始まり始まり~そして世界は~

第50話

「えっと、おっきな竜がドーン!と来て敵はぺっちゃんこ! 村には平和が訪れましたとさ。めでたしめでたし」

 談話室に響く女の子の声に、周りからドッと笑いの声があがる。

「やだぁ、その竜どこから来たのよ? 超展開にもほどがあるって」

「『くいえーたぁ』のお話、面白いですか? 楽しいですか?」

「あはは、もうちょっと推敲が必要かな」

「わかりました、くーは尽力するのです」

 ソファに座ってみんなに囲まれている小さな女の子を、僕は複雑な心境になりながらも少し離れた位置から見守っていた。

 プラチナブロンドの髪をおかっぱにし、ダブダブのローブを着せられた「くー」の目は右だけが真紅に輝いている。

 くーは『とてとて』とやって来たかと思うと、ある人物を求めて視線を彷徨わせた。

「ますたー、どこに居るですか? くーのおはなし、聞いてもらいたいです」

「マスターはよせと言っただろう。かなではどこだ?」

 苦笑しながら委員長が同じように辺りを見回す。肩をすくめたつづりちゃんが勢いをつけて立ち上がり、くーの手を引いてみんなの方へと歩き出した。

「さぁ? おいで、くー、アタシが推敲してあげる」

「つづり、優しいです」

 まだ表情は乏しいけれど、それでもくーは嬉しそうにその手をギュッと握り返す。

 僕はそれを微笑ましく見送りながらも、わだかまりのような不安を消すことができなかった。

「すっかり馴染んじゃったね、来年の入学試験受けるって張り切ってるけどいいのかな……」

「校長はその辺り寛容だからな、問題はないだろう」

「いや、そうじゃなくて」

 僕はソファに深く座り直しながら、つい先日の事を思い出していた。


*Last.episode

始まり始まり~そして世界は~


 あの日、やっとの思いで僕たちが下に降りてみると事件は『なかったことに』なっていた。

 黒く塗りつぶされていた街は何事も無かったかのように朝を迎えていたし、あちこち壊れていた学校もすっかり元通り。


 王子の手によって別の世界に送られた人たちはさすがに居なくなっていたりと、多少不自然な点はあったけど……それでも世界はおおむね通常通りに戻っていた。

「私がポット村を焼いたあの日まで時間が巻き戻っている」

 チロから降りて唖然としていた僕らの元へ、あの大柄な騎士を引き連れた王子がやってきて言ったのだ。


 それから話し合って、今回のことは僕たちたんぽぽ組と王子たちだけの秘密にしようと言うことになった。もちろん僕の指名手配も無かったことになっていて一安心した。

 だけどその三日後、かなでがどこからか連れてきた幼女に僕らは飛び上がって驚くことになる。


「『くいえーたぁ』と申します、どうぞよろしくなのです」


 あのバカ紙一重の天才は、初期化され記憶もリセットされたクリエイターコアをホムンクルスに埋め込んだと言うのだ。



「今度ばかりはアイツの正気を疑ったよ……」

「かなでが正気とは元から思えないが」

 なにげにひどいことを真面目に言う委員長を見て、僕はどうしても避けては通れない問題を口にする。

「もし、もしもだよ? くーの中でクリエイターの記憶が蘇ったとしたら……」

 ありえない話じゃない。何かのはずみで僕らの世界をめちゃくちゃに壊そうとした人格が蘇るとも限らないんだ。

 しばらく会話が途切れるのだけど、ふいにポンと肩を叩かれる。顔を上げると大丈夫だと安心させるような表情があった。

「たとえあの子が術式魔導師になったとしても世界を操る手段は既に無い。万が一記憶を取り戻すようなことがあればまた私たちで止めてやればいいだけの話だ」

 ゆっくりその言葉をかみ砕いていた僕は、ようやく自分の中で折り合いをつける。

「……そうだよね。未来は繋がったんだから、どうとでもなるんだ」

 その時、興奮したようにくーが駆け寄って来てバフリと僕の膝に飛び込んだ。

 彼女は左右色違いの目を少しだけ輝かせて、元気よく言う。

「つむぎ! つむぎ! 聞いて欲しいのです! 自信作ができたのです!」

 僕の音式魔導師としての耳が、その声色を正確に聞き分ける。

(……うん、大丈夫。創作することへの喜びに溢れてる)

 もうこの子は一人寂しく望まれない話を綴る暴君なんかじゃない。

 僕たちと何ら変わりない、創作人なんだ!


「いいよ、聞かせて。誰にも強制されることない、君だけの物語りを!」


***


「クリエイターの『くー』か。やっぱりオレってネーミングセンス壊滅的ぃー」

 柔らかく吹きすさぶ風に桃色の髪をなびかせ、少年はぽつりと呟いた。

 その発言を聞き咎めるように、傍らに居た真紅の竜が顔を上げ不満そうに彼の腕に鼻先を押し付ける。

「おわっ、落ちる――ゴメンって! 前言撤回! チロちゃん良い名前っ ヨッ世界一!」

 名付け親の慌てぶりに満足したのか、真紅の巨竜はうずくまり昼寝に入る。

 誰も居はしない天空に浮かぶ大樹の頂上、どこまでも青く澄んだ空に浮かぶようにして少年はフロアの端に腰掛けていた。

 ドラゴンの鼻先を撫でてやりながら、長い前髪の下で少しだけ遠い目をする。

 どれだけそうしていただろう、ふと柔らかい声がどこからともなく響き渡る。

「かなで様」

「様づけはやめれー」

 マザーコンピューターと呼ばれていた存在は、ヴヴッと幹に埋め込まれたスクリーンに無機質な女性の映像を映し出した。

「最後の巻き戻しは上手く行きましたか?」

「うん、もーバッチリ。Do loop構造だっけ? 構築手伝ってくれてアリガト。おかげでつむぎたちに怪しまれず短時間で済んだし」

 あの時、一人だけ引き返した少年は散々巻き込まれていたループを逆に利用し、壊滅状態に陥っていた地上を巻き戻すことに成功した。

 つむぎは「この装置はもう要らない」と言ったが、最後にその作業だけが必要だと彼は判断したのだ。

 また四人で元通りの学校生活を送るためには。

「約束したしなー」

「お礼には及びません。あなたは上位層最後の残存データ、手助けさせて頂くのは当然です」

「わーい、亡国の王子様ってかぁ?」

 少年はケラケラと笑いどこか吹っ切れたように空を見上げた。

 その先は言うなとの無言の圧も機械相手には通じなかったようで、マザーコンピューターは無情にも言い放った。

proxy.exeあなた様が元々あったフォルダはC:/Program Files/textfile。本来の籍は上位層です」

 それを黙って聞いていた少年だったが、やがて観念したかのように口を開く。

「そーだよなぁ、そう考えれば全部つじつま合うよなー。オレが二・五次元に居たと思い込まされたのも、世界がループできた理屈だって」

 風がピタリと止まる。最後の真相ネタばらしは彼自身の口からあなた方に伝えられる。


「ここが0と1で出来たデータ世界って考えれば、全部説明できちゃうか」

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