机の上の上野さん!

親愛なる隣人

『プリン』

 この中学校に入学をしてから早三ヶ月、学校にも段々と慣れてきた頃だけど、そんな僕には最近どうしても気になっていることがある。それは僕の隣の席である上野さんの事……。


            ●


 今日も上野さんは平常運転。なにやら今日は机の上にある本を開いて「へー」とか「ほー」とか呟きながら見ているようだ。


 上野さんは一体何の本を見てるんだ……。


「ねえねえ、上野さん」


「どうした?佐藤君」


 上野さんは本から目線を外して僕の方を見る。


 そして、それと同時に絹の様にサラサラな黒髪を耳にかけた。


 その仕草に何だか僕は不覚にもドキッとしてしまった。


 ……って、僕は何でそんなことでドキドキしてるんだよっ!


「えっと…それは何の本なの?」


「これ?」


「うん」


「これはね、……えっちな本だよ」


「へ~、えっちな」


 ………ん?


「え、ええええっちな本!!??」


 そ、そんな、上野さんがそんな物を学校に持ってきてたなんて!


 ……と、思ってたのも束の間、上野さんは何か笑いを必死に耐えるかの様に肩をヒクヒクさせていた。


「上野さん、もしかして…」


「うん。嘘だよ」


「や…」


「や?」


 やられたぁぁぁーーーーーーー!!!!!!


 僕はそのまま頭を抱えて真っ赤になった顔を上野さんに見せまいと机に突っ伏した。


 くっそ……また、まんまと上野さんに騙されちゃったじゃないか。


 これは何とかして仕返しせねば……!


「そ、そんなことより上野さん。それでこれは何の本なのかな?」


「あー、これはね、昔からある遊びが載ってる本なの」


 へぇ~昔からある遊びか、少し面白そうだな。


 ……あ、そうだ! ククク…良いことを思い付いたぞ。


「ねぇ、上野さん。僕と勝負しないかい?」


「え?勝負?」


「そう! 負けた方が罰ゲームありで」


 僕がそういうと上野さんは顎に手をあてて考える素振りを見せた。


「うん、良いよ。それで何で勝負するの?」


 よし! 乗ってきた! この勝負で上野さんをコテンパンにして仕返ししてやる!


「それはね、昔からある遊びで思い出したんだけど『あっち向いてホイ』でどうかな?」


「うん、わかった」


「じゃ、じゃあ罰ゲーム何だけど」


「待って!」


 僕が満を持して罰ゲーム内容を言おうとすると、そうはさせまいと上野さんは僕を止める。


「ど、どうしたの?」


「罰ゲームの内容、私が決めても良いよね?」


 そ、そうきたか……。わざと勝負するゲーム内容を僕に決めさせる事で、このゲームで一番大事な罰ゲーム内容の選択権を得たんだ。


 中々やるね、上野さん。でも甘いよ。この勝負内容が決まった時点で僕に勝つことは出来ない。


 何故なら、僕には友達から授かったがあるんだからね!


「良いよ。別に」


 さぁ、上野さん。君は一体何を罰ゲームにするんだ……?


「じゃあ、次の時間は給食だし、プリンを賭けない?」


 なっ、プリンだとっ! くっそ、上野さんめ! そうきたか! よりによって僕が一番大好きなプリンを選択するとは。


 と、取り敢えずバレないように平然を装わなければ……。


「べ、別にぃ~僕は良いけど」


「そのわりには随分と声が震えてるよ?」


「震えてなんか…ないさ!」


「本当かなぁ?」


 ば、バレてるっ!


             ●


「じゃあやろうか!」


 給食を食べる準備を整えた後、僕は上野さんに勝負を仕掛けた。


 ククク…見せてあげるよ、上野さん。僕のルーティーン《とっておき》をね!


「いくよ、上野さん!」


「ん?何かするの?」


 そう問う上野さんを無視して、僕はルーティーンに入る。


 と言ってもやることはとても簡単で、自分の手と手を交差して恋人繋ぎの様に繋ぎ、ぐるっと腕を内から外に回す。そして、手と手の間から勝てる手を見る!


