ねがいごと

@sasa29

第1話





朝、目覚まし時計の音によりたのしかった日曜日が終わりを告げ憂鬱な月曜日が始まる



いつも通り学校の準備をしようとのそのそと立ち上がった僕はまだ眠い目を擦りつつ洗面所に向かった

顔を洗って短い少し癖のある黒い髪を梳かして身だしなみを整えた後にリビングに向かう

誰も居ない

母さんも父さんも起きてないんだろう



「はぁ……」



小さくため息をついたあと冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注いだ

パンをトースターに乗せながら今日は何を付けようかとジャムを思い浮かべる



「いちごジャム食べたい」



そうつぶやいて手にいちごジャムを持った





朝食を食べ終えて歯を磨いて制服に着替える

ワイシャツに袖を通しベストをきてネクタイを結ぶ

カバンを持って僕はいつも通り玄関に座って待つ



「おっは〜!」



玄関の扉をまるで自分のうちの如く勝手に開けて入ってくる奴がいつも通り同じ時間にやってくる



「おはよう花町」



呼び慣れた名を呼び挨拶する

僕の幼なじみの花町

長い手足に大きな身長、パワーのある明るい性格

自慢のサラサラの茶髪に顔も整った方で非の打ち所のない幼なじみだ



「ほら学校いきましょ?まぁでも…いつも通りなくなると思うけどねぇ」



小さくため息をついてそういう花町

僕も飽きれたようにため息混じりに同意した

現在7時50分

毎週お馴染みのアレが学校に落ちるのも時間の問題だろう

でも僕は花町といつも通り学校に足を運ぶ

花町も嫌がらないし無駄とは分かっていても行くのだ



「花町、昨日は楽しかったよ」



「あたしもよんまた来週遊びに行きましょうよ次はショッピングなんてどうかしら!」



土手を歩きながら花町と他愛ない話を交わす

この通学路での何気ない会話は僕のお気に入りの時間だったりする



現在8時10分

ああ、やっぱりな…

空を見て諦めたように呟くと花町も同意したように小さく首を振る

光の筋が学校に向かって飛んでいった



「今回のは結構大きいね花町」



「そぉ?どちらにしよ同じよ先週の月曜も先々週の月曜も落ちてきたんだから見飽きたわ、隕石なんて」



「でもその前は台風じゃなかったっけ、まぁとりあえず僕は花町と僕が無事なことを願うよ」



「あたしもー」



ピカッと光ってそのまま学校に突撃した隕石の余波はこちらにはこない

僕らが僕らの無事を願ったからだ



「にしても本当に不思議だよね、ねがいごとが普通に叶う世界なんて」



「ある日突然に世界変わりすぎよお」



嘆きにも呆れにも聞こえる花町の声は衝撃波の中でもしっかり聞こえた



ねがいごとが全て叶う世界

僕らの世界は突然そうなった

原因は分からない

分かることは願い事を口に出せば大体は叶うということだけ

なんでそんなことしか分かってないかって?

そりゃあみんな



「自分の好き勝手なことばーっかりお願いしてみーんな怠け者になっちゃったんだもの、こんなのある意味世界の終わりよ」



花町の言った通りそういう事だ

社会なんてもう動いてないしこうして真面目に学校に行ったりしている人間は僕らくらいだろう

だってねがいごとが叶うんだから社会なんか動かなくても問題はない

電気を作ったり農業をする人がいなくなっても一言口に出して願えばいいんだから

今朝だっていちごジャムは現れた

食べても害なんか無いし味も美味しい

もっとおいしいのが食べたいって願えばそれも叶うだろう

つまりは



「僕ら人類は進化を放棄したってことだろうね」



だから僕の母親と父親は昼過ぎまで寝てるし学校に行きたくないからと毎週のように生徒や教師が学校に小さな隕石を落としたり台風を起こす

誰しもが1度は思ったことが叶えられてしまう世界

大空を飛びたいと願えば羽が生え不思議な力が欲しいと願えば思った通りの力が貰える

まぁ制限はあるかと言われたらあるんだけど



「はぁ学校に隕石なんて一体何人分の想いで叶えられたのかしらね」



ねがいごとが叶うかはそのねがいごとに込められた想いによって叶えられる

つまりはそのねがいごとを叶えたいという想いが強くないとそのねがいごとの規模にあったねがいごとは叶わないのだ

極端な話だが全人類を殺したいと願うならその一人一人に恨みがないと殺せないということだ



「月曜日は憂鬱な人が多いから、口にこそ僕も出てないが学校に行きたくないなぁなんて思ったよ」



「あら?じゃあ迎えに行かない方がよかったかしらん?」



イタズラっぽく笑いながら茶色のサラサラした髪を揺らす花町

僕はそれに笑って返す



「まさか僕は君とのこの時間が生きがいの人間なのに」



それを聞いて満足したのか

にまぁっと顔を緩ませて僕の方を見る

川から来る風が気持ちいい

花町の風で揺れる髪が綺麗だ

そんな花町に見とれているとふわりと風でスカートがめくれる



「ちょっとかすみ!!」



叫ぶ花町

ぼーっとし過ぎたらしい



「花町、安心しなよ僕下に短パン履いてるよほら」



ぴらっとスカートをめくって見せると少しだけ赤くなる花町

だから短パン履いてるのに



「女の子がンなことやっちゃいけません!」



キーっと効果音でもつきそうな勢いでそう言われた

僕よりも20センチほど高い位置にある頭からガミガミとお説教が聞こえる

これもいつも通りだ



「悪かった悪かったよ機嫌治して、ね?和夫」



180cmの巨体がうぐっと小さなうめき声をあげてため息をつく



「もぉー…名前でよばないでよ、可愛くない」



「なら名前変えればいいんじゃないかな、それとも僕のかすみと交換する?僕は和夫でも別にいいけど」



「いいの!和夫だと可愛くないけどかずだったら可愛いでしょ?しかもかすみと似てるし」



そう言って可愛く笑う

僕の幼なじみはイケメンで美女で可愛い

とっても素敵な男の子だ



「花町、一言願えば女の子になれるだろう?なんでならないんだ?」



「あらあたし別に女の子になりたいわけじゃないわよ可愛くなりたいだけ」



「でも可愛いなら女の子の身体の方がいいんじゃ…」



「あたしはあたしのままで可愛くなりたいの!だったらかすみだってまるで男の子みたく振る舞うけど男の子になりたいの?」



「んー……僕は僕だよ男の子とかそういうカテゴリじゃない、ごめんね花町」



「分かればいいのよ」



むふーと満足げに笑って花町、もとい和夫はまた歩きだす

こんな世界になっても僕らは変わらないで毎日学校に行って毎日こうして通学路で他愛ない話をするのだ



「花町学校なくなったしショッピングは今日行こうか」



「あら!いいわねぇ〜」



「放課後には早いけど放課後デートだ」



ぎゅっと花町の手を握ってまた歩きだす

どうせ



「僕らもねがいごとしちゃったしね」



「そうね、こんな平々凡々で幸せな『いつも通り』の1日がずっと続けばいいのにって」



僕らはいつも通り歩く

何も不安のない、終わること無いいつも通りの日々を


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