第28話 日常、再び

 圭一が退院してアパートに戻ってくると今までと比べようもないくらいマスコミたちが集まり、凛が窓に近づくだけでフラッシュが焚かれるような状況だった。そして二人が注目されるのと同じように安田やエマのように宇宙人に寄生された人々に対しても注目が集まり、中傷のような報道がされた。彼らだけではなく彼らの家族や親戚といった周囲の人々も非難と中傷の的にされて、インターネット上では彼らの住所もアップされていた。それを見た人々が家に落書きをしたり石を投げたりするなどをしているらしい。そんな混乱が他の場所でも起きていた。

「ねぇコレ見て」

 凛は圭一にスマートフォンを渡すとそこにはあるウェブサイトが繋がっていた。それは安田やエマたちはインフルエンザワクチンの接種で脳に異常をきたして殺人を起こしたというような話だった。他のウェブサイトでは彼らはある研究機関によって無理矢理チップを付けられたことで殺人を起こしたなどといった陰謀論と言われるような内容だった。

「馬鹿馬鹿しい。そんなものを信じる地球人なんていない」

 圭一は心底呆れたような顔をして、彼女にスマートフォンを返した。

「そうかな。人間って不安だと信じられない話にも飛びついちゃうから」

 凛の言葉通りにフェイクニュースを鵜呑みにした母親が子供にワクチンの接種をさせなかったり、全く関係のない研究機関に爆破予告をしたりするなど大きな騒ぎになった。

 しかし多くの人々がSNSを通じてそういったフェイクニュースに反論し始めたのだ。それだけではなく加害者家族に対する過剰な報道に疑問視する人も現れた。また政府はこの状況を重く見てこの一連の事件はあるウイルスが原因だと発表した。このウイルスに感染した人間は殺人衝動を引き起こし、死んだ人間を食べるという奇行を起こすと説明した。官房長官はそのウイルスは空気感染はせず、感染者に噛まれたり体液が体内に入らなければ感染しないのでパニックにならないでほしいと話した。そして治療法はあり、このウイルスに対するワクチンは開発中で、一年以内に接種が出来るようになると発表した。その言葉通りに記者会見から一年後にはワクチンが接種出来るようになった。政府の説明は全くの出鱈目で、このワクチンも体には害も益もないものだったが、説明されたことで国民の不安は取り除かれたようでこの一連の騒ぎは収まった。未だにネットでは陰謀論が燻っているが、それも当初と比べれば静かになった。また加害者家族の非難や中傷もあからさまに行われることがなくなり、凛と圭一の元からマスコミは消えていった。


 圭一は目を覚ますとカーテンを勢いよく開けた。朝の日差しが部屋に入って二人を照らした。凛は何度も伸びをしながらゆっくりと起き上がった。凛は圭一と目が合うとおはようと言うと圭一も挨拶を返した。二人は起き上がると朝食の準備を始めた。

 あれから二年経った。政府の人間が圭一のことを監視していること以外は今までと同じような生活をしている。凛と圭一は今でもあのアパートに住み、二人とも同じ会社で働いている。二人が復職してすぐは会社の中でギクシャクとした雰囲気が漂っていたが今ではかなり落ち着いて、今までと同じような生活をしている。


 圭一は地球人は傲慢で愚かな生き物だと感じていた。地球人が自分勝手に森林を開発するせいで環境は破壊され、貴重な動植物が絶滅の危機に瀕している。安田を倒した後も執拗に誹謗中傷を繰り返したり信憑性のない情報に踊らされたりする地球人を見て醜さを感じた。しかし怒りや悲しみを乗り越えて正しい道を選ぼうとする地球人を眩しく感じ、どこか愛おしさも抱いた。

 もし神という存在がいたならば、この地球人という生き物を生かし続ける気持ちが分かるような気がする。地球人は何度も愚かに過ちを起こす。しかしその度に正しい道を選ぼうとするのだろう。そんな地球人の姿を見ていきたい。彼女と共に。


 圭一は朝食の準備をしている凛の後ろ姿を見ながらそう思った。凛はいつまで経ってもキッチンに来ない圭一に声を掛けた。

「早く来ないと圭一の朝ご飯なしだよ」

「今行くよ」

 圭一は凛の待っているキッチンに向かった。





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侵略される日常 佐藤来世 @8azuki8

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