【3】
卒業式で、わたしの第二ボタンを欲しがる後輩は全く思い当たらなかったし、
実際そんな人は現れなかった。
でも麻未は、ある女の子グループから敬愛されていたから
彼女たちは制服のボタンを欲しがらなかったのかと聞くと、
「どうせなら男から欲しがられたいよねえ」
なんて納得のいかない顔で言うので笑ってしまった。
そんなわたしたち二人を尻目に、
梢のブレザーのボタンは、後輩男子たちによって全て貰われていった。
冬休みにひょんなきっかけで、
梢は一学年下の男子数名と知り合いになった。
その男子たちから、卒業式に制服のボタンをねだられていたのだ。
気前よく両腕のボタンも全部あげてしまったことを知って、
麻未とわたしは、ブレザーの代わりになる上着までちゃんと準備していた梢を
小悪魔と呼ぶことに決めた。
そんな卒業式の翌日、
グルメサイトで「学生に人気」と書かれたカフェで昼食を摂り、
そこからは歩いて現地へ向かった。
そう、わたしたち三人は東京の文京区にいた。
わたしが受験した大学の、合格者を知らせるボードの前だ。
結果からいうと、実はあっさりと判明してしまった。
「せーの」の掛け声でボードをにらんで二秒とたたず、
三人全員がほぼ同時に、わたしの受験番号を見つけたのだ。
まるでわたしの番号だけ、
大きく太字で書かれていたんじゃないか、というくらいの呆気なさだった。
合格発表ならではの緊張感をもう少し味わいたかった、という表面上の余裕が、
湧き上がるのを抑えられない興奮によって熱に変わり、わたしの体温を上げた。
それが過ぎると、今度は別の感情が広がり始めた。
わたしは自分の受験番号を見つめたまま、
東京で女子大生になることが、現実として沁み込んでくるのがわかった。
そして、六年間いつも一緒だった親友や、大切な母と離れて暮らすことを思い、
うまく飲み込めない気持ちが混じり合った。
ボードを向いたわたしの視線が、隣にいる二人へ移る。
麻未と梢は、
わたしが毎日積み重ねてきたものの結果に歓喜して、
歓喜してそれから、くしゃくしゃの泣き顔に変わった。
わたしは急に二人が泣き出したことに驚き、戸惑った。
梢はともかく麻未なんか、
中二の頃好きだった男の子にこっぴどく振られたとき以来、
泣いたのを見たことがなかった。
わたしは二人をからかって、その場を無理やり収めようとした。
いくら有名校の合格発表だからって、
そこまで号泣している人はいない。
その時、梢がしゃくり上げながら懸命に呟いた。
「優希、寂しくなるけど、頑張るんだよ」
その言葉を聞いて、わたしはやっと気が付いた。
二人が何故、わたしが東京の大学を受験すると知って
何も言わなかったのか。
言わなかったのではなくて、
言えなかったんだ。
わたしの進路が決まるまで、ずっと。
それはきっと、
私の人生を、本当に真剣に考えてくれてたから。
わたしの歩む道を、精一杯尊重してくれてたからだ。
麻未と梢は自分たちの気持ちより、
わたしが目標を達成することを切実に願ってくれた。
だからわたしに「寂しい」なんて一度も口にしなかった。
今この瞬間までは。
途切れ途切れだった頭の中の線が、
まさに全て繋がったような気がした。
わたしの受験。その先にある大学生活。
二人はわたしの道を、自分のことのように大切に扱ってくれていた。
だからこそ麻未は、合格発表を三人で見ようと提案したのだ。
私の大学受験は、二人の人生にとっても
本当に大切な岐路だったんだ。
わたしは自分の受験のことで頭が一杯で、
二人のように、二人の人生を真剣に想っていたかと問われたら、
イエスと答える自信がなかった。
ただ、東京暮らしを始めたら寂しくなるな、とか。
離れて暮らしても親友でいてほしい、とか。
自分のことばかりで。
麻未と梢の涙には、
心からの祝福と
心からの寂しさと
そして何より、
心からの愛情があった。
東京の、若者たちが集うきれいな街。
その中心にある、名の通った大学のキャンパスで、
わたしたち三人は抱き合って
人目も憚らず泣いた。
涙でぐしゃぐしゃになった視界には、大好きな大好きな二人の親友。
そして、東京の穏やかな陽の光が瞬いていた。
東京はいつも涙味 vol.2「親友」 Capricorn_2plus5 @Capricorn_2plus5
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