チューブ型アイスの少女

七島新希

チューブ型アイスの少女

 その日はとても暑かった。もくもくとした白い入道雲に真っ青な青空、ジリジリと焼きつけるかのような光を放つ太陽。そして大音量で響く蝉の大合唱。

 真夏の炎天下、小学校の近くにある駄菓子屋で買ったコーヒのチューブ型アイスを、店の前で小学五年生の遠野久志(とおのひさし)は一人食べていた。

周囲にはツインテールの同い年ぐらいの女の子が一人いる以外、誰もいなかった。今は夏休みのため、誰も学校の近くまで出向こうとはしなかったからだ。それにこの暑い中、わざわざ外に出て遊ぶ子供もいなかった。皆、家でダラダラしているか、友達と遊ぶにしても室内でテレビゲームか何かをするのだろう。

少女は汗を額から頬に垂らしながら無表情で立っていた。何の意味もなさげに、ただ突っ立っていた。前髪は汗で濡れ額にべっとりと張り付いている。相当暑い思いをしているに違いない。

 久志はアイスを口にしながらそんな少女の様子を眺めていたが、二本入りだったチューブのもう一本を包装紙から出す。

「暑くない? 食べる?」

 近づきそう声を掛けた久志を、少女は驚いたように見上げた。

「いいの?」

「いいよ。なんだか見ていて暑苦しいし。二本あるしさ」

 少女はおずおずとチューブを久志から受け取った。そしてアイスを嬉しそうに見つめた後、くりっとした大きな目を久志に向け

「ありがとう」

と礼を告げる。頬をほころばせ笑った少女の表情はとても可愛らしかった。

             












「――けど彼女の姿を見たのはその日だけで、それ以来二度と会うことはできなかったんだ。駄菓子屋にいたから同じ小学校かなって考えて、暇を見つけては当時、校内を探したりしてみてはいたんだけどね」

「それで、要はお前はそのアイスをあげた女子を探したいというわけか?」

「まあ、要するにそういうことだね。見つけられなくても、せめて彼女が何だったのかくらいは知りたいかな? あの辺の子じゃないなら、どうしてあの駄菓子屋にいたのか、とかさ」

「お前に一級フラグ建築士の資格をやるよ。死ね、モテ男。どこかかしこでフラグを立てやがって!! 小五の頃とか、五年前の話をわざわざするとか俺に対する当てつけか!?」

 高校一年の夏休み、赤井達也(あかいたつや)は相談という名目で家にやって来た目の前の男――遠野久志に向かって言い放った。

「いやぁ、そんなつもりはないんだけど。ちょうど今ぐらいの時期だったし、ただ純粋に彼女のことがふと気になっただけだよ」

 久志は涼しい顔で笑った。切れ長の目によく通った鼻梁。久志は非常に整った顔を持つ美少年系のいわゆるイケメンだった。漫画にゲーム、ツインテールの電子の歌姫のポスターが貼ってある達也の部屋にいるにはおよそふさわしくない出で立ちだった。

