十三日目

真賀田デニム

十三日目


 私が小学生の頃、近所に『ハニーランド』という名前のおもちゃ屋がありました。『トイざらス』のような玩具量販店ではなく、個人経営の小さなおもちゃ屋です。そこはおもちゃのほかに駄菓子、店頭にゲームの筐体などが置かれていて、私は少ないお小遣いを握りしめてよくその『ハニーランド』に遊びに行っていました。


 目的は駄菓子とゲーム、そしてそこにいるはずの友人達と会うためです。『ハニーランド』に限らずこういった地域に密着したおもちゃ屋というのは、大抵、顔見知りのたまり場になっていまして、その日も案の定、数人の友人達がいました。


 いつも通り友人達と、五〇円で長続きするゲームを協力プレイしたり、十~三〇円の駄菓子を食べながら駄弁だべったりと、それは小学生には十分楽しいひと時でした。

 

 そんな中、一人の〈よそ者〉が来たのです。〈顔見知りグループ〉以外である〈よそ者〉。そういった〈よそ者〉はたまに来ては、私達〈顔見知りグループ〉の耳目じもくを集めるのですが、その日にきた〈よそ者〉は、いつも以上に私達の注目を浴びていました。


 その理由を一つ上げるならば、それは彼の着ている服です。彼の着ている赤いTシャツには、十年以上前に流行っていたアニメ、『おばけのたぁちゃん(仮)』の主人公である『たぁちゃん』の顔がでかでかとプリントされていたのです。小学生の美的感覚からしてもそれはダサいの一言だったのですが、〈よそ者〉には基本関わらないというのが暗黙の了解となっていたので、誰も彼をからかうようなことはしませんでした。


 ただ、からかうことはしなかったのですが、その日のうちに私を含めた〈顔見知りグループ〉が皆、彼に関わることになったのです。 

 

 それは〈よそ者〉の彼が、とてもゲームがうまかったからです。うまい人間のプレイはやはり見たいものでして、そして私達が絶対にクリアできないゲームを彼がクリアしたときは、皆で歓喜の声を上げてその彼を称えていました。ちなみにそのゲームは私達が一番夢中になっていた、とある格闘ゲームでした。


 その日のうちに彼は私達の友達となりました。〈よそ者〉ではなくなり〈顔見知りグループ〉の仲間となったのです。さて、彼のことはどう呼ぼうかとなったとき、私の友達の一人であるA君が彼のことをたぁちゃんって呼びました。それは〈よそ者〉だった彼が、『たぁちゃん』の顔がプリントされているTシャツを着ていたからです。いくらなんでもそれはないだろうと私は思ったのですが、彼が「たぁちゃんでいいよ」と言うので、彼はその日からたぁちゃんとなりました。


 たぁちゃんはそれから三日連続で『ハニーランド』に来ました。格闘ゲームをプレイしてはそのレバーさばきで私達の賛辞の声を集め、駄菓子をたくさん買っては皆に分け与えてくれました。私はお小遣いが少なかったこともあり、それがとても嬉しかったのを覚えています。


 四日目になってもたぁちゃんは『ハニーランド』に遊びにやってきました。ゲームもうまくて優しいたぁちゃんはすでに私達の人気者になっていたので、皆が彼の周りに集まりました。すると雑談の中で、A君がたぁちゃんにあることを聞いたのです。それは〈なぜ、ゲームがそんなにうまいのか?〉という質問であり、すると問われたたぁちゃんは、はにかみながらこう言ったのです。「うん。だって僕はこのゲーム持っているから」と。


 私達は驚きました。なぜ驚いたかといえば、この格闘ゲームは家庭用ですと、ソフトが三万円近くするからです。ゲームソフトのためになかなか出せる金額ではありません。駄菓子を分け与えていたりしていたので、家がお金持ちなのかなとは思っていましたが、これにはさすがにびっくりしました。


 五日目になってもたあちゃんは『ハニーランド』へとやってきました。この頃になると、たぁちゃんに会いたくて皆が『ハニーランド』に遊びに来るといった感じでした。彼がゲームをすればその台に皆が群がり、そして彼が駄菓子を買いに行けば、その後ろに付いていく。たぁちゃんは人気者どころか、すでに私達〈顔見知りグループ〉の中心的な人物になっていました。


 六日目になってもたぁちゃんは来ました。

 七日目になってもたぁちゃんは来ました。

 八日目になってもたぁちゃんは来ました。

 九日目になってもたぁちゃんは来ました。

 十日目になってもたぁちゃんは来ました。

 十一日目になってもたぁちゃんは来ました。

 十二日目になってもたぁちゃんは来ました。


 そんなたぁちゃんが私とA君に「良かったら家に来る?」とこっそりと聞いてきたのは、十三日目の夕方になった頃でした。大人数で来られても困るから特に仲の良かった私とA君に声を掛けたのだと、このときの私達は判断しました。私とA君はどうしようか迷いましたが、結局たぁちゃんの家に行くことにしました。


 というのも私とA君は、たぁちゃんが一体どこに住んでいるのかずっと気になっていたのです。あとは、たぁちゃんが持っていると言っていた三万円近くする家庭用ゲーム機を、プレイしたいというのもありました。『ハニーランド』に来てお金を投入しないとできないゲームを家でただでプレイできるなんて、まるで夢のようです。その誘惑に抗うことなんてできませんでした。


〈顔見知りグループ〉のみんなに気づかれないように、まずたぁちゃんが『ハニーランド』から遠く離れます。次に、私とA君がそっとその場を離れてたぁちゃんと合流しました。そしてたぁちゃんに連れられて行った彼の家は、『××団地』の五階でした。その団地は私とA君の住む家とは反対の方向だったので、門限までに戻れるかなと二人で心配したのを今でも覚えています。


 たぁちゃんの家に入るとそこには誰もいませんでした。たぁちゃんは鍵を掛けると私達を和室に案内しました。洗濯物や雑誌が散らかった和室の奥にテレビ、そしてテレビの前には、確かにあの格闘ゲームのソフトがゲーム機にセットされて置いてありました。


 現物を見て興奮するA君。「凄いでしょ?」と自慢げなたぁちゃん。私と言えば、足がすくんで喉が急激に乾いていました。「どうかしたの?」と顔を覗き込んでくるたぁちゃん。私は蚊の鳴くような声で「だいじょうぶ」と答えました。するとたぁちゃんは「トイレに行ってくるからゲームして待ってて」と和室を出ていきました。


 たぁちゃんがトイレに入って用を足し始めた瞬間、私は竦んだ足に鞭を打ってA君を無理やり和室から連れ出しました。「なんだよ?」というA君に、私は確か「やばいやばいやばい」と連呼したような記憶があります。私はA君に物音を出すなと伝えると、玄関のドアのサムターンを回してチェーンを外しました。そして外へと飛び出すと階段を一気に駆け下りました。


 それでも安心できなくて、私達は『××団地』から遠ざかるように走り続けました。その際、顔面蒼白のA君が「なんでチェーンまで掛けていたんだろ?」と私に聞いてきましたが、おそらく彼の中でもすでに漠然とした答えはあったのだと思います。


 でも私の中ではもっと確定的でした。なぜなら散らかった雑誌の中に、そういった性癖を如実に表す本(おそらく同人誌)も混じっていたからです。そしてその答えが正しかったと知ることになったのは、二週間後のニュースでした。


 

 そのニュースの映像には、【山下太郎(仮名)(33)】のテロップと同時に、児童を自宅に連れ込み性的暴行、及び殺害したとして捕まったたぁちゃんの姿がありました。


 

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