開幕「妹に生き返ってもらいました。」

 爆音に震えた室内に微量の埃が舞い。芥は炎の揺らめきに溶け込む。

 舞台ステージ演出めいた烈火の中心に女が立ち。退屈そうに一瞥した。


「ふぁ~。流石にやり過ぎたかしらぁ?」


 女の乾いたあくびは誰もいない空間を占拠し、絵空事に見詰めた先にはぽっかりと横穴が開いている。

 掘削機で掘り進むように開いた穴は地面と天井を円形に削り、女の前方数十メートル離れた部屋の壁をも貫いている。同様に直線状にある障害物は何であれ熔解し跡形もない。


「さてとっ! お仕事も済んだし、帰りましょう!」


 目的の生希弥ターゲットは木端微塵だ。これ以上の指示など受けていない女は追加オプション残業サービスもする気は一切ない。ただ、気になるのは、放った「失楽レキュリー笑止の有煙炭バゼッティオ」の影響で崩落したと思われる天井だった。


「ん? おかしいわね? 上の階まで届くはず無いのだけれど?」


 ドレスの女は自身に過大も過小をも抱かない。それでも疑問は思う。

 天井の抜け穴は生希弥の長男が最後に立っていた場所の真上。何か怪しい気もしたが、先に外の野次馬が気になっていた。

 熱で歪んだ窓枠から外を伺えば、さっき殺してしまった消防士のご同輩達が必死に放水を続けている。火災の全線で奮闘する彼等から一つ道路を挟んで向こう側に様々な視線を向ける見物人がチラホラと数を増やし始めていた。


「色々と暴れ過ぎたわねぇ。凡人からはただの火災だけど。日本この国の警察には少なからず対策部署はあるでしょうから、魔力を探知されて、後々は残滓を辿られればバレちゃうし、証拠も残せないし……。仕方ない。このまま建物全体を潰しちゃいますか。」


 女は足踏みを一つ打つ。すかさず足元に複数の光の文字が刻まれた。赤い文字が蛍光色の輝きを放ち、光は地面を這い伝播するやフロア全体の柱の根元に配置される。

 細い縫糸ぬいいとのような線がそれぞれの柱に幾重にも巻き付き緩やかな点滅を繰り返す。

 女が無作為に選んだ一つの柱に何かを問いかける。すると点滅の感覚が狭まり光量の増した糸が柱に食い込み爆散したのだ。


「断面も良い偽装カモフラージュが出来てるし。時間タイミングもこんなものかしらね。」


 お手製の時限爆弾に満足した女はその場を立ち去ろうとした。その時だ。


 ―――ピシャッ……。ピシャッ……。

 ―――ヒタリ……。ヒタリ……。


 空気を欲する劫火の断末魔、静観とした炎の海から、なんと水音が聞こえたのだ。

 女は振り向く。そこには、いつ現れたのかも分からない一人の少女がいた。その顔立ちに女は意外そうに問いかける。


「なぜ、おまえが生きている。生希弥しきや貴妹きまい。」


 女の醒めた問いかけに少女は無表情を崩さなかった。背丈、骨格、顔付、これらは兄を庇って死んだ妹と同じ、だが妹の特徴的な生粋の日本人らしい黒髪はなぜか白髪に変化し、瞳の色も茶から紫に変わっていた。


「そうか。そうだった。……私は生希弥。……生希弥しきや琴葉ことのは


 自分が何か、少女は確かめるような自問を呟く。着用する白い検診衣は薄緑色の液体で濡れ、それ以外は何も身に着けてはいない。靴もだ。そのため濡れた素足がビルのタイルにヒタヒタと足跡を残す。