「よし! 見えた! さあ上野さん。勝負! ……ってどうしたの?」


 僕がルーティーンを決めている間に何故か上野さんはお腹を抱えて一人爆笑していた。


「あはははは!!! 佐藤君、それって小学生がジャンケン前によくやるおまじないだよ?」


「え、えええぇぇぇ―――!!!」


 全く知らなかったっ!!


「もしかして、そのおまじない信じてたの?」


「し、信じてなんかないよ!……ただのおまじないだってこと、最初から分かってたし…」


「本当かなぁ?」


「ほ、本当だよ!」


 くっそ…全部バレバレじゃないか。


「もう時間無くなってきたし早く始めようよ。佐藤君」


「うん。そうだね」


 今日で二回も上野さんの思惑に嵌まったんだ、この勝負くらいは上野さんをコテンパンにしてやるっ!


 そう意気込んだ僕とまだ肩をヒクヒクさせている(いい加減止めてくれ)上野さんが手を前に出す。


「「ジャーンケーン・ポン!」」


 結果……僕がグーで上野さんがチョキ。


「よし!」


 まずはジャンケンに勝ったぞ! 次のアッチ向いてホイだけど、普通に考えれば4分の1の確率で当たる。


 だけど、このゲームは必ずしも4分の1とは限らないのだ。何故なら、個々の性格によって向く方向は変わってくるのだから。


 さぁ、上野さんの性格を読んで当ててやる!


「上野さんの……性格」


 その時、余裕そうな表情をしている上野さんから目線を外し、僕は顎に手をあてて考えた。


 ………ていうか、上野さんの性格って何だ?


 やること為すこと全てが謎過ぎて、性格が全く分からないぞっ!


「…くっ!中々やるね、上野さん」


「何もしてないよ?」


 そ、それもそうか……。


「じゃあいくよ…上野さん」


「うん。良いよ」


 (ゴクリ…)


 僕の喉が鳴る音が聞こえる。


 上か下か。はたまた右か左か……。どこを向く、上野さん!


「アッチ向いてホイ!!!」


 結果……僕の指は上。上野さんの顔は…正面。


 ……って、


「えぇぇ―――!!! それはズルいよ、上野さん!」


「あははっ!! ごめんごめん………でもね」


 上野さんはそう付け加えた後、僕の顔を下から覗き込む様に見上げた。


「佐藤君の顔……ずっと見てたかったの」


 ………へ?


「う、上野さん!そそそそれってもしかして!」


 う、嘘でしょ!? 上野さん、僕の事を…


「だってさ、ずっと顔に虫が付いてるんだもん」


 刹那、僕の真っ赤に火照っていた顔が一瞬にして青ざめた。


「ぎゃあぁぁぁ―――!! 取って! 取ってよ上野さんっ!」


「あはははは!! 大丈夫だよ、佐藤君。虫はもう飛んでったから」


 そ、そうか。良かったような、悪かったような……。って悪かった事なんて無いじゃないか!何を考えてんだ僕は。


「じゃあ佐藤君。勝負再開といこうよ」


「うん。そうだね」


 僕と上野さんはさっきと同じ様に手を前に出す。


「「ジャーンケーン・ポン!」」


 結果……僕がチョキ。上野さんがグー。


 まずい。これは非常にまずいぞ。ここを凌がなければ、僕のプリンが取られてしまう……。


 どうする。どうするんだ、僕! 上か下か、はたまた左右か。それともここは虚をついて正面?


「ねえ、佐藤君」


「な、何だよ上野さん」


「私……上には指、指さないから」


 な、何ぃ!!? この場面で僕の動揺を誘ってくるのかよっ!


 でも、どうする。逆をついて下?それとも上野さんを信じて上?どっちだ、どっちなんだ、上野さん!


