火花を刹那散らせ

有澤いつき

Burn your SOUL!!!!!!

『世界最速ニキマダー?』

『アメリカの最速ニキ、また記録更新したってよ』

『まじかよ化け物だな』

『人間やめてるんじゃない?w』


 俺のライバルはアメリカにいる。本名は愚か、顔だって知らない。ただ、物好きな管理人が特集しているRTAのまとめサイトのランキングでその名前を見ただけだ。

 T・B。それがそいつのニックネームだ。


 往年の人気アクションゲーム、「Explorers」。90年代中頃に発売された、今にいうレトロゲームだ。横スクロールのマップをひたすら攻略し、ラスボスを倒してゲームクリア。俺はそのゲームの最速クリアの称号がほしいがために没頭している。


『最新のランキング出たぞ』

『詳細はよ』

『アメリカニキがトップで1:27:58だってさ』

「28分切った……!?」


 画面のスクロールの速度が一気に早まるなか、嘘だろ、と俺は呟いていた。感嘆は口をついて音になる。今、生放送の動画配信をしていなくてよかった。きっとまた永遠の二番手とか詰られるに決まってる。


『ロボニキは?』

『1:28:47』

『こないだより縮んでない?w』

『アメリカニキと一分近くタイム差ある、詰められるか?』

『日本人としては頑張ってほしいけど、アメリカニキには敵わない』


 ……好き放題言わせておけ。今に見てろよ、絶対抜いてトップになってやる。画面のチャットログに舌打ちしながら、俺は改めてテレビ画面に向き直った。


 ロボニキ、というのは俺のネットでの愛称になりつつあった。一応ハンドルネームがあるのだが、ゲームのプレイが危なげなく、まるでロボットのように正確なプレイをするからロボニキなんだとか。

 ニキ、は兄貴の意味。T・Bも結局「アメリカニキ」なんて呼ばれてる。ネットの名前なんてただの記号だ。


 RTA――リアルタイムアタック。それが俺の戦っている競技の名。

 簡単に言えば、ゲームスタートからクリアまでの最速タイムを競うものだ。Explorersはラスボスを撃破するとゲームクリアだから、ラスボスまでのタイムが争われる。

 RTAの見所は、レトロゲームならではのバグ技や裏技、そしてフレーム単位のボタン入力にあるだろう。そういったテクニカルなプレイは視聴者にも受けがいい。特にT・Bはそういった技巧に優れたRTA走者だ。


『ロボニキのプレイは巧いんだけどさ、無難だよなー』

『しょうがねえだろミスったら再走なんだから』

『ロボニキの最新プレイ動画見たけど、6面もたついてた』

『再走案件wwwww』

「……うるっせえな」


 再走なんてとっくにしてるんだよ。お前らが動画見てゲラゲラ笑ってる間に何回やり直したと思ってるんだ。


 スタート。1面の運ゲ要素が最悪の乱数でやり直し。再走。

 スタート。3面の苦手な空飛ぶステージで失速した。再走。

 スタート。3面の空中ステージは抜けたのにボスで凡ミス。再走。

 スタート。また1面の運ゲでクソ乱数。再走。再走。再走……


 完走できることなんてそう多くない。1000時間プレイしたなかから掬い上げれば、完走したのなんてほんの一握り。それを動画にしてあげているだけ。まるでこの動画だけが俺の軌跡だなんて思われたくもない。


