夏が始まる

見月 知茶

夏が始まる

8月3日金曜日 午後3時25分


 鳴り響くフォルテシモのハーモニー。前の団体の曲がクライマックスに突入した。あと2分と経たないうちにこの曲は終わる。

 次は、私たちの番だ。

 顔を上げれば、薄暗いホールの通路に並ぶ45人程の仲間達がいる。

 吹奏楽コンクール県大会 高校A部門

あと5分で、私たちの本番が始まる。


 あと5分で前期の最後の試験時間が終わる。これが終わればもう夏休みだ。クーラーが効きすぎの寒い教室とは、これでしばらくお別れできる。

 なんとか埋まった解答欄を眺め、これ以上はもういいだろうと荷物をまとめて立ち上がる。解答用紙を提出して扉の外に出ればもう夏休みだ。


 最後の音の余韻が消え、拍手が鳴り始める。行列が動き出す。今回が初めてのコンクールだという後輩が、恐る恐る1歩踏み出した。隣に並んだ親友は金色に光るトロンボーンを抱え直すと、ニヤリと笑いながら先に行った。

 明かりの落ちたステージの上、何十人もの人々が忙しなく動いている。


 2号館の重い扉を押し開けると、もわっと蒸し暑い空気とセミの声が全身を包む。これぞ夏。この街で過ごす初めての夏。


8月3日金曜日 午後3時半


 綺麗に並んだ椅子と譜面台。熱を帯びた照明が一斉にステージの上を照らし出す。青いジャケットを羽織った背中がいくつも並んでいる。

 指揮棒を構えた顧問が、ニコリと笑った。目の前で銀色のユーフォニアムがライトを反射して光った。


 そろそろ始まるだろうか。この前まで所属していた高校の吹奏楽部は、今からコンクールの本番のはずだ。先日、地元に残った同期の友人から来た「本番を見に行かないか」というメッセージに、「丁度その時間までテストがある」と答えたから、よく覚えている。

 入道雲が浮かぶ夏らしい青空を見上げて大きく伸びをした。

背後でテスト終了を告げるチャイムが鳴り響く。



私たちの「夏」が始まる。


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夏が始まる 見月 知茶 @m_chisa

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