「お前、里美(さとみ)ちゃんとやらはどうしたんだよ? リア充の癖に他の女子追っかけてたら、刺されるぞ」

「里美とはちょっと前に別れたから大丈夫だよ」

「なっ……!?」

 さらりとこともなげに言う久志に達也は絶句する。

「……今回、別れるの早くないか?」

「う~ん、一ヶ月ちょっとだったから確かにそうかもね」

「お前一体何人と付き合ってきたんだよ。女を取っ替え取っ替えと、チャラ男め。全非リア充の敵だ、死ね!」

「なぜか長く続かないんだよね。相手を好きになる努力もしてるし、それなりのこともするんだけどね」

 食ってかかる達也はスルーし、淡々と久志は話す。落ち込んでいる様子はなく、ただ事実を、何の感慨もなさそうに。

「あ~、そうか、そうか。俺には無縁だからもう細かくは突っ込まねーよ」

「君にだってきっとすぐにできるよ、彼女ぐらい」

「簡単に言うなよな。彼女いない歴十六年の俺に対する嫌味か。俺はお前と違ってイケメンじゃないんだよ」

「そうだけど、僕よりも性格は良い。ずっとね。そこにもっと自信を持てばいいと僕は常々思っているよ」

「仮にお前より性格が良くてもな、世の中顔なんだよ。中身より外見重視なんだよ」

「まあ、そこは否定できないかもね。僕の方がモテちゃってるし」

 久志は曖昧に微笑んだ。

「自分でモテるとか言うなよ、ナルシストめ」

「だって事実だろう?」

「お前、本当に嫌味な奴だな」

「それは君に対してだけだよ。人前では気をつけてる」

「……夏休みにアイスを渡した女子っていうのはツインテールで小学校の近くにある打菓子屋にいたんだな?」

 達也はそれには突っ込まず、久志に確認する。

「そうだよ。今はさすがにツインテールじゃないかもしれないけど」

「肝心の駄菓子屋にはそれから行ったか?」

「……行っていないね。遠目から見ていたことはあったけど、当時通っていた塾の近くにコンビニがあったし、特別行く必要はなかったから」

「お前な、現場調査は基本中の基本だろうが。きちんと探索しろ。ゲームだけじゃなくて現実でもそれは基本だぞ。店の婆ちゃんとかに聞き込みもしてみろよ」

「過ぎたことを言われてもねぇ」

「今から行くぞ」

「えっ、どこに?」

「駄・菓・子・屋・だよ。ツインテールの子がいたっていう小学校の近くにある」

 首を傾げきょとんとする久志に、達也は「駄菓子屋」を強調して言う。

「今更行ってもしょうがないと思うんだけど。その子にアイスを渡したのは僕が小学生の時のことだよ」

「知ってるさ。けどなんでしょうがないと言い切れるんだよ。店の婆さんに訊けば彼女のことを何か知ってるかもしれないだろう」

「その可能性も確かにあるけど、極めて低いんじゃないかい? 客やましてや店の前にいただけの女の子のことなんていちいち覚えているはずもない」

「確かにな。けど極めて低いイコール絶対知らないってわけじゃない。それとお前、校内は探したって言ったよな?それはなんでだ?」

 達也はさらに問い詰める。

「同じ小学校にかよっているかもしれないと思ったからだよ。だって小学校の近くにあるあの駄菓子屋にいたわけだし、あそこの主な客層はおそらくあの小学校に通っている生徒か、その親達だろう?」

「つまりお前は彼女が自分と同じ小学校に通っていたと推測したわけだ。そしてその他の可能性は排除した。お前は思い込みでしか行動していない」

 まっすぐ久志を見つめ、達也は断言した。

「……どうやら君には彼女が何だったのか、もう検討がついているみたいだね」

 そんな達也の様子から久志は何かを感じ取ったのか、にやりといたずらっぽい笑みを浮かべた。

「じゃあ、あの駄菓子屋に行こうか。思い込みに囚われた僕の固い頭じゃわからなかった彼女が何だったのか、そしてどうしてあの駄菓子屋にいたかの答えがわかるみたいだし。やっぱりこういうことは達也に相談するに限るね」

 久志はそう言うと、立ち上がった。

「おうよ。イケメン様に言われても全く嬉しくねーけどな」

 達也は憮然としながらリモコンを手に取り、稼働していた部屋のエアコンを切った。











「あー、やっぱクソ暑い!」

「夏だし、こんなに晴れていたら暑くない方がおかしいと思うんだけど」

 真っ白な入道雲が浮かぶ真っ青な空はこの上ないほどの晴天だった。アスファルトまで照りつける日差しは強く、周囲はマンションが多く立ち並ぶ住宅街なため、日陰となる場所が全くなかった。さらに前方では陽炎が揺らめいており、アブラゼミに大合唱が暑さに拍車をかけていた。

「小学校の方面へ歩くのは久し振りだね。僕が通学路として使っていた道はもう一本向こうだけど、中学も駅も塾も全部逆方向にあるから」

「懐かしいか?」

「全然。あまりいい思い出もないしね。思い入れってやつはきっとない。僕はそういう感覚に疎いけど」

「……そうか。それにしても、お前どうして今更駄菓子屋で会った女の子のことを気にし始めたんだ?」

 達也は尋ねる。久志とは小学校五年の秋以来の付き合いだったが、今まで彼の口から駄菓子屋にいた女の子の話など聞いたことなどなかった。

「『運命』ってやつをもしかしたら僕でも感じられるんじゃないかなって思ったんだ。特別な、恋愛感情的な好きってやつをさ」

「相変わらずだな、お前は。俺と違って何人もの女子と付き合ってきた癖によ」

「付き合うこと自体は別段難しいことじゃないよ。色々するのもね。一緒に時間を過ごしたりキスしたりするのとかさ。……でもさ、心は全く動かないんだ。誰と付き合ってもね。興奮することはあれど僕にとって特別だと思うことはない」

