第47話 すれ違い
何かが湧き出る。どうしてそうなるのかは分からないが、僕を支配していくのは怒りの感情だった。
「もういい、もういいんだ」
刀を構えると、アノーの周囲にいた護衛たち全員が斬りかかってきた。これだけ怒りの感情の支配されていたとしても、刀は最適解を示し続けてくれる。
エイジの体に突き刺した時に、裏切ってしまったはずの最適解は、それでも僕へと寄り添ってくれた。
「もういい」
余計な力が入っていると言うのだろう? 怒りの支配というのはそうなりやすい。つい、次へ次へと刀を動かそうと焦る。
これまで僕の思い通りに動いてきてくれた体は、それでもそれなりに動いてくれた。考えられる最適解と、僕の想像がぴったりと重なれば誰にも負けることはない。しかし、少しだけ僕の想像が焦りすぎているのが分かる。
これが分かる者が相手にいるのか? いや、いない。
愛している刀は輩の首を刎ね続ける。その所作に惚れ、嬉々として斬りかかってくる輩にかつての自分を重ねて、それでも彼らの矜持に付き合おうと考えている自分がいた。最後は、ソードマンとして生きてもいいのかもしれない。
ここまで考えて、最後を考えるのは何度目なのかと自問した。
「想いを残せ。死して尚、我らの誇りを奪わせるな」
自然と右手の拳が心の臓へと当てられる。すでに三人を切り殺した僕に対して、残りの護衛達は一度足をとめ、同様に右手を握って左胸に押し付けた。
死兵の儀式が終わると、それぞれ刀を構え直した。
「僕は餌にされるのではなく、命をかけて輩を護る戦士になりたかった」
アノーが僕を見つめる。その想いがどんなものであるのかは知らないが、もはや彼の心が僕に届くことはない。
「僕を殺してみろ。僕に死を運んで来い。だが、すでに僕には生きる意味を与えてくれる人たちがいる」
輩を屠る最適解が、一人の輩の首を捕らえた。頭部をなくしてその場に倒れ伏すその姿が、かけがえのない仲間と重なった。
「ひどく傲慢な考えであるとともに、これは精算しなければならない問題でもある。そして、たまたまそれを行使する力を僕はもっていた」
「アノー、もう一度言う。何故、祖国のために、輩のために死んでくれと言ってくれなかった」
アノーは全てを諦めたかのように言った。
「さあな、信じきれなかったんだろうよ」
嘘だと分かってしまった。
苦悩してきた僕だからこそ、理解した。アノーもまた僕と同じであのことで悩み続けてきたということを。そして僕とは違い、心折れることなく耐え続けてきたということを。だけど、抜いた刀を仕舞う勇気が僕にはなかった。
最後の護衛が倒れた。全員、逃げることなく戦って散った。
「なあ、一ついいか?」
「なんだ?」
「リヒトを護ってやってくれ」
晴れ晴れとしたアノーの顔は、僕の刀が腹部を貫き通した後でも崩れることはなかった。
***
力を出し尽くして、ミルティーレアはコラッドの許へと旅立っていった。戦場のど真ん中で召喚されたフェニックスはその威力を遺憾なく発揮し、乱戦に陥って入り乱れた戦いの中で異界の魔物たちの力を根こそぎ落としていったのである。
形成が逆転するまでに、数時間。その間にいつのまにかフェニックスの光は小さくなり、最後は消えていったと言われている。
狂気に支配されたような大柄の女戦士が戦場にいたことを覚えている者は少なかった。それほどに皆が必死で戦い、狂った者も少なからずいたからである。
「俺はカスミの所へ戻る。お前は?」
「私には帰る診療所があるのよ。弟子でも育成するわ」
「アイリの弟子か、きっと優秀に育つだろう」
ミルティーレアを埋葬するのはコラッドの所がいいと言い出したのはアイリだった。コラッドを埋葬した場所は覚えている。リヒトに兵士を数人貸してもらい、ミルティーレアの遺体は大切に移送された。二人が一緒になれたのは土の下であったが、アイリはそれでも良かったのかもしれないと思っていた。もう邪魔をする者はいないのである。
世界は大混乱へと陥ったが、ラバナスタン帝国が主体となって休戦協定を結んだ。そして各地に散らばってしまった異界の魔物の駆除を行う組織を設立し、国を越えて協力し合う体制を整えたのである。
大きく国力の低下した各国は戦争どころではなく、魔物たちからいかに国民を守るかという事に力を費やさざるをえなくなった。