「それじゃあいくよ、佐藤君」


 上か、下か。信じるか信じないか。

……僕は。


「アッチ向いてホイ!」


 結果……上野さんの指は下。僕の顔は…上。


「あ、アブねぇ~」


 ふぅ~、何とか乗り切った。


 ……信じてみて良かったよ。


「………信じてくれたんだ。私のこと」


「え?」


 上野さんが何か言ったみたいだけど、あまりに小さい声だったので僕には聞き取れなかった。


 でも、心無しか上野さんの頬が何故だかほんのり赤い気がする。


「じゃあ続けようよ。佐藤君」


「うん。そうだね」


 僕と上野さんは手を前に出す。


「「ジャーンケーン・ポン!」」


 結果……僕がグー。上野さんがチョキ。


 よし、またまたチャンス到来だ!


 5分の1。確率にして言えば20%……。


 くっ、低すぎる。でも、ここは勘でいくしか……。


「いくよ。上野さん」


「うん。いいよ」


「アッチ向いてホイ!!」


 結果……。僕が正面。上野さんは…正面。


 か……


「勝ったぞ―――!!!」


 やった! やったやったやったっ! 今日はずっと上野さんの思惑通りだったけど、最後の最後に勝った!


「上野さん、これで僕の勝ちだね」


「あーあ、負けちゃった。まあ、負けは負けだし仕方ないか」


 上野さんはそう言い残すと、僕の机の上に自分のプリンを置いてトイレに向かった。


 ……勝負は勝負だ。このプリンはありがたく頂こう。


●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「今回は成功、かな?」


 私は教室を出て1人で安堵していた。


 実は私が今日、本を使って佐藤君をからかったのも、わざと勝負を受けて罰ゲームにプリンを賭けたのも全ては佐藤君に私のプリンをあげる為だ。


 だって、佐藤君がプリン好きなことは知ってたんだもん。


 今頃、佐藤君はプリンを幸せそうに食べてるのかな?その姿を想像すると、ちょっとだけ微笑ましい。


「さて、目標も達成出来た事だし佐藤君をからかいに戻ろうかなっ!」


 そしていつの日か、私の気持ちに気付いてくれたら…


 嬉しいな……。     

             

             ●


 ……私が教室に戻ると、そこには美味しそうにプリンを頬張っている佐藤君の姿が見えた。


「う、上野…さん」


 私を発見すると佐藤君は、やや気まずそうに食べる手を止めて下を向く。


「どうしたの?具合でも悪い?」


「え!? あ、いや、そうじゃなくてね」


 歯切れ悪く言うと、佐藤君は机の上に置いてあったもう1つのプリンを私の机の上に置いた。


「え、佐藤君……これって」


 どうしたんだろう……。


「やっぱりこのプリンは上野さんに食べてほしいんだ」


 佐藤君は頬を赤く染めてながら言った。


「でも、私は負けちゃったから佐藤君が食べてよ」


「だから僕はっ! えっと、その………」


 私があげたプリン、食べたくなかったのかな?それはちょっと悲しい。


 私がそんなくだらないことを考えていると、佐藤君は伏し目がちにポツリと呟いた。


「僕は……1人でじゃなくて、上野さんと一緒に食べたいんだよ」


 ~~~~~~~~~~~~!!!


「ごめん、ちょっとトイレ」


 私は 早々と教室を抜け出して扉の前に座り込む。そして、ドクドクと早くなる鼓動を止めようと服の上から胸をキュっと押さえた。……だけど、全然止まらないや。



 さっきの佐藤君の言葉がどんな意味を含んでいるか分からない。


 でも…そんな……いきなりそんな事言うなんて……


「反則だよ…」


 そんなこと、面と向かって言われたらドキドキが抑えられないじゃない。


 ずるいよ、佐藤君。


「はぁ、やっぱり佐藤君には敵わないなぁ…」


 その後、私と佐藤君は一緒にプリンを食べた。



 ………何だかそのプリンはいつもより甘い味がした。




 


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