Hello,Planetes. I am alone.

いなほ

Hello,Planetes. I am alone.


 眠れない夜がある。

 街はとても静かだ。新聞配達のバイクの音、夜中の若者の歌声もない。

 こんなときは疲れに任せて、眠りに落ちていくべきだろう。


 でも僕はそうできなかった。そうしなかったという方が正しいかもしれない。


 僕は布団をはがし、むっくりと起きた。


 窓から吹く風がカーテンをふわふわ揺らしている。近づくと、夏とは思えないほど涼しい風が僕の頬を一瞬通り過ぎた。

 ベランダに出ると、風がやさしく僕をまとう。一層深く体に沁み込む。闇は深く街は暗い。どんな息吹も感じられない。

 そのせいだろうか、空には普段よりもたくさんの星が瞬いている。


はろーHello


 僕は誰にでもなく、そう言った。もちろん返事はない。


はろーHelloぷらねてすPlanetes


 今度は星達に。やっぱり、返事はないけれど。



「寂しい」



 そんな言葉が僕の不意を突いて出た。


 ここには何の温もりもない。身を射すような冷たさもない。


 水平だ。

 波が立つこと、深く沈むこと、そのどちらもない。


 ここにあるのは、揺らぐことない自然だけだ。彼らは彼らの摂理に従い、意思なく、僕を見つめている。彼らが偶然に僕を包むことはあっても、僕に入り込むことはない。

 圧倒的な客観だ。彼らは僕に干渉しない。


 いま、誰も僕とつながっていない。


「……ぼっちか」


 僕はひとりだ。孤独だ。誰ともつながらないし、つながれない。

 それは間違いなく寂しい。少なくとも僕の心はそう感じている。


「……はぁ」

 ため息をついた。幸せが逃げるというけれど、僕は心地よかった。

 僕は足を一歩踏み出して、もう片方を高く上げた。両手を広げ、くるりと廻る。

 次は違うポーズで。今度は廻るだけじゃなくて飛び跳ねてみる。


 傍からみれば、僕はおかしい人間に見えるだろう。何せ数年の社会経験をもつ男が変な恰好をして、妙な動きをしているのだから。


 しかし僕には一片の羞恥もない。それどころか、すがすがしく、晴れやかでうれしい。


 ――これが僕だ。僕が戻ってきたんだ――



 「人は一人では生きられない」という常識をおとぎ話とは思わない。

 人間は他者を求めるようになっている。

 しかし残念なことに、求めれば手に入るわけではないことも、むしろ手に入らないことの方が多いことを実感するくらいには長く生きてきた。


 誰かとつながろうとすれば、誰ともつながれない苦しみを味わう。


 特に人と人の間にいるときはそう強く感じる。大切な人とつながり、満たされた他者を見れば、自分がどうしようもない孤独のなかにあるのだと知る。

 その時に感じる寂しさは僕のなかのあらゆる汚い感情を掻き立てて、やがて僕は僕を失い、空になっていく。


 いま、僕は寂しい。


 しかし僕はいま、感情から自由だ。嫉妬や羨望、渇望と僕の心はつながらない。


 「僕は一人だI am alone


 今だけ僕は僕に戻れる。誰にも、誰に対する思いにも苛まれない僕に。


 僕は欄干に手をかけた。今度はこの上で風とワルツを。

 そして、いつか優しい暗闇に身を委ねる。

 きっと彼らは僕をただ受け止めるだろう。


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Hello,Planetes. I am alone. いなほ @inaho_shoronpo

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