宇宙(ほし)の終わりを観るのは何か

@mimensys

グラス・ミマス

 地球? 親善使節団代表は、その言葉を聞いて団員達と顔を見合わせた。

 そして優しく微笑み、それま で滞在期間中に見せていた、しなやかな仕草と親しみ易い表情を維持しつつ、さり気なく重要な 事柄を告げた。

「私たちはあなた方のこの惑星を『ガイア』と識別して呼んでいます」

この公式会談の翌年、地球代表政府はガイア暦の正式施行を公布した。


 半壊艦とは厄介な存在だ。

 修理するにはリスクが多すぎる、廃棄解体処分するには経費が掛り過ぎる。そこで軍は最も簡 単な方法でそれを処理した。

 登録抹消だ。

 これなら修理する義務もないし、廃棄解体処分する為の面倒な手続きもない。何より余計な予算を計上する必要がない。しかしこの方法は資源管理局の怒りを買う事となった。登録抹消する、と言う事はその後の管理責任を放棄すると言う事だ。この無責任な取り扱いに因って、粗大ゴミとして自然環境に放置された廃棄艦は数万隻に及んだ。

 資源管理局の仕事は無駄な設備投資や過剰装備を監視し、部品一つ一つの強度やランニングコストの管理、更には退役後の設備の再利用や分解再製造等の管理であった。

 修復再利用はその最前線に当る処置であり、これを繰り返す事で最も経費の掛る分解再利用の 個体は削減出来る。資源管理局としては細かな修復でその個体を規定期間まで使用、その後民間に売却したい訳だ。

 修復や補修の為の部品の経費は軍で出すが、資源管理局は廃艦手続きや部品調達のみ。何のリスクも背負わない。軍はこの状況に難色を示したが結局は予算計上に至った。しかしその内容は 決して歓迎されるべき規模ではなかった。特に鮮地で何らかの事故に因って半壊した艦や、船艇に関してはサルベージ派遣や輸送費、その後の修理一切を背負わなければならなかったので即座に廃艦処分、登録抹消としてきたのだ。そんな艦は当然放置される。どんなに活躍し、人の為に働いた道具でさえ、金が絡むと簡単に捨て去られる。捨てられた艦はどうなるのか、そのまま朽ち果て無残な塊を晒すのだ。

 資源管理局にもサルベージ課はある。しかし活動範囲が制限され、その何もかもに経費が掛る。ちなみに資源管理局はラフレイシィスと言う弩級サルベージ船を所有しているが、出動に多大な経費が掛るとして現場での目撃例は年に数回程度しかない。

 税金に敏感な市民団体はこの扱いに大いに異議を唱えているが、活用される気配はこれっぽちもない。

 民間にもサルベージ業者は多い。しかしラフレイシィス程の弩級船は所有出来ない。ほとんどの業者が中級クラスかそれ以下を所有している。つまり規模より量で勝負なのだ。

 戦後サルベージ業は大いに繁盛した。資源管理局の白羽の矢が立った沈没艦は敵味方合わせて 数万隻にも及んだ。その総てが損壊率30パーセント程度の艦船のみであった。それ等の艦船は大手サルベージ業社が専門に扱った。立法院から直接依託されるので多大な利益も得ていた。

 損壊率30パーセント以上50パーセント以下の艦船は中堅の業社が主に扱っていた。このレベルは立法院依託ではなかったが、リサイクルが完成した時点で予算が出る事になっていた。 それ以上は更に小さな業社が扱うと言う暗黙のシステムになっていた。半壊以上にはリサイクル しても立法院からは予算は出ない、その個体の存在を資源管理局が認識はしているが、その後 の扱いについては関与しなかった。しかしこれは等は宝の山だったのだ。

 半壊以上の艦船部品の大部分は再利用不能だったが、いくつかを寄せ集めれば完全な船として 利用可能であった。だが世間の眼は厳しい、寄せ集めの船などには見向きもしない。いくら安価で、安全に重点を置いて改造しても買い手は僅かしか付かなかった。

 弱小企業は部品をリビルトし小売りにして何とか収入を得るか、或いは大企業に吸収されるかしか生き残る術はなかった。そうなると損壊率50パーセント以上の艦船はゴミとして遺棄されるしかなかった。

 その中にあってカザロ空間航法移送体を名乗る艦船製造専門メーカーは、独自に自社製品の資源再活用事業を立ち上げ、自社製品のコストダウンに成功していた。

 第六番惑星サタヌニア。(土星)

 その第七番衛星ミマス、ハーシェルクレーター付近。

 位置的にはサタヌニア本星寄りだろうか。見上げると非常に奇麗な輪環が白く輝いて波打っている。背後の地平線に視線を移すと、空の四分の一を淡い褐色の巨大惑星が覆い被さって来た。無数のストライプを形成する雲の流れが鮮明に目視出来た。

 男は担いで来た三脚を拡げて地面にしっかり据え付け水平を確保すると、カメラの小さなディスプレイに映るサタヌニアを見た。ズームを広角寄りに引き、サタヌニアを画角の左側に少し残しミマスの地平線をリモコンでレリーズする。次にサタヌニアの表面にズームインし、気流の渦 巻く瞳に似た雲海の中心をスポット測光しレリーズした。続けて振り返り環輪にレンズを向けると、波打ちの状態が際立って高い箇所にスポット測光、レリーズした。

 視線を水平に戻して、男は本来の自分の仕事を思い出した。眼前には光子吸収塗装された黒い艦が、ほぼ完全な形で横たわっていた。その向こう側にはハーシェルクレーターの山脈連峰が立ちはだかっていた。広大過ぎて全景は見えず、クレーターがそのまま地平線を形成していた。だがその連峰の一部がえぐり取られている。眼前の艦が軟着陸する過程で接触したのだろう。艦首底部はミマス表面を削り押し退けられ、盛り上がった土砂岩石に半ば埋没していた。

 艦にカメラを向け固定した。掲字板に必要事項を入力し、艦に向かって数歩進みカメラに向いた。掲字板を腹の前に掲げて遠隔レリーズした。

 1型被装外奪のPSDデヴァイスがコツコツと擬音を鳴らして着信を知らせる。男は右手を拡げ、握って着信承認した。

《イルコー、予備スキャン終わったぞ》

「イズレシィオすまない、単独で動きそうかな」

 イルコーと呼ばれた男は、掲字板のストラップを引き上げて襷掛けにした。カメラに近付き三脚をたたみ始めた。

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