 それはお前だけだ! と突っ込もうとした達也は口をつぐむ。そして笑みを消した久志を見つめる。

「女の子と付き合うのは悪くないし楽しくもあるけど、それは嗜好品とあまり僕には大差ない。二人以上に告白されてもミルクティーを選ぶかレモンティーを選ぶか程度の悩みにしかならないし、失敗したら逆を選べばよかった程度にしか後悔しない。それはよくないことだと理解はしているけれど、どうしようもない。そう見えないように取り繕うのみさ。取り繕いきれずに結局別れちゃうんだけどね。だから僕は特別な感情っていうか、まあ恋愛関係に限らずだけど、正常な心の動きってやつに憧れている。みんなのようになりたい」

「……もう少し早く彼女のことを思い出してやるべきだったとは思うが、まあ、いいさ」

 深くは追求せずに、達也は前を向いた。

 遠野久志は昔から人よりも感受性が乏しく欠如しているところがあった。そのため達也と出会った頃の久志は、周囲から浮いていて冷淡な人間だと思われていた。しかし彼がそれに人知れず傷つき、泣いていたことがあったのも達也は知っていた。

 今はなき緑地公園の達也の秘密基地へと人目を阻むために偶然やって来た時の久志は、嗚咽を漏らさないように唇を引き結んでいたものの、涙で綺麗な顔はぐしゃぐしゃだった。

“誰だ!? 君も僕のことを酷い奴だってあざ笑うんだろう?”

“はぁ!? ここは俺の秘密基地だ。お前が勝手に他人の敷地に入ってきただけだろうが”

“でもどうせ泣いている僕のことをざまあみろって笑うんだろう?”

“泣いている奴を笑ったりなんかしねーよ。『大丈夫?』なんてうざいことも聞かないがな。俺はプラモを組み立てるので忙しいんだよ”

 当時の達也はビニールシートを敷き、ダンボールやら辺りに落ちている廃棄物で少しばかりの敷居を作った秘密基地で、ロボット物のプラモデルを熱心に作っており、その日も組立作業の最中だった。

“おいっ、別に出てけとは言ってないぞ。その面隠すために、こんな奥まった場所まで来たんだろう? 俺の邪魔さえしなければ別にいてもいいさ。気にしないしな。来る者拒まず。去る者は追わないがな”

“……”

 無言でビニールシートの片隅に、靴を脱ぎ俯いた状態で久志は座った。それが赤井達也と遠野久志の出会いだった。

 もっともそんな久志はその後、愛想が良く人当たりのいい好少年となり、今では人気者だった。表面上は。しかし彼の本質は、当時から何一つ変わってなどいないのであった。

「こんなことを話せるのも、ドン引きされたり嫌われずに済むのも君だけだ」

「他人と同じように思えないからどうなろうが知ったこっちゃないって態度をとったり、酷いことをしたりしてたら殴るが、お前は違うだろう。気にしてるようだし、知ろうとしてる」

 真面目な顔でそう達也が返すと久志はクスクスと笑い出した。

「そんな君が僕は好きだよ」

「おいっ、やめろ。そういうこと言うとネタにされるぞ。いいか、清香(きよか)の前とかでは絶対に言うなよ」

 達也は頬を引きつらせる。男を見れば攻め受けを瞬時に判別し、掛け算をし始める根っからの腐女子で幼馴染でもある三村清香(みむらきよか)は久志と達也のボーイズラブをも日々妄想しているのだ。

「三村さんといえば、そういえば僕と君をモデルにした同人誌でどっちを攻めにしてどっちを受けにするか悩んでるってこの前聞いたな」

「お前、自分がネタにされてるんだぞ。俺とのラブロマンスとか描かれようとしてるんだぞ。なんで笑ってるんだ!?」

「僕が誰かを愛している。しかもその対象が達也、君だなんて面白いじゃないか。その仮定は実に興味深い」

「全然面白くも興味深くもないわ。清香は俺以外の奴には自重するってのに、お前が興味津々だからいつもネタにされるんだぞ! 『遠野君と今日は何かなかった? うふふふふふ』って毎回会う度に迫ってくるわで大変なんだぞ。俺は男とだけは付き合いたくないってのに。ましてやお前となんて寒気がするぜ」

