第24話 最期の戦い②

 圭一は立ち上がると近くに落ちていた棒状になった鉄くずを掴んだ。鉄くずの先端は鋭くなっていて、その先を水溜まりの中に突っ込んだ。安田はヘラヘラとした表情を浮かべている。

「それを使ってどうするつもり? まぁそのくらいのハンデは許してあげるよ」

 圭一は鉄くずを構えると安田に向かっていき、安田に振り下ろした。しかし安田は鉄くずを片手で受け止めた。圭一は一瞬の判断で安田の顔を肘で殴ると、バキッという音がすると彼の鼻からは鼻血が勢いよく噴き出した。安田は殴られた衝撃で顔を後ろに逸らしたが、すぐに顔を正面に戻した。

「鼻が折れちゃったよ」

 安田は鼻から血が垂れ流れているにも関わらず、笑いながら折れた鼻を元の位置に戻した。それを見た凛は背中に寒気を感じた。圭一は再び構えると安田に立ち向かった。圭一は安田を刺すように鉄くずを振るうが、彼は何の雑作もなく圭一の攻撃を避けていく。安田は圭一の腕を掴んで動けないようにすると、彼の顔を何度も殴りつけた。圭一の口は切れただけではなく鼻も折れ、彼の顔は血塗れになった。圭一は安田の攻撃の隙を見つけると、安田の腹に蹴りを食らわせた。安田が腹を押えた所で圭一は鉄くずで彼を突き刺そうとしたが、彼は寸前の所で避けて腕にかすっただけだった。


 どのくらい時間が経っただろうか。圭一は何度も戦いを挑んだが安田にかすり傷しか負わせることが出来ず、圭一は立っていることで精一杯だった。安田の圧倒的な力の差は明らかで、圭一は気力だけを支えに立っている。安田は圭一の腹を殴りつけると、圭一は膝を折って倒れた。安田は凛の元に向かおうとしたのに気づいた圭一はうずくまりながらも彼の足をぐっと掴んだ。

「止めろ。凛に近づくな」

「なんだよ。この女にそこまでの価値があるの? 」

「凛を……。守るって約束したんだ……」

 圭一は痛みを感じながらも安田の足を強く握った。

「無様だね……。そこまでしてこの女を守りたいんだ。あんなに地球人を軽蔑してた癖に」

「止めろ! 」

 圭一は言葉の続きを言わせないように、大声を出した。

「彼女に知られたくないの? 」

 圭一の必死な様子に安田は哀れみの目を向けた。

「言うな! 頼むから」

「人類食糧計画を考案した張本人なのに」

 圭一は凛に一番聞かせたくなかった言葉を聞かれたことに絶望した表情をした。それを見た安田はギャハハハと下卑た笑い声をあげた。

「本当に君は愚かだよ! こんな女のせいで腑抜けにされて死ぬなんて」

 安田は圭一の背中を足で何度も踏んづけ、圭一は呻き声を上げていると安田は背中に衝撃を感じた。安田は振り向くと凛が立っていた。凛は足に縛られた紐から抜け出し、安田に体当たりしている。縄から無理やり抜け出したせいか凛の足首には擦り傷が出来ていた。

「それがなに? そんな事どうでもいい! 圭一をこれ以上傷つけないで。圭一を離して! 」

 凛はもう一度安田に体当たりをしたが彼はビクともせずに、凛の腕を掴むと地面に倒した。安田は凛が動かないように足で彼女の体を踏みつけた。凛はうっと苦しそうな声を出している。

「本当に邪魔だなぁ。お前を殺してからこの女を殺すつもりだったけど計画変更。この女を殺してからお前を殺してやるよ」

 安田は圭一が持っていた鉄くずを掴むと高く掲げた。

「止めろぉー! 」

 圭一は叫び、凛は痛みを覚悟した。しかしいつになっても凛は痛みを感じなかった。彼女はゆっくり目を開いた。安田の顔は青白くなり体がフラフラと揺れ始めた。

「なんだこれ……? 」

 安田の手から鉄くずが落ちると、彼は膝をついて苦しそうに呻き出した。

「ようやく効いてきたか」

「お前なにをした? 」

「前に僕を殺そうと凛にヒ素が入った瓶を渡したことがあっただろ。それをずっと持ってたんだ。さっき倒れた時にヒ素を入れていた瓶が割れて水溜まりの中にヒ素が溶け出した。ヒ素が溶け出した水溜まりの中に鉄くずを入れたんだ」

「つまりあの鉄くずにはヒ素が付いてたのか」

「ああ。ただの鉄くずならそんな傷大したことないだろう。でもヒ素が塗られた鉄くずならそんなかすり傷もたくさんあったら命取りだ」

 圭一が言い終わると安田の口から吐瀉物が溢れ、彼の体は震え出しそのまま倒れた。安田は苦しみのあまり首を何度も引っ掻いて苦しみから逃げようとするが、地獄のような苦しみは何度も襲いその度に吐いた。圭一は鉄くずを支えにしてゆっくり立ち上がり、安田に近づいた。

「ごめん」

 圭一は鉄くずを高く上げて、安田の体に打ち込んだ。鉄くずが安田の体を貫くと彼は目をカッと開いた後、ゆっくりと目を閉じた。

「終わったの……?」

「ああ。全部終わった」

 圭一は言い終わると体がゆらりと揺れて倒れた。

「圭一! 」

 圭一は息をするのもやっとな様子だった。凛は圭一の手を強く握った。

「大丈夫だよ。すぐに助けが来るから! 」

「ごめん。凛」

 掠れた声で圭一は呟いた。

「なんで謝るの? 謝んないでよ! 」

 凛の目には涙が浮かんでいた。

「こんなことに巻き込んで本当にごめん」

「お願いだから死なないで! 圭一!! 」

 圭一の手は段々と力が抜けていき、彼は目を閉じた。

「圭一? 駄目だよ。死んじゃ駄目! お願いだから目を開けて」

 凛は何度も圭一の名前を叫んだが、圭一は応えなかった。

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