第三作戦 ウナギ絶滅作戦

 第二次世界大戦後の日本で、俺は作戦を継続していた。

 タイムリープするエネルギーはほとんど底をつきた。

 アリシア博士との精神リンクも失われた。彼女が未来でどうなったのか、俺はあえて考えない。作戦が成功すればそんな未来は来なくなるからだ。

 俺は諦めない。ウナギを滅ぼして人類を救う。問題ない。


 俺が今いるのは、神社のような飾りつけのコンクリートビル、その最上階に位置する豪華な謁見フロア。

 俺の服装は平安貴族のような文官束帯に肩までの装束。胡散臭いことは分かっている。これは仕事着だ。

 広大な謁見フロアの内部には神社の拝殿を模した木造の建物が置かれている。その前でウナギの骨を頭上に掲げてながらひれ伏す家電メーカーの重役に対し、拝殿内部の奥に座る俺は厳かに神々しくも次に来るヒット商品を託宣した。重役はありがたそうに何度も頭を床に付けてから、ひれ伏した姿勢のまま後ずさって退場する。

 彼からは多大な額の寄付金が収められているが、彼の成功に対する見返りとしては少ないぐらいだ。


 俺は宗教団体「鰻光」の教祖を務めている。この時代よりも未来からやってきた俺にとって、次はどんな商品が売れるか、どんな技術が発展するかといった未来予知はなんてこともない。ちょっとずつ情報を明かしていくだけでこのポジションを得ることができた。

 鰻光の教義は「鰻様を食べて参拝、食べて功徳」。鰻様は光を宿して海からこの現世に御のぼりになられた。この鰻様をいただくことで光は人に宿って功徳となり、光は幸せをもたらしてくれる。鰻様は喜びと共に海へとお帰りになり、またいずれ現世にいらっしゃる。ともかく鰻様を食べれば幸せになるという宗教だ。

 ご存じのとおり、ウナギは人気のない食べ物だ。蛇みたいに細長い見た目が嫌われる上、異様に脂っこいので食べにくい。

 俺はウナギを食い尽くして滅ぼすべく、ウナギをなんとかおいしく食べる調理方法を研究し続けていた。串に刺して焼き、山椒をかけて食べるのが江戸時代以来の代表的な食べ方だ。精が付くとされるが、下品な見た目に味わいで人気はまるでない。鰻光の信仰をもってなんとか食べさせるのが関の山だ。イギリスにもウナギ料理があると聞いて再現してみたものの、ウナギが煮こごりで固められたこの料理は見た目が串焼きの比ではなく不気味、味わいも生臭く、イギリスでも不人気ときていた。これは信仰をもってすら食べさせることが困難だった。

 ウナギの難問は、魚の生臭さを打ち消して旨味を引き出す万能調味料である醤油が通用しないことだ。

 俺は謁見フロアの拝殿奥深くにしつらえた調理場で、ご神体のウナギ水槽からウナギを取り出しては料理方法を実験した。醤油はウナギの脂にはじかれてしまう。その他の調味料では生臭さを消せない。

 とにかく脂のしつこさを消そうと、俺はウナギを一度焼いて脂を落としてから蒸してみた。さらにもう一度焼くと、さすがにあっさりとした味わいのウナギ料理ができあがった。一般的な魚と同様、ワサビ醤油で食べればいけるところにまで来た。大人気というほどの料理ではないものの、画期的に食べやすい。鰻光の信者はこれまで以上にウナギを食べるようになった。

 俺はひとまずの成功とみて、ウナギ料理法をタイムリープする作戦段階に入った。この時代からウナギを盛んに食べ始めた場合、俺の時代になっても食べつくしきれないと計算結果が出ていた。もっと昔からウナギ料理を流行らせねばならない。

 鰻光は百万人以上の信者を擁している。俺の予知をありがたがる大会社やその下請け会社の社員が半ば強制参加させられているからだが、それだけいれば、俺に似た特別な才能を持つ者も見つかる。

 かつて俺がタイムリープするにはなんとか生き残っていた全人類の生命エネルギーを代償とした。おかげで大量のエネルギーを蓄積できた俺はあちこちの時代で作戦を実行してきたが、俺以外の者を片道限定で使えばタイムリープ作戦をもっと多く実行できると考え付いたのだ。一度しかタイムリープしないならば本人自身の生命エネルギーも消費させられる。これなら集める生命エネルギーも一度に一万人程度ですむという計算だ。家電メーカーの協力で、俺はエネルギー吸収ドローンの技術再現に成功していた。タイムリープするエネルギー集めはこれで実行できる。

