忍び寄る死の音に敏感になるには80過ぎでもまだ足りない異常な世界

naka-motoo

忍び寄る死の音に敏感になるには80過ぎでもまだ足りない異常な世界

「93、101、89、98、95」

「おいおい、アンダー90が1人しかいないじゃないか」

「しょうがないよ、事実なんだから」

「異常だな」

「ああ、異常だ」


死亡欄の年齢の羅列。


「この間、読書会で田山さんが、『将来的に』なんて言葉使ってたぜ」

「田山さんていくつ?」

「86」

「世も末だな」

「ああ」

「なあ、寿命って何だ?」

「一応、天から与えられた命、ぐらいの意味じゃないか」

「健康寿命っていうのも嘘くさいよな」

「まあそう言うなよ。俺もお前も年取るだろ? きっと同じ感覚になっちゃうって。自分より1つ年上の人間が、年寄りの定義になるんだよ」

「いやだな。恥ずかしいな」

「作家でだっているじゃないか。若い時は命削って書いてます、って、若くして死んだロックスターみたいなこと言ってたのに、80過ぎたら深みが増した的な感覚でまだ書いてたりとか」

「みんな読みたいのかな」

「一緒に年取った読者が読んでるんだよ」

「そうか。そうなってくると需要を切らさないためには読者の延命措置がやっぱり必要ってことか」

「それはもはや需要と呼べないんじゃないか」

「同じような文章読んだら安心するんだろ。自分の価値観やら哲学やら信念やらを否定されるよりは、同じこと言葉を変えて言ってくれてる方が気持ちいいから」

「哲学、ねえ」

「ほんとは耳の痛いことを言うのが哲学やらの役割だった筈だから、もう哲学はいいんじゃないか」

「いいって、なんだよ」

「もう、要らないってことだよ」

「まあな。ともすれば単なる言い訳だからな、哲学って」

「信念もそうだよ」

「それは言い過ぎじゃないか」

「そうかな。だって、「この書類はこのフォームで仕上げるのがわたしの信念だ」、って役人が言ってたけど、バカだろ」

「書類のフォーム?」

「ああ。そんな信念なら認知の方がはるかにマシだよ」

「確かに。ところで、俺らって何のために働いてるんだ」

「さあな」

「さあな、ってお前・・・」

「だって、何か崇高なことが見いだせるか? 俺はサラリーマンで月〜金はサービス残業で疲労困憊して、週末は親の介護だぞ? 親だから誰にも文句言えねえ。兄貴に文句言ったら、「俺は人類を救う仕事してるから忙しいんだ」って、帰ってきもしねえ」

「お前の兄貴って研究者だっけか」

「ああ。研究ってそんなに偉いことなのかよ」

「研究の内容にもよるんじゃないか。新薬とか医療の進歩につながることなら確かに人類を救うことだろ」

「でもさ、その結果、全員オーバー90になってるじゃないか。これって救ったことになってるのかよ」

「うーん」

「神様がいたとして、善根を積むものも悪因縁をばらまく輩も全員90超えの世界を創ろうとされてるのか? 俺は俄かには信じられねえ」

「難しいところだな」

「さっき言ったみたいに、『天寿』が本来の寿命の意味だろ? ならドーピングでぶよぶよに水増しされた死亡年齢って寿命じゃないんじゃないか? それこそ神をも恐れぬ所業じゃねえのか?」

「まあ、俺らも90超えたら考えようや」

「いやだなあ・・・」


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