「う~ん、確かに僕も本気で同性と付き合おうと考えたことはないけどね。男に欲情したことはさすがにないし」

「さらっと何えげつねーこと言ってるんだよ、お前はよ。あーもう、ホモネタは終了。駄菓子屋にももう着くからな」

 達也が口にする通り、小学校が目前に迫ってきていた。駄菓子屋は小学校の南門の向かい側にある。今歩いている道は正門近くに通じているので、あとは学校を迂回する形で南門の方へ向かうだけだった。

「お前はちょっとここで待ってろ」

 塀越しに運動場で、おそらく部活動のサッカーに励む小学生達を見つめながら駄菓子屋の前まで来ると達也は言った。

「どうしてだい? まあ君のことだから何か考えがあってのことだと思うし、待ってるけど」

「おう。待ってろって言っても長くてせいぜい一分ぐらいだから安心しろ」

 達也はそう告げると久志をおいて一人、駄菓子屋の引き戸を開け中へと入っていった。入ってすぐのところにアイス台があり、百円以下の駄菓子と縄跳びや上靴等小学校での必需品が並んだあまり広くない店内には、達也の他に客の姿はなかった。

しかしその代わりに一人の黒い背中まで伸びた長い髪の少女がカウンターで椅子に腰掛けて本を読んでいた。彼女の脇にはそろばんとスマートフォンが無造作に置いてあった。達也と同い年の彼女は来客の存在に気づくと、くりっとした大きな目を上げ彼を見た。

「達也、いらっしゃい。今日も暑い中こんな寂れた駄菓子屋に来るなんて本当に物好きね」

「自分とこの店を貶す癖に店番してる美穂(みほ)も相当物好きだと思うぞ」

「それで、今日は何を買いに来たの? 高校生にもなって駄菓子をわざわざ買いに来るなんて達也ぐらいだけど」

 横髪を耳に掛けながら美穂は言う。

「今日は駄菓子買いに来たんじゃねーんだよ」

「じゃあ何しに来たの? まさかお祖母ちゃん目当て!? 今は母屋の方にいるけどとんだ熟女好きね」

「ちげーよ! どいつもこいつも俺を何だと思ってるんだ。そうじゃなくて見つけたんだよ、お前の王子様を」

「嘘ね」

 美穂は即座に達也の言葉を否定する。

「そのネタ、今年ももうやったじゃない。どうせ『俺がお前の王子様だぜ』とか言うんでしょう。毎年、初顔合わせの時だけ言うのに、なんで今年は二回もわざわざ……。そろそろ飽きたんだけど、私」

 美穂は冷めた目で達也を見る。

「今回のはネタじゃなくて本当だって。お前が五年間ずっと店番して待ってる王子様を見つけて連れてきたんだよ」

「ふーん、達也以外いないけどね。本当だったら早く私の前に連れてきなさいよ」

「わかったよ。ちょっと待ってろよ」

 全く信用しない美穂を尻目に達也は久志を呼びに引き戸を開けにいく。

「久志、来い」

 外には出ず、達也は外にいる久志を手招きした。

「何かあったのかい?」

 上品にハンカチで汗を拭いていた久志はきょとんとしながらも目を光らせた。そして達也に従い駄菓子屋の中へと入ってきた。

「何? 達也、友達……」

 でも連れてきたの? と続けようとしていただろう美穂は口を開いたまま言葉を失った。達也につられてやって来た久志の方も目を大きく見開いた。

「……ねえ、君って小学校五年生ぐらいの時にこの店の前にいたりしなかった?」

 両者がしばし沈黙した後、先に口火を切ったのは久志の方だった。

「……いた。小五の時だけじゃない。店には毎年ずっと今みたいにいる」

 美穂は声を震わせながら答える。

「毎年?」

 その意味がわからなかったのか、久志は問い返した。

「私、お祖母ちゃんの家に来れるのは夏休みだけだから。それにあなたがここに来ていたのも夏休みだった」

「美穂は北海道からここに来てるんだよ。この駄菓子屋のばあちゃんの孫だから。向こうはお盆終わったらすぐに学校が始まるから、美穂はお盆前からお盆終わるちょっと前までしかここにはいられないんだよ」

 達也が横から口を挟んで補足する。

「ああ、だから見つからなかったんだ」

「見つからなかったって? もしかして探してくれていたの? 私のこと」

 一人納得したかのように頷く久志に眼差しを注ぎながら美穂は訊く。

「うん。君のことがあの日からずっと気になっていてね。また会えて嬉しいよ」

今日まで約五年もの間忘れていた癖にと達也は内心思ったが、 爽やかな笑みを浮かべる久志にそんな野暮なことを口にしたりはしなかった。ただにこやかに話す久志と、頬をわずかに上気させ、しおらしく、けれどもとても嬉しそうに楽しく目を輝かせながら会話する美穂の二人を見守ることに努めていた。