戦いが終わった後に、ダンはリヒトへ全てを告げた。リヒトはダンの顔を一度だけ殴った。この戦いでもっとも多くのものを失ったのは英雄リヒト=アンデクラードその人だったのかもしれない。天才軍師アノーが死んだ以上、この世界を救ったという功績は彼一人のものとなっていたはずであったが、それ以外にはなにも残らなかった。いつしかアノーは異界から魔物を呼び寄せたミルザーム国の帝の腹心として、世間から冷ややかな目で見られるようになっていたのである。
後世の歴史家は言う。リヒトとアノーは接触を図っていたのは確実であり、証拠もリヒトの証言もとれている。それはお互いに裏切り行為になるのではないかという考えがあるのも確かではあるが、それがなければ人類は魔物に殲滅されていただろう。
そして、異界の王という存在を人知れずに屠った各国の精鋭でつくられている部隊の存在が明らかになってきたという。ラバナスタン帝国の聖母とよばれた治癒師、レプトン王国の至宝の魔術師、ルーオル共和国最強の召喚士、フジテ国のフェニックスの巫女、そしてミルザーム国北神流の鬼神である。
そのほとんどが戦いの最中に非業の死を遂げている。彼らの犠牲がなければこの戦いには勝てることはなかっただろう。ミルザーム国の都で異界の王を討ち取り、門とよばれる異界の入り口を塞いだことで、今の人類があるのは間違いない。
何故かラバナスタン帝国のリヒト=アンデグラードの邸宅にはミルザーム国北神流の鬼神のものとされる刀が所蔵されている。彼は戦いが終わったあとにもう刀は握らないとして、どこかへ姿を消したと記録されていた。
*******
フジテ国のルーオル共和国側の国境には戦いの英雄の墓が移されているのを知っているのは村人だけだった。その二人は短期間であるが、この村で幸せに過ごしていたという。二人の遺体をこの村へと移送し、最終的に二人の墓を護りながら生きている墓守が、今日も不器用に畑を耕していた。
「最適解を教えてくれない」
ブツブツと鍬をもちながら畑を耕すその男が、大戦でどれほどの働きをしたのかというのを知っている者は少ないし、少なくともこの村の住民の中でそれに興味がある人間はいない。興味があるのは畑の耕し方であるが、これはお世辞にも上手とは言えないものだった。
「私ね、召喚士になりたいんだ」
「コラッドのようなか?」
「うん、コラッドはよくここで鳥を召喚していたんだよ」
「すまないな、僕は召喚は苦手で」
「貴方にコラッドになって欲しいわけじゃないわ」
畑仕事の邪魔をするかのように、ここには少女が通ってきている。その会話をなるべく楽しもうと思うのであるが、墓守は会話というのが苦手だった。だが、悪い気はしない。少女はそんな墓守の対応に、何も気にせず喋り続けている。
「そう言えば、また魔物がいたんだって。みんなどうしようか相談しているよ?」
「数は?」
「かなり沢山だって。私もダンにそれを伝えたらすぐに家に帰るように言われているの」
あわてて墓守は周囲を警戒する。すぐにこの少女を家まで送り届けなくてはならない。鍬を取り落として少女を抱きかかえると、墓守は走った。村の集会場ならば、男たちが彼女を護ってくれるはずである。
「あ! ようやく来た!」
焦った墓守に抱きかかえられて手を振る少女をみて、その家族が安堵の表情を浮かべる。村人のほとんどが集まっている集会場にはそれぞれ武器を手にした男たちが立てこもっていた。それだけ発見された魔物の数が多いのだろう。
「おう、遅かったな。これがお前さんの武器だ」
「えっ、いや……」
少女を受け取ると、その父親は代わりに両刃の剣を墓守に押し付けた。断るわけにもいかずに、墓守は受け取ってしまう。
その時、魔物の咆哮が聞こえた。
集会場の扉が閉められる。
「おいっ、早く入れ!」
「いい。僕はここで」
「何言ってんだ!」
墓守は剣を抜いた。もう、刀は握らないと誓ったはずである。その誓いは一度破られているのであるが。
「これは、刀ではない」
自分に言い聞かせた。こんな事なら棒を持っていればよかったと思いつつ、ダンは久々に最適解を聞くこととなった。
切り裂く先のすれ違い 本田紬 @tsumugi-honda
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