第25話 戦いの終わり

 圭一は身体中にズキズキとする痛みを感じて目を覚ました。地面には鉄くずで体を貫かれた安田が倒れていた。

「終わった……」

 圭一はほっと息をついたが、すぐに凛の姿が見えないことに気づいた。

「凛? 」

 圭一は辺りを見渡すと凛が少し離れた所にうつ伏せで倒れていた。圭一は痛みに耐えながら彼女の元に駆け寄った。

「凛? 大丈夫? 」

 圭一は凛に話しかけたが何も応えなかった。彼は凛をゆっくり抱き寄せると、彼女の胸は血で汚れていた。

「凛! 」

 圭一は凛の頬に触れたが彼女は目を開けなかった。

「どうして安田を殺したのに……? 何で? 目を覚まして! 凛! 凛!! 」

 圭一は狂ったように凛の名前を何度も叫んだが彼女は息を吹き返さなかった。


「凛! 」

 圭一は目を覚ますと先程の廃工場ではなく、見覚えのない部屋だった。圭一の腕には点滴が挿入され、顔には酸素マスクが着けられていた。圭一は状況を把握しようと頭を回転させていると、部屋に一人の若い女性が入ってきた。女性は圭一のことをお兄ちゃんと呼び、部屋から出て行ったがすぐに若い女性は中年の女性を連れて部屋に入ってきた。

「圭一! 目を覚ましてよかった」

 圭一は二人の女性を記憶の糸を手繰り寄せた。

「お母さんと真由? 」

 そこには圭一の母親である圭子と妹の真由が立っており、二人の目には薄ら涙が浮かんでいた。

「目を覚ましてほんまに良かった。おとんもそろそろ戻ってくるさかい」

 圭子は東京では中々聞くことのない京都弁を話しながら、目の縁に溜まった涙を指の背でそっと拭った。

「凛は?! 凛は無事? 」

 圭一は勢いよく起き上がったため今までに感じたことの無い強い痛みを身体中に感じた。

「お兄ちゃん落ち着いて! 凛さんは無事やで。今、警察署で刑事はんと話をしてんで。そろそろこっちに来るんちゃうかな」

「よかった……」

 圭一は安堵のため息をこぼした。

「凛さんは凄いよ。自分だって怪我してるのにうちらが病院に着くまでお兄ちゃんに付きっきりやったんやで」

 突然病室の扉が開いたので、三人は扉に顔を向けると圭一の父親であるはじめが顔を覗かせた。

「圭一。凛さん連れてきたで」

 一に連れられて凛が病室に入ってきた。凛の手足には包帯が巻かれ、顔にはガーゼが貼られていた。圭一は自然と両手を広げるとそこに凛が吸い込まれていった。圭一の家族たちは目を合わせると、そのまま病室から出て行った。

「圭一が無事で良かった」

 凛の声は涙ぐんでいた。

「凛……。怪我は? 」

「大丈夫。大した怪我じゃないから」

 凛は圭一の首元に頬を寄せた。圭一は顔と手の傷に指先でそっと触れた。

「でも怪我してる」

「私のことより自分のことをもっと心配してよ! 圭一、二日も目を覚まさなかったんだよ。愛さんと同じことになったらって……」

 凛はそう言いながら圭一をまた強く抱きしめた。

「ごめん」

 凛は安心したかのようにもう一度、圭一が無事で良かったと呟いた。二人はお互いの不安が消えるまで長い時間抱き合ったままだった。


 圭一は目を覚ましてからは傷の治りが早く圭一の家族と主治医が大変驚きながらも、リハビリが始まった。圭一は並行棒を両手で掴んで歩いているのを凛は見守っていた。

「ここまで歩けるようになったの凄いね。あともう少しで平行棒なしで歩けるんじゃない? 」

「そうかな? まだまだだよ」

 圭一の顔には少し汗が浮いていた。

「桜井さんはようやく目を覚ましたって」

「本当に?! うわっ」

 圭一は勢いよく顔を上げたせいでバランスを崩して倒れそうになったが凛がなんとか支えた。

「もう桜井さんも大丈夫だって」

 桜井は安田に何発もの銃弾を撃ち込まれて一度は生死をさまよったがようやく目を覚まして、少しは会話が出来るようになったのだ。

「桜井さんの部下が教えてくれたんだけどね。撃たれて意識が朦朧してたのに車のナンバーを覚えてスマホで応援を呼んでくれたんだって。もし警察が来るのが遅かったら、圭一も危なかったかもしれない。今度お礼をしに行こうね」

「そうだね」

 圭一はしっかりと頷いた。


 圭一がリハビリを始めたのと同時に警察の調書が病室で行われていた。圭一はリハビリと食事以外で病室にいる時に調書を受け、凛が見舞いに訪れると警察の調書を受けている最中だったことが何度もあった。その日も凛が見舞いに訪れるとスーツを着た三人の男が圭一の病室から出てくるのが見えた。圭一の話を聞く警察官は毎回同じで顔馴染みになっていたがスーツ姿の男たちは初めて見たので、違和感を抱いた。凛はスーツ姿の男たちと入れ違いで病室に入った。

「さっきの人達って刑事さん? 」

「いいや。政府の人間だって」

「やっぱり……。何を聞かれたの? 」

「色々だよ。僕達がどこから来てどういう理由で来たのか何度も繰り返し聞いてきた。また来て色々話を聞きたいって言ってたよ」

 圭一は冷めきった表情を浮かべていたが、その言葉を聞いた凛は俯いた。

「政府の人達に連れていかれたりしないよね? どこにも行かないよね? 」

 凛は不安そうな表情を浮かべた。

「大丈夫だよ。どこにも行かない」

 圭一は安心させるために優しく微笑んだ。凛はその微笑みを見ると戦いが終わったことに心から安堵した。

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