「君は最初から、僕が探していた彼女と知り合いだったんだね」

 駄菓子屋からの帰り道、相変わらずの日差しと暑さの中、久志はそう言葉にした。

「お前が美穂の王子様だったってことは今日初めて知ったけどな。俺よりもずっとずっとカッコよかったとか抽象的なことを美穂が言ってたが、まさかお前が駄菓子屋に行ったことがあるとは思ってなかったし、お前が駄菓子屋で女の子にアイスをあげただなんて話も今日初めて聞いたしな」

「まあ僕があの駄菓子屋に行ったのはあの時だけだけどね。君の家でも言ったけど塾に通ってたから、そっち方面にあるコンビニに行けば事足りたし」

「……行きたくても行けなかったんだろう?」

 達也はぼそっと呟いた。にこやかな笑みを顔に貼り付けていた久志の顔から表情が消えた。

「どういう意味だい?」

「そのままの意味だよ。お前は普段、あの駄菓子屋に行きたくても行けなかった。学校がある時、あそこは学校の連中の溜まり場になるからな。当時のお前はクラスメイト達と仲が良くなかっただろう。だから近寄れなかった。違うか? いくらお前でも駄菓子屋であった少女を探すのに、校内は探索しても肝心の駄菓子屋だけ避けるのはおかしい。早合点し過ぎだ」

 まっすぐ達也は久志を見る。久志は目を丸くした後、実に愉快だと言わんばかりに笑い出した。

「さすがだね。君の勘の良さには毎回驚かされる。面白くも思ってるし、今までそれに何度も助けられてきたんだけどね。確かに小五の時の僕は周囲からこれでもかってくらい避けられたし、こっちも避けていた。今思うと完全に黒歴史なんだけどさ」

「だが羨ましくも思ってたんだろう。だからクラスメイトの奴等がいない夏休みに用もないのにわざわざ駄菓子屋まで行ったんだ。塾とかお前の生活範囲とは小学校以外逆方向なのにも関わらずにな」

「興味があったことを羨望だと解釈するのなら、そうなのかもね。どんなところか、興味があった。ただそれだけの話さ」

「お前がそう言うのならそれでも良いさ。ところで、美穂と実際に再会してどうだったんだ? お前の言う運命とやらは感じられたか?」

「全然」

 久志は肩をすくめた。

「向こうが僕に対してすごく好意的で運命のようなものを感じてくれていることはわかるんだけど、僕の方はそういうのをどう頑張っても感じられなかった。別に彼女が悪い訳じゃないんだけど、僕の心は相変わらず動かなかった。ただそれだけの話かな」

「……そうか。けど美穂は思い込みが激しいところはあるが、いい子だぞ。あいつは可愛いから告白されたりすることもあるらしいんだが、駄菓子屋であった王子様のことが忘れられないってずっと断り続けてるぐらいに純粋だしな。毎年、毎年、懲りずに今年こそ来てくれるか店番やりながら待ってたんだぜ。ばあちゃんも見ない顔だったって言ってたし、また来る保証もないのにさ。……だからぞんざいに扱うことだけはやめてくれ」

 毎年淡い期待を抱きつつどこか悲しげな目で店番をしていた美穂のことを思い出しながら達也は言う。真面目な顔をする達也に目を丸くした後、久志は笑みを消し、口を開いた。

「彼女がいい子なのはわかったよ。僕は彼女と安易に付き合ったりはしない。それは誓う。君の頼みだから。それに僕が彼女と付き合ったりしたら、君がショックを受けるだろう?」

「はぁ!? なんで俺がショックを受けなくちゃなんねーんだよ。お前が本気になった上でのことだったら、むしろ嬉しいわ」

「……本当に? 彼女に好意を持っているんだろう?」

「お前が考える『好意』とやらは持ってねーよ! 美穂はただの友達だ。異性で仲良くしてたらすぐに好きだの何だの言いやがって。これだから恋愛脳なリア充は嫌なんだよ」

「僕は今独り身だけどね。僕が彼女にアイスをあげたのは本当に気まぐれだったし、それに『王子様』って慕われる程、できた人間じゃない。君の方がお似合いだ」

「どうせすぐに新しい彼女を作るんだろう。モテて人気者な時点でリア充だ。というか勝手に話を進めんな」

突っ込む達也に久志は真面目な表情をしたまま告げる。

「人気なんて所詮表面的なものだよ。あるに越したことはないけど。僕からしてみればフリーのホラーゲームや電子の歌姫の楽曲とかに熱中している君の方が充実しているように思えるよ。僕にはそういうものがないから。全部、どこかしら機械的だよ」

