第26話 さよならの準備

 圭一の異様な治癒力に担当医は何度も首を傾げていたが退院の日程が決まった。大学で期末試験があった真由は東京に来れなかったが、圭一の両親はわざわざ京都から来た。両親は凛と一緒に担当医から退院が出来ることを聞いて安堵したようだった。圭子は退院したら実家がある京都で体を休めるように何度も圭一を説得したが、圭一は首を縦に振らなかった。

「京都に戻ったらうちらがおるさかい安心やし、凛さんにあんたの面倒を見させる訳にはいかへんやろ」

「そうかもしれへんけどわざわざ京都に戻るのんはめんどくさいわー」

「そないな理由で凛さんに迷惑をかける気かあんたは! 」

 圭子はベッドを叩いた。凛は二人の言い争いに思わず口を挟んだ。

「あの! 私なら大丈夫です。お義母さんとお義父さんが良ければですけど……」

「そうは言うてもね……」

 圭子は手に顎を置いて考え出した。

「別にええんちゃうか。凛さんもそう言うてるし。それに順調に治ってきてるしそこまで面倒はかけへんやろう」

「おとんがそこまで言うならしゃあないか……。凛さんこの子のことよろしゅうおたのもうします」

 圭子は深々と頭を下げた。

「こちらこそよろしくお願いします」

 凛も圭子に倣って深々と頭を下げた。圭子と一は何度も凛に頭を下げて病室を出て行った。

「あー。色々と疲れた」

 圭一は両親が出て行ったことを確認すると口をもごもごと動かした。

「普段は京都弁使わないもんね」

「何度も舌を噛みそうになったよ」

「みんな心配してるんだよ」

「分かってるけど……」

 圭一の口ぶりがまるで反抗期の少年みたいで凛は笑ってしまった。

「ねぇ、圭一。退院したら何が食べたい?」

 圭一は上を見て数秒考えてから答えた。

「そうだな……。オムライスかな」

「分かった。玉子がよく焼かれてるオムライスね」

「うん」

「了解。退院の日は時間になったら私が迎えに行くから病室で待っててね」

「分かった」

 凛はベッドにいる圭一に手を振ると圭一も同じように笑顔で手を振ってきた。その姿に凛は何か違和感を覚えたが、気にしないふりをして病室を出た。


 凛は圭一の退院日に彼の病室に行くと荷物はなく圭一もいなかった。凛は自分が病室を間違えたのかと思い、病室の外にあるネームプレートを見たが間違っていなかった。彼女は状況が理解出来ないでいると、偶然にも看護師が通りかかったので声を掛けた。

「あの! ここに入院していた丸川圭一は? 」

「さきほど退院されましたよ」

 看護師の予想外の言葉に凛は一瞬固まった。

「えっ……? ちょっとすいません」

 凛は嫌な予感がして病院で通話が出来るゾーンに向かった。彼女は圭一のスマートフォンに何度も電話したが繋がらなかった。スピーカーから圭一が電話に出れないことを伝えるアナウンスが聞こえるだけだった。圭一の入院中に圭子と連絡先を交換していた凛は圭子にも連絡をしたが、圭子も圭一から連絡がないと言われ、凛は途方に暮れた。彼女は圭一の行き先に心当たりはなかったが病院を飛び出した。


 桜井は病室に誰かがいるような気配がして目を覚ました。ベッドの近くに置いてある椅子に圭一が座っていた。

「こんな所で何をしてるんだ? 」

「桜井さんにお礼が言いたくて。桜井さん、凛を助けようとしてくれてありがとうございました」

「別に……。それが仕事だからな。お前はもう退院したのか? 」

「はい。お陰様で」

「さすが宇宙人だな。俺はまだこのざまだ」

 桜井は話すのも辛そうで苦しそうに呻いた。

「僕が宇宙人という話を信じてなかったんじゃないんですか? 」

「そう考えた方が辻褄が合うからな……。まぁ仕方なくだ。それより彼女は無事か? 」

「はい。少し怪我はしましたが大きな怪我もありません」

「そりゃあ良かった」

 桜井は微かに笑みを浮かべた。

「人類食糧計画だっけ? あれはどうなった? 」

「計画推進派のトップがいなくなりましたからね。計画は当面止まります。ただ新しいトップが現れたらどうなるか分かりませんが。今までみたいに表立って地球人を捕食する個体はいなくなると思います。地球人と同じような食生活に転換する個体もいるでしょうね。要するに僕達は地球人と共存する道を選んだということですよ」

「地球の平和は守られたってことか……」

 桜井は天井を見ながらあーあと呟いた。

「お前らのせいで俺は大変な目に遭ったよ。俺は大怪我して政府のヤツらに何度も尋問されて最悪だ」

「僕の所にも政府が来ました」

「何を話したんだ? 」

「全てです。全てを話せば拘束はしないと言われたので。その代わり僕は死ぬまで政府の監視下に置かれるようです。ここに来るまでにも政府の人間に尾行されてますから」

「それは大変だな」

「でも時期に慣れると思います」

「お前は慣れても彼女はそう思わないだろ」

 桜井が凛について触れると圭一は黙りこくった。

「彼女の前から消えるつもりか? 」

「彼女を守るという約束でそばにいたんです。彼女は襲われることはもうないでしょう。僕の存在意義はなくなりました」

「そういうことじゃないだろ。あの子はお前を必要としてる」

「なんでそう思うんですか? 僕は丸川圭一を殺したんですよ。必要なはずがない」

「お前だってあの子が必要だろう? 」

その言葉に圭一は目を大きく見開くと、思い詰めた表情で圭一はゆっくりと口を開いた。

「必要です。でも僕はもう分からないんです。この感情が僕のものなのか。それとも丸川圭一のものなのか……」

 桜井は今までに見た事のない圭一の表情に暫し言葉を失ったが、少し考えてから口を開いた。

「人間はそんな単純な生き物じゃない。憎いやつでも一緒に暮らしていれば情が湧く。人間はお互いに影響を与えながら生きている。お前も彼女と一緒に暮らして変わったんじゃないか? 」

「ハッハッハハッハッハ! 」

 圭一は少し考えてからけたたましい笑い声をあげた。その様子に桜井は思わず呆気に取られた。

「何がおかしい? 」

「やっぱり地球人は変な生き物ですね。研究しがいがあります。桜井さん、ありがとうございました。お元気で」

 圭一は最後に微笑むと病室へ向かった。桜井は待てと止めたが、病室のドアはぱたりと閉まった。

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