第27話 さよならの準備②
圭一は桜井が止めるのを無視して病院を出ると当てもなくただ街の中をブラブラと歩いた。彼は歩いていると小さな橋を見つけて近寄ると川はお世辞にも綺麗とは言えない色をしていた。圭一はもう誰にも連絡する必要のないスマートフォンを鞄のポケットから取り出すと、その川へ投げ捨てた。スマートフォンはぽちゃんという音を立ててゆっくり川の底に沈んでいった。圭一は鞄の持ち手をぎゅっと握るとまた歩き出した。
圭一はこれからどうするのか、どこに行きたいのか何も考えていなかった。圭一が彼女と離れようと思ったのは病室で目を覚ましてすぐの時だった。彼は凛だけではなく家族にも気づかれないように最新の注意を払って、普段通りの態度を心掛けた。彼は京都の実家に戻れば両親と妹に囲まれて逃げるのが難しくなると思い、言い訳を考えて実家に戻らないようにした。そして凛には退院する時間を遅く伝えた。作戦は上手くいき圭一の思惑通りになった。後は凛と暮らすこの街を離れるだけだった。なのに駅のある方向へ足が向かわなかった。圭一はこの街から離れるのがなぜか名残惜しさを感じていた。街を歩けば凛との何気ない思い出が鮮やかに思い出されてその度に胸が暖かくなり、そして胸が苦しくなった。自分が体験したことなのかそれとも元の圭一が体験したことなのかが曖昧になり、二つの異なった液体が混ざり合い一つになった感覚に陥り、頭がぼんやりとしながら圭一は歩いていると見覚えのある公園を見かけて勝手に足が動いた。公園の中を歩いて行く内に彼は凛とピクニックをした場所だったことに気づいた。圭一は芝生の上に座り込むと凛と弁当を作ってこの公園で食べたことを思い出した。あの時は丸川圭一に寄生してすぐの頃だった。多くいる同胞の中でも寄生が得意だったはずなのに、凛にあっさり見破られてしまった。ここから全てが始まったのだ。公園にいる人々は皆各々好きなことをして過ごしている。子供を連れた母親。犬を散歩させる老人。ベンチで寝転がっているサラリーマン風の男。圭一はここにいる地球人は僕を宇宙人だと気づくだろうかとぼんやり考えていた。
彼はどのくらいそこにいただろうか。大きく深呼吸をして立ち上がった時、後ろから軽い衝撃を感じてゆっくり振り返るとそれは凛だった。
「凛……。どうして? 」
「どうしてじゃないよ! 病院に行ったら看護師さんに圭一はもう退院しましたって言われて、何度もスマホに電話したのに繋がらなくて、圭一のことをずっと探してたんだよ」
凛は感情を爆発させて圭一の胸を何度も叩き、彼の胸に顔を埋めた。彼のシャツが涙で濡れた。圭一は今までに見たことのない凛の姿に言葉を失い、そして彼女に対して申し訳なさを感じた。
「ごめん……」
「ごめんじゃないよ! どうして急にいなくなったの? 」
圭一は躊躇いながらも口を開いた。
「これ以上凛の傍にいてはいけないと思った」
「どういうこと? 」
凛は圭一の言葉を聞いて少しだけ冷静さを取り戻した。
「凛が安田に殺されそうになった時、すごく怖かった。悪夢を見るほど。それでようやく分かった気がするんだ。凛が丸川圭一を殺された時の気持ちが」
「私の気持ち……? 」
「こんなにも怒りと悲しみで頭が支配されて、ぐちゃぐちゃになってそして絶望するのか。こんな気持ちを凛にさせたのかと思うと、自分が許せなくて凛の近くにいれないと思った」
「だから離れようと思ったの……? 」
「ああ」
「でもどうして? あんなに地球人を馬鹿にして私のこともただの研究のサンプルだったんでしょ」
「分からない。地球人はたくさんいる中で凛は特別なんだ。でもどうして凛だけが特別なのかは分からない」
「何それ意味分かんない」
凛は呆れた表情を浮かべて彼から離れた。
「ごめん」
「圭一は勝手だよ。急に現れたと思ったら今度はいなくなるの? ふざけないで! 」
「ごめん。だからもう凛の前には現れないよ」
圭一は凛から離れようとすると、凛が圭一の胸元をぐっと掴んだ。
「それが勝手だって言ってるの! お願いだからもうどこにも行かないでよ。傍にいてよ……」
凛はひどく顔を歪ませながら彼を強く強く抱きしめた。ま圭一はそんな凛の表情がなぜか美しく感じた。
「僕を許してくれるの? 」
「許すわけないでしょ! だけど私の前からいなくなったらもっと許さない」
「分かった……」
圭一は頷いたが未だに頬を濡らしている凛をどうしたらいいのか分からなかった。彼は恐る恐る凛の頭に触れて何度か撫でてみた。凛が嫌がる素振りを見せなかったので、圭一は彼女の頭を撫で続けた。
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