「お前とリア充の指標について語り合う気はねーよ」

 普段のニコニコスマイルではなく、寂しげな笑みを浮かべる久志から達也は目を逸らした。

「僕は友達の好きな人を横取りしたりはしない。仲介してもいいし、彼女がいくら迫ってきたって僕が揺らいだりすることは絶対にない。性格が良いとも言えないし。だから彼女を尊重し過ぎることも、僕に遠慮することもないんだよ」

「だから美穂はそんなのじゃ……」

「君は僕が夏休みにわざわざ用もないのに駄菓子屋に行ったことから色々と推理したけど、それは君にも言えることなんだよ。駄菓子なんてコンビニでも買えるし、わざわざあの駄菓子屋に意味もなく顔を出す必要はないんだ」

「……」

 達也は久志から目を逸したまま沈黙した。久志はそんな達也をじっと見つめていた。

「もうお前がそう思いたいんならそれでいいさ。けど俺と美穂はただの友達だし、それを崩す気はない。俺は美穂が傷つくようなことさえなければいいんだ。変な気を利かせて余計なことはするなよ」

 久志をまっすぐ見据え、達也は釘を刺した。


 












「お前、一体美穂に何を吹き込みやがったんだ!?」

 夏休みが終わり新学期が始まってからの最初の土曜日。久志の部屋へと上がり込んだ達也が放った第一声はその言葉だった。

「やあ達也。別に彼女とは普通にメールしているだけだけど?」

 整然とした、本が多いこと以外に何の変哲もない学生らしい部屋で読書していた久志は、椅子に座ったまま振り返った。久志の両親は日中大体家にはおらず、インターホンを押して誰も出なければ勝手に上がり込むのが、久志の家への訪問時の達也の流儀にいつの間にかなっていた。

「じゃあそのメールで俺のこと話しまくっただろう。美穂が珍しく俺の携帯に電話掛けてきて『遠野君は達也のことがきっと好きなのよ。だから遠野君の気持ちに応えてあげて』とか真剣な声で言ってきたんだぞ!」

「僕は確かに達也のことを彼女に積極的に話したけど、君が好きとか言った覚えはないんだけどな。もしかして、三村さんと同じ人種だったりするのかい?」

「美穂は腐女子じゃねーよ。あいつはクソ真面目に言ってんだよ。お前が俺のことを好きなんじゃないかって。あいつは思い込みが激しいっていうのに、どうしてくれるんだよ!」

 達也は喚く。

「う~ん、もういっそ僕が君のことを好きっていう設定でもいいかもしれないね。君に振られて落ち込んでますってフリでもしようかな? 案外、面白いかもしれない」

 久志は爽やかな笑みを顔に貼り付け言った。

「おいっ、冗談でもやめろ。美穂がさらに本気にするだろう」

 達也は久志の胸ぐらを両手で掴む。首根っこを押さえられた状態で久志はなおも笑顔で続ける。

「でも僕が振られたことにすれば君はノーマルだって証明できるし、ちょうどいいと思うんだけど」

「そういう問題じゃねーよ! お前にホモ設定が残っちゃあいつが余計に現実を見なくなるだろうが。傷ついて欲しくないが、逃げ道もこれ以上与えちゃいけないからな」

「君は本当にお人好しだね」

 笑顔の仮面を外し、真顔で久志は言った。その眼差しはじっと達也に注がれていた。久志の胸ぐらを掴む手の力がわずかに緩んだ。

「……と・に・か・く、お前が俺のことを好きだという誤解を解け! あと金輪際、俺の話を美穂とするな」

「えー、どうしようかな? 僕は君のことが好きだし、彼女との話のネタとしては最適なんだよね」

「言ってるそばから変な発言するのやめろよ、寒気がするわ」

「本当のことなんだけどな」

「ふざけるな! いいからさっさと誤解を解け!」

 達也の喚く声が部屋中に響き渡る。しかし久志は涼しい顔で達也をおちょくり、笑い続けるだけだった。


                 









END.

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