【今までは、これからは。】

@RussianD

第1話

【大人になる。】

昔から大人になりたかった。

今考えてみると大人になるなんて、実感がなかったような気がする。


酒を飲む、タバコを吸う、選挙に行く、納税をする


自分が大人になった証明が欲しくて、全部やった。


それでも、頭のどこかにある【大人になる】という実感は、何一つ満たされることはなく

昔、憧れた大人がやっていた事を真似てみるのだが、むしろそれは間違った方向にどんどん進んで行った。


その間違った方向に気がつくこともなく、社会に出た。

社会はいろんな事を教えてくれた。いい事も、もちろん悪いことも。

自分に都合のいい嘘を自分につくということも。



その社会にでてしばらくたった頃、初めての結婚をした。こんな不器用な人間を真っ直ぐに愛してくれる人が現れたからだ。

あの日、大人に近づけたという実感か、愛する人と一緒になれた喜びからかはわからないが、今まで経験したことのない人生の最大の絶頂に居た。


だがどうだろうか?思っていたほど、日常は変わらない。

また、どうすれば大人になれるのかなどと、また下らない妄想に胸を膨らませ、お気に入りのタバコを燻らしながら

玄関先に置かれたこの空間にはあまり似つかわしくない、蕾の花を見る。



きっとこれは赤い花だろう。そうに決まっている。



その言葉を口にした瞬間、ふと気がついた・・・そうか、大人になるっていうのはこういうことなのか。


未来に期待をすることをやめ、決められた方法でしか物事を考えられなくなる。


いつから大人になっていたんだろう?


無意識に自分を殺してしまっていた時からか?

初めて酒を飲んだ時か?初めてタバコを吸ったときか?初めて選挙に行ったときか?


・・・・違う。


少し前の自分には夢があった、これしか無いと心に決めたことがあったんだ。


だがそれも、社会が教えてくれた自分に都合のいい嘘を自分について、自分自身から逃げた。


きっとその瞬間から大人になっていたんだ。


どうやら、昔から思い描いていた大人になるということは間違っていたようだ。


その時から【大人になること】をやめた。


そして、真っ直ぐに愛してくれた人に別れを告げた。


どうしたら大人になれるかという、妄想を止め、空き部屋を眺めながらまたお気に入りのタバコに火をつけた。


ふと横に目をやると、今ではもうすっかり枯れてしまったあの花が目に入る。


そこには、【大人になっていた自分】が予想した赤い花ではなく、枯れた黒い花が咲いていた。


知ってか知らずか、愛してくれた人が残してくれた最後のメッセージは。


【決して滅びることのない愛】・・・この意味を理解するのに5分もかからなかった。


恐らく、今後の人生においてこんなに長く感じられる5分間なんて、もう無いだろう。


ほとんどが燃えてしまったタバコを消し、歩き出す。


そう。これは終わりではなく、始まりなんだ。




これからの人生は、昔憧れた大人に自分がなるのではなく

自分が自分に都合のいい嘘をつかない自分自身になるために。






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