「やっぱ、フレーム攻めるしかないか」


 呟く。俺が二の足を踏んでいた秘策。

 フレーム技。めちゃくちゃ簡単にいうと、非常に難しい技を出すってことだ。ボタン入力の猶予はわずか1/60秒。

 T・Bは八割の確率で成功させている超絶技巧だ。今までは安全策をとってここまでタイムを縮めてきたけれど、これ以上は冒険をしないと攻めきれない。

 その限界に、挑む。


「さて、今日もですね、Explorers走っていきたいと思います」


 動画の生配信を開始。世界二位のRTA走者である俺は、日本の動画サイトではそこそこの知名度を誇る。生放送を始めれば野次を飛ばしてくる視聴者がたちまち集まってきた。


『ロボニキktkr』

『アメリカニキ記録更新だってよ』

『ロボニキ自己ベスト更新したりしてw』


 最後の草に苛立ちながら、顔が写らない動画のスタイルに感謝した。ゲーム画面と俺の肉声で構成される実況プレイ動画は、俺のカリカリしてる顔を抜かないからいい。

 深呼吸ひとつ。フレーム技を生放送でやるのは初めてかもしれない。成功率の低い技は投稿しないから。


「んじゃ、行きましょう」


 スタート。何千回、何万回と見たメニュー画面。手慣れたボタン連打でスキップしていく。

 1面。クソ乱数を引きたくない。問題のフレーム技は中盤の4面で繰り出す予定だ。そこに行くまで、初回はスムーズに流れたい。


『今回はクソ乱数?神乱数?』

『ロボニキクソ乱数引きまくるからお祈りしてる』


 ラックの悪さは自覚済みだ。

 ランダムで排出される木箱の位置が最良であることを願う。自分のポジションから最も遠いところに出たら再走案件だ。


「木箱近くに来い……来い……」

『来いッ!』

『キタ!神乱数!?』

『ロボニキ初回から神乱数とか幸先いいね』

「ッし!」


 思わずガッツポーズがでた。運ゲに左右されるのもRTAあるあるだが、まだ序盤も序盤。腕の見せ所は4面だ。

 2面は俺の得意な水中ステージ、何も危なげなく攻略できた。ここの突破タイムはT・Bよりも速い。彼は水中が苦手らしかった。

 3面。いつもつまづく空中ステージ。全部で6面あるゲームで、1000時間の練習の三割はこのステージに割いている。


 そして4面だ。


「さて、4面ですね。今回はちょっとチャートを変えてみようと思います」

『お?』

『ロボニキチャート変更か』

『新ルートやっちゃう?』


 4面。空中と水中の融合ステージ。後半どんなに加速できても前半の空中ステージが安全策になっていた。

 今回使うフレーム技は、簡単に言うと超ジャンプ。本来このゲームではできない二段ジャンプを発生させる。バグ技というのは違うかもしれない。ただ、ボタン入力の猶予が1/60秒しかないから、本来は想定されていない操作なのだ。

 T・Bはこの二段ジャンプを使って、空中の移動速度をあげている。俺もそのチャートで行く……つまり、T・Bとの真っ向勝負だ。同じ二段ジャンプを連発して、タイムを縮める。


「ッ、ここから、チャート変更です」


 あとはもう喋らない。そんな余裕は消えていた。1/60秒の猶予。そんなの猶予じゃない。その隙間みたいな時間にボタンを押す。それを、合計五回やる。


『お??』

『待ってこれ』

『二段ジャンプキタ!』

『ロボニキ、アメリカニキに喧嘩売りやがったwww』


 1/60秒で十字カーソルの上とBボタンを同時押し。これを五回。入力のあとはすぐに方向転換して着地。でないとマップから落ちる。落ちたら当然再走。再走は嫌だ、せっかく4面まで来たのに。負けるのは嫌だ、ずっと二位に甘んじるのはこりごりだ!


『二連続!』

『これもしかして五連続やんの!?』

『1フレームとか修羅でしょ』

『ロボニキ頑張れ!』


 好意的なコメントを視界の端に確認する。でも気に留めることはできない。ブラウン管の画質の荒いテレビ、掌に収まるちっぽけなコントローラー。俺の人生はそこに凝縮されていた。

 三連。決まれ。


『三連行った!!』

『ロボニキこんなプレイすんの!?』

『今日はせめてんなー』


 あと二回。タイムは格段に縮まる。このステージだけで五秒は堅い。あとは各ステージの凡ミスを減らして、時短を積み重ねれば……!


「あ、」


 たくさんの同じコメントが、一気にスクロールされる。四回目のフレーム技。わずかにタイミングを逃した。

 操作しているドットキャラが拳を突き上げたままマップ外に落ちていく。ぱん、という残機が消える音を聞き届けて、俺は半ば放心状態でリセットボタンを押した。

 軽快なメニュー画面のBGMが耳を突き刺す。俺の挑戦を笑っているかのようだ。


 再走。マップから落ちたのだから再走。もう一回、1面から。あの屑乱数をすり抜けて、苦手な空中ステージを突破して、それからフレーム技を五連続で決めて……頭には組み立てているが、指先はメニュー画面から進めるボタンを押そうとしない。


『888888888888』


 コメントには、拍手を意味する8が流れてきていた。


『よくやった!』

『ナイスチャレンジロボニキ』

『めちゃくちゃ興奮した』

『惜しかったなー』

『ロボニキ攻めてるのわかってハラハラした、でも楽しかった』


 記録になんて、残らない。再走のうちの一回に過ぎない。あまりにも空しい、時の記憶。

 4面で再走なんて腐るほど経験してきたのに……この感動は、なんだろう。完走に負けるとも劣らぬ昂りは、なんだろう。


 楽しかった。

 挑戦して、成功して、失敗して、楽しかった。もっとできるんだってわかった。ロボットみたいに安全策を取るのも記録には大切だけど、攻めるからこそ見える景色もあった。

 これでT・Bに勝てたら、きっともっと楽しい。


『再走!再走はよ!!』


 それは今までで一番嬉しい、再走の催促だった。


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