第51話
「……電子の海、仮想世界のファンタジーワールド、オレたちの身体はデジタルデータ」
見通す先の青い空、白い雲、澄んだ海、豊かに広がる森や畑。ゆるやかな風にサラサラとなびく髪の毛一本でさえも、リアルではなく全て計算された上で構築されている物。
その真実に気付いているのはこの世界ではただ一人、イレギュラーなプログラムファイルが「かなで.ini」と『名前を付けて保存』して生まれたこの少年だけ。
彼は己の手をじっと見つめた。少し骨ばった男の手、透ける静脈がドクドクと流れている――ように見える。
これは画像データだろうか、そう見えるようにプログラムされているだけなのだろうか。
そんな想いを全て押しやり、少年はだしぬけにニッと笑った。
「『それがどうした』だよな、みんな?」
立ち上がった彼は健やかに眠り続けるドラゴンを残し歩き出す。
「たとえオレ達がデジタルデータだとしても切られれば痛い、年を取れば老化していく、寿命もちゃんとある、ならそれはこの世界において『普通の人間』だ」
やがて枝に埋もれるようにして隠された幹を回り込むと、その中に埋め込まれたガラス管に手を当てる。
「なぁ、そうだろ? 本当の作者」
ガラス管に満たされた液体の中には、脳髄が一つ浮かんでいた。コポコポと静かに泡が立ち上り『それ』が今も生きていることを示している。
固定してある台には固有名詞を記していたであろうプレートが付けられていたが、長年の風化により大多数が擦れて見えなくなっていた。
かろうじて "a" "n" "Y" と途切れ途切れに拾えるがそれだけでは何の意味も成さない。
「全ての始まりだった夕焼け世界で会ったのはお前だったのか、それとも“お前から切り離された後のクリエイター”だったのか、今となっちゃそんなことどうでもいい」
ガラスの内側から見えるはずのその表情を、私は「見る」ことができない。けれども「視る」ことは出来る。
モノガタリを通して、夢という形で。
ねぇクリエイター
僕らの創造主
もう大丈夫だよ、僕たちは
つむぎの言葉がリピートされる。
うん、わかってるよ
「約束しろ、今後一切オレ達のモノガタリに干渉するな」
大丈夫、実は私、ハッピーエンド主義なんだ。
最終決戦のあの時みたいに、コッソリ手助けはしちゃうかもしれないけどね。
あぁでも、過去の切り離した私――クリエイターには酷な事をした。くーをどうか、可愛がってあげて。
「アンタはそこで夢を見ていればいい。永遠と夢に捕らわれてろよ」
それだけ言い残し、かなでは去っていった。
そう、私はずっと夢を見ている。
これまでも、
これからも、
君達が紡ぐ物語を。
デスクに放置された本に文章が綴られていく
二重線で消されたタイトルの上に、新たな文字が浮かび上がる。
そのタイトルは――『新規テキストドキュメント.txt』
***
暮れなずむ夕空を赤く炙り出し、キャンプファイヤーが燃え上がる。
今日は学園祭の前夜祭。盛り上がる校庭を校舎から見下ろしていた僕はようやく振り向いた。
「なるほど、何となくそういう気はしてた」
視線の先には腕を組んでいる委員長。僕は苦笑しながらもう一度繰り替えした。
「うん、今は付き合うとか、そういうのよく分からないんだ。目の前のことを精一杯がんばりたくて」
夜が始まる少し前、薄暮れ色の教室は外からの喧騒が遠く聞こえる。
約束通り、全部蹴りがついて落ち着いた今になって僕はようやく告白の返事をした。
伝えた気持ちは、現状を崩すのが怖いって感情もあったかもしれないけど、おおむね本心だ。
フッと笑った委員長は、仕方がないなとでも言いたげな表情でこちらを見つめる。それはとても優しいまなざしだった。
「わかった、明日からも私たちは善きチームメイトでいよう。だがお前の気持ちの整理がつくまで、私はいつまでも待っている。それだけは忘れないでくれ」
そう言い残し、彼は教室から去っていった。
……やっぱり委員長って優しい。いつか共にリッパな魔導師になってその時まだ彼の気持ちが変わらないようだったら、もしかしたら本当にそんな未来もあり得るのかもしれない。
そう僕が未来へ想いを馳せていたというのに、気分をぶち壊すようにしていつもの声が降ってきた。
「やー、カッコいいなぁ委員長は。まさにヒーロー? 白馬に乗ったナイト様?」
「……盗み聞きとか悪趣味だよ」
どこにへばりついていたのか、天上からシュタッと黒い影が落ちてきて背後に着地する。まったく、コイツの神出鬼没さは変わりそうにないや。
ハァッとため息をついていると、ふいに後ろから抱きしめられて身動きが取れなくなる。僕は眉根を寄せて抗議するように腕を振り回した。
「ちょっと聞いてた? 僕は今誰かと付き合うとかそういう気はないんだってば」
「でもその約束をしたのは委員長だ。オレじゃない」
急に真剣味を帯びた声が耳をかすめてドキッとする。触れるほど近くまで口を寄せてきたかなでは声を滑り込ませてきた。
「ねぇつむぎ、オレが今までどれだけ我慢してきたと思う? 気が遠くなるくらい耐えてきた、本当に永い間、ずっと」
「っ……」
鼓膜からつたわる刺激が脳をダイレクトに揺らす。
「世界のルールは無くなった。もうためらわないよ」
っの声、ダメ……ッ
音魔導師として敏感すぎる耳がいけないんだ。でなければ、こんな
震えながら振り返ると、あの綺麗な瞳とまともにかち合う。
かなでは壮絶に色気を含んだ表情で微笑むとこう言った。
「全力でいくから、覚悟しててね」
ボンッと頭が沸騰する。
へなへなと崩れ落ちる僕を残して、いつもの『かなで』に戻ったヤツはヘロンとした調子で手を振りながら出て行った。
「じゃ、オレ打ち上げ花火の係で呼ばれてるからまたあとで~」
まだ暴れ続ける心臓を押さえながら、耳をガシガシとこする。
あっ、ありえない うそだ 一瞬でもアイツを
カッコいいと思ってしまう なん て
「つむぎ、いたです」
「何やってんのよ、そんなところで座り込んで」
教室のドアから顔をのぞかせたくーとつづりちゃんの顔を見た瞬間、自分でもわけの分からない感情がこみ上げてきた。
内側から爆発してしまいそうなそれを、僕は精一杯息に乗せて放出した。
「かっ、かなでのバカぁーっ!!」
おわり
新規テキスト ドキュメント.txt 紗雪ロカ@「失格聖女」コミカライズ連載中 @tana_any
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