 タイムリープには鰻光の信者が集まる大祭を舞台とした。俺の選び抜いた巫女は高台の上で舞いながら光り輝き消失した。タイムリープ成功だ。信者たちは驚き、信仰の念をより篤くしたようだった。巫女には料理法を広めるミッションが命じてある。タイムリープで生命エネルギーを半ば消費して短命に終わるだろうがやむを得ない。大祭に参加した信者も一万人ほどが生命エネルギーを吸われて早死にするだろうが、これも人類を救うための犠牲だ。

 タイムリープの成果はただちに現れた。タイムリーパーである俺以外には感知できないだろうが、以前の世界とは異なり、日本中の和食店では普通に俺の考えたウナギ料理が供されている。ウナギの白焼きと名前が付いていた。巫女は成功した。歴史が上書きされたのだ。

 俺は鰻光の信者を世界中に増やす作戦段階に入った。手始めはアメリカだ。しかしアメリカでウナギの白焼きを食べさせるのは予想外に困難だった。アメリカ人があまり醤油を好まないのだ。

 魚食の切り札である醤油が通用しない。俺はアメリカ人好みなケチャップやソースを試してみたが、味が濃すぎてウナギの味がしなくなった。なんとかアメリカ人の嗜好を取り込もうと、俺はいろんな組み合わせを試していった。醤油とコーラ、そんなデタラメもだ。

 驚いた。醤油とコーラはウナギに合った。俺はウナギの白焼きに醤油とコーラを塗って焼いてみた。焼けるウナギ脂の香ばしさに俺はつばを飲み込んだ。あの忌々しいウナギの脂が食欲をそそっている。俺は我慢できずに白飯を用意してウナギを食べ始めた。ウナギの泥臭さも消えて、香ばしくコクのある味わいが白飯と最高に合う。あまりの美味さに俺は白飯の上にウナギを載せてかきこんだ。

 成功、大成功だ。俺はこの料理をウナギのコーク焼きと名付けたが、アメリカ人には発音できず、カバヤキと呼ばれるようになった。このカバヤキをアメリカで普及活動している場合ではない。まず日本の過去から流行らせるのだ。コーラはなくても、みりんを使えばいい。この料理は白飯との相性が抜群だ。日本で爆発的に普及するだろう。

 俺は信者たちにカバヤキ料理法を仕込んでから続々とタイムリープさせた。歴史は書き換わり、日本はウナギ料理のカバヤキが大人気の国に変貌した。


 俺の作戦は最終段階に来た。ウナギを滅ぼすには消費のピークタイムが必要だ。ウナギの消費を祭りに仕立て上げ、生存に必要な個体数を下回るまで一気にとりつくさせるのだ。


 鰻光は信者が死にすぎて騒ぎになっていた。歴史を上書きしても、そこは変えられなかった。俺は残った信者全員からまとめて生命エネルギーを吸収し、江戸時代にタイムリープした。

 何度も来た江戸時代だ、勝手は分かっている。今度はもっと作戦しやすいように学者の身分を手に入れ、平賀源内と名乗ることにした。

 江戸の風俗を調べ、ウナギ料理屋と近づきになり、ウナギ祭りの作戦を練った。正月には日本人皆が餅を食べるように、バレンタインデーには日本中でチョコレートが売れるように、祭りのきっかけが必要だ。

 俺はまず学者の立場を利用して、土用の丑の日に「う」が付くものを食べると健康に良いとの教えを江戸に流行らせた。夏を待ってから、俺はウナギ料理屋に伝えた。

「土用の丑の日うなぎの日 食すれば夏負けすることなし」

 そうだ、ウナギを食べさせるには、タイミングときっかけ、やむを得ない理由が必要なのだ。夏の暑い日、弱った身体を癒すためにはウナギを食べねばならない、そうしないのは不養生だという飴と鞭のそろった理由。夏のいつでも良いのでは決心がつかないから、思いきることができる一日だけの特別な時期、土用の丑の日というタイミングも指定する。

