしちゃったからなあ……」

「大丈夫。彼とならきっと! おまじないをしてくれて、ありがとうございます」


 ◆◆◆


 え?それからどうしたって?

 もちろんその彼と結婚したわ。ええ、今の夫よ。真面目な人で、良く働いてくれるわ。私のことだけ好きだって言ってくれるし。

 愛されて……いるのかしら。


 うまくいってるかは微妙。

 そりゃあ縁は結ばれたなって思うわ。でもそのぶん、片時も離れてくれないんですもの。窮屈で。

 いいえ、さすがに四六時中一緒に居るわけではないわよ。夫にも仕事があるし。ただ……。


 あ、ほら、またスマホが鳴った。夫からのメッセージが入ってるわ。

「どこに居るんだ?」

「いつ帰るんだ?」

「何時に帰ってくる?」

「いつまでその店にいる?」

「誰と一緒にいるんだ?」

「誰と一緒にいるんだ?」

「誰と一緒にいるんだ?」

 ですって。

 こうしてGPSでいつも私の居場所をチェックしてるの。いつも、いつも。

 たまには一人にさせてくれって何度も言ったんだけど、全然聞いてくれなくって。


 ……

 ……

 ……


 逃げようと思ったこともあるの。でもどうしても逃げられなくて。



 だからね。今度夫が出張の時に、実家に帰るわ。

 出張の時くらいしかチャンスがないし、どうせすぐに迎えに来られるんだけど。

 ……中央商店街の占い師、土曜日の午前零時にいけばまた会えるかしら。

 あの占い師に会えば、うまくいく気がするのよ。










 あなたと。



 ふふ。

 ねえ、あなたも一緒に行く?

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