せめて!せめてあなたの仕事だけでも!!

ちびまるフォイ

イケメン書いててわからなくなる

なにかいい刺激が来ないものかとカフェに出かけて、

パソコンを開いたもののアイデアは降りてこなかった。


「はぁ、まずいなぁ。このままじゃ明日のプレゼンがどうなるか……」


若いころはアイデアなんていくらでも出たものだが、

年を取ってしまった今となってはアイデアひとつ生み出すのにもやっとだ。


表紙だけ作って白紙のままの企画書を見て、長い溜息をついていた。


「おじさん、何をされているんですか?」


「君は?」


「通りすがりの一般人ですよ。さっきからため息ばかりだったので、

 何か悩んでらっしゃるのかなと思って声をかけたんです」


「実は……若者をターゲットにした企画書を作成しているのだが、

 どうにもこうにもアイデアが出てこないんだよ」


「なるほど……。では、こういうのはどうですか?」


男は慣れた手つきでキーボードを操作するや、

白紙だった企画書にはいくつもの世間の流行を取り入れたアイデアが作られた。


「これはすごい! 本当にありがとう!」


「いえいえ、これしきのこと。僕にとっては日常の一部ですよ」


「こんなにも現代の流行を把握しているなんて驚いた。

 いったいどんな仕事をされてるんですか?」


「いえ、それはちょっと言えないです」

「守秘義務ですか。残念です」


おじさんはあきらめて、出来上がった企画書を社員にメールしようとした。

その前に受信ボックスには未読のメールがたまっていたので片付けることに。



>Re:先日の会議の件

先日の会議についての資料をまとめました。

下記添付資料をご参照ください



「なになに? ここを押せばいいのか」


「おじさん、ストップ!!」


ときすでに遅し。男が声をかけた時には、おじさんはすでに添付ファイルを開いていた。

添付資料を開いたときにはパソコンに黒い画面が広がり、操作不能となった。


「わ、わわ!? なんだこれは!?」


「最近よくあるメール添付式のコンピュータウイルスですよ。

 カフェとかの公共Wifiだとセキュリティも甘くなりますからね」


「き、君、こういうのも詳しいのかい」


「ええ、仕事柄」


男はおじさんからパソコンを借りるとキーボードの上で指を躍らせた。

すると、真っ黒になっていた画面はもとの状態に戻り、おかしなファイルも消えていた。


「はい、どうぞ。これで元通りです。これからは気を付けてくださいね」


「なにからなにまでありがとう。しかし驚いたよ、こんなこともできるなんtね。

 仕事はセキュリティ関係の仕事なのかい?」


「いいえ、そういうわけでは。

 ただ、なんにでも挑戦できる場所なので、必要だと思ったことを学び取っているだけです」


「いやぁ、君のような若者がいるとは。本当に感心したよ」


おじさんは今度は間違えないように企画書を社員に共有した。

返信が返ってきたが内容は絶望的なものだった。


「な、なんだって!?」


「どうかしましたか?」


「いや、さっき送った企画書をもとに社員がプレゼン資料にするんだが

 その社員が病欠で誰も作れる人がいないんだよ」


「そういうことですか」


男が腕まくりを始めたので、おじさんはますます驚いた。


「まさか、君……こんなことも……!?」


「ええ、職業柄、ね」


男はまるでファッション誌のようなこじゃれたデザインにしながらも

見ている人が内容を分かりやすくなるようにレイアウトしたプレゼン資料を作った。作り上げてしまった。


「あんびりーばぼー! あめーじんぐ! 君は天才だ!」


「そんなことありません。

 ただ、僕は人より多くのWebレイアウトを見ているだけですから」


「それがすごいんじゃないか。……よし、決めたぞ!」


おじさんは持っていたアタッシュケースを取り出して、机の上で開けた。

中には札束がぎっしりと詰まっていた。


「君をヘッドハンティングしたい。ここに1億ある」


「おじさん、あなたはいったい……?」


「黙っていたが、私はとある企業の社長をやっているんだよ。

 会社では息が詰まるから、こうしてたまにカフェで仕事をしていたのだ」


「そうだったんですね」


「君のように、多くの経験があり、知識の蓄積があり、パソコン操作も上手。

 こんなにいい人材をみすみす逃すつもりはない。


 君の職場を教えてくれたまえ。どこのライバル企業であったとしても、

 必ず君を私の部下にしたいと思うよ」


「僕の会社ですか」


「ああ、君の会社だ。これだけの能力があるんだ。それなりの会社だろう」



「僕は Not in Education Emplyment or Traing です」


流ちょうな英語で答えられて、おじさんは聞き取れなかったが、それが逆に凄みをました。



「なんと! 海外の会社か! それは納得だ!

 君のようなすぐれた人材は国内で縮こまっているわけがないものな。


 いや、なおさら君のことが欲しくなったよ。

 どうかな。君の望む条件でぜひうちに来てくれないか」


おじさんは今にも追加で小切手を切る気満々だったが、男は顔を横に振った。


「せっかくですが、お断りします」


「なぜだ!? 条件が足りなかったのか!?」


「いえ、ただ僕はどこにも属さない人生を歩むと決めたんです。

 それでは失礼します」


「ま、待ってくれ! まだ出せる条件はいくらでもある!

 せめてもう少し話だけでもさせてくれないか!?」


なおもあきらめないおじさんを背に、男は上着を肩にかけて颯爽と歩き始めた。



「すみません、母の夕ご飯が待っているので」



男は夕焼けの中へと消えていった。




職業ニート。


それはハイスペックでありながらどこにも属さない孤高の道を歩む生きざま。

男は今日もネットの海へと戻っていった――。






なんだこれ。

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