 ウナギ料理屋が掲げた「土用の丑の日うなぎの日 食すれば夏負けすることなし」を見た江戸っ子たちは、思惑通りに仕方なく喜んでウナギを食べに来た。この成功に他のウナギ料理屋も追従していき、江戸中の流行りとなった。

 土用の丑の日が来るたびに江戸ではウナギのカバヤキがブームになった。いずれこのブームは日本中に広がり、東京時代になってもより拡大していき、進歩した漁法によっていずれウナギを取り尽くすだろう。


 江戸での平賀源内としての任務は終わった。タイムリーパーとしての作戦は完了した。これで人類の繁栄する未来を取り戻し、俺がかつていた時代にはアリシア博士も生きているはずだ。

 この時代にエネルギー吸収ドローンを作る技術はなく、俺に生命エネルギーも残っていない。俺はもう元の時代に戻ることは不可能だ。歳もとった。

 

 俺は蓄積された生命エネルギーを振り絞って、精神リンクを元いた時代へと伸ばした。誰かとつながりさえすれば、俺の作戦が成功したことを確認できる。

 祈りを込めた精神リンクが誰かに届いた。もしや、アリシア博士か。

『ありがとう、タイムリーパー・ハルカ。我々の作戦は成功した』

 アリシア博士ではない。

「誰なんだ、教えてくれ人類はどうなっている」

『誰とは冷たいな、ウナギだよ。君とは長い付き合いではないか。我々の人類滅亡作戦成功を祝おう』

「ウナギ? 人類滅亡? 何を言っているんだ」

『君のいた時代、我々魚類は滅亡の危機に瀕していた。君たち人類が海洋に何の興味も持たず、汚染しきった結果だ。人類は魚類の一部が知性を得るに至っていることにも気付いていなかった。我々魚類は科学の粋を結集してマグラを誕生させ、人類攻撃を開始した。人類全滅まで後一歩というところで君が過去へと脱出してしまった』

「思惑どおりにいかず、ざまあ見ろだな」

『まあ待て。我々は考え直したのだ。すでに海は汚染されきって、人類を絶滅したとしても魚類の未来は暗い。我々の歴史は変更されるべきだと。マグラの奪取した基地から精神リンクの方法を発見した我々は、気付かれないようひそかに君の潜在意識へと情報を送り込んで作戦を制御していった』

 俺は動転した。俺の意識が制御されていただと!

「俺に何をふきこんだと言うんだ! 俺の考えは誰にも曲げられたりはしないぞ!」

『マグロは滅びねばならない。クジラは滅びねばならない。ウナギは滅びねばならない。どうだ、君のおなじみの考えだろう?』

 俺は絶句した。

『時を超えるには生命エネルギーの蓄積が必要だ。マグロが、クジラが、ウナギが、他にも数多くの生命が犠牲となった。海が、川がエネルギー吸収ドローンの代わりに生命エネルギーを貯めていった』

「……タイムリープしてどうするつもりだ」

『人類が海を汚染する前にマグラをタイムリープで送り込む。マグラはなにせ大きいのでね、莫大な生命エネルギーが必要だったのだよ、マグロや、クジラや、ウナギ、仲間たちを殺しつくして作戦に協力してくれた君には深く感謝する。過去の人類に抵抗手段はない。一人残らず確実に殲滅できるだろう』

「止めろ、止めてくれ、他にも方法があるはずだ!」

『うむ、我々も長らく人類に他の方法を期待していたのだがね。作戦協力のお礼に、マグラを送り込むのは君がいる時代の後にしてある。安心して老後を過ごしたまえ』

 精神リンクは途絶えた。

 嘘ではないことが確信できた。精神リンクでは心の真実しか伝えられないのだ。

 俺は我を忘れて暴れた。生命エネルギーを奪ってタイムリープしようと手当たり次第に斬りかかり、拘束されてしまった。


 俺は獄中にいる。

 生命エネルギーも使い果たし、先は長くない。

 平賀源内として俺はここに終わる。

 だが俺は諦めていない。そうだ、作戦は遂行せねばならない。

 誰かがこの精神リンクを通じて作戦を知り、継続してくれることを信じている。

 ああ、作戦はなんだっただろう。

 そうだ。


 人類は絶滅せねばならない。

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ウナギ絶滅作戦 モト @motoshimoda

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