「なら、この人が、私の兄。私の兄、生希弥きしや里美さとみ……。」


 よく見れば、琴葉は何かを抱えていた。ドレスの女は目元を細め、その正体を知るや否や喚起と怒涛の奇声を上げた。


「アャハハハハハハハハ! 二人とも生きてやがったよ! どうやった? 私の魔術をどう交わした! アアァァッァ! こんなのは久々だ。御前等きみら面白いよ!!」


 それは白骨しかけた人の残骸だった。辛うじて頭部と心臓部に近い胸部の一部は健在で皮の剥がれた肉塊がヒューヒューと歪な呼吸音だけを鳴らしていた。

 よっぽど楽しいのだろ。笑い死ぬほど狂った女の目は爛々と輝きを放ち、その深紅の瞳に炎を映し出す。

 殺したはずの妹は偽物フェイクで長男がデコイとなり、見かねた本物がノコノコ登場したなら好都合、炎の女が取る行動は一つのみ。


「しぶといのは嫌いじゃない。貴女もそうでしょ。妹さん? 今抱いてるお兄ちゃんみたく、私にその四肢を捥がれて這いながら玩具がんぐを演じなさい。そして、私を楽しませてよ!」


 狂言ヘビメタを罵る女に対して琴葉は表情を一つも変えなかった。俯いて赤子の様に小さくなった欠片あにを眺める。そして彼女は発した。


「私は、貴女の遊びには無い。」

「ハァ? ふざけんなよォォオオ!」


 全面的な否定に女の表情はみるみる豹変する。まるで仮面を付け替えるよう喜怒を変え、再度“パチン”と指を鳴らした。瞬く間に琴葉の足元に炎が爆ぜ、タイルの一部が吹き飛ばされた。

 もちろんこれは足元を狙っての脅しだ。


「妹ちゃん。私の能力は炎を媒介にした遠距離魔法ファーマジックよ。もし貴女が脆弱かよわい、その体で逃げ果せると思い上がってるなら愚の骨頂。この、レヴィリエア・デッテオンを……侮辱したと見なす! 爆ぜよバゼル!!」


 指先を構えるや何の挙動も無しに放たれた魔法が琴葉に迫りくる。高熱を束ね上げた直線レーザーを少女はすんでで交わした。頬を横切り後方の壁に着弾するや硬度なコンクリートが吹き飛ぶ。

 女の攻撃が一度な訳はなく。避けた琴葉を目掛け次々“爆ぜよバゼル”が放たれる。


「可笑しいわね? 妹ちゃん、たしか心臓に持病あったよねぇ? なんでそんなピンピン動けるのかなぁ? お姉さんバカスカ撃つのは疲れるの。だ・か・ら、これで消えな!」


 レヴィリエアは再度“爆ぜよバゼル”を放つ、掠めるだけでも肉体なまものを炭化させる熱量に対して琴葉も先程の乱射で感覚を掴んでいるため、より最小限の動作で攻撃を回避できるようになっていた。

 身体を仰け反り、攻撃を交わし、次の攻撃に備える。そんな胆略化された動きに、女はしたり顔で新たな演唱を口ずさむ。


「――拡張の裂レェッダ


 呼応するように熱線に変化が生じた。それは生物みたく屈折したのだ。

 曲がった攻撃はまたも琴葉に迫る。回避した直後の体勢から後方に後退りすることで逃げることは出来た。その刹那だ。通り過ぎるはずの熱はその場に留まり爆発したのだ。


 ――!?


 爆破の範囲は1m四方と狭かったが、琴葉と里美は見事に直撃していた。

 立ち込める爆炎の中からうずくまる琴葉をレヴェリエアは不思議がる。


「あら? 器用ね。お兄ちゃんだけ守って、自分を犠牲にするなんて泣けるわ。」


 炸裂の最中で咄嗟に少女は身体の向きを変え、兄を庇うことで深手を受けてしまっていた。着用している検診衣の背部は布が焼け落ち、少女の背中に赤黒い焼け跡を刻みつけている。

 唇を噛みしめ痛みに呻く少女は既に戦意を亡くしていた。

 相手が虫の息と悟った女は止めを指すべく近付く。甲高いヒールが時計の秒針めいて死の宣告の前触れのように一歩づつ近付いた。


「なぜ、また兄を庇ったの? 一度死んでまた助けるなんて。妹ちゃん馬鹿ね。」

「……大切な人だから。私の記憶が……、このうつわが……、この人を生かしてほしい。そう願っていたから……、私はこの人を救おうと思った……。」


 呼吸を荒げ今にも気絶しそうな少女は、それでも兄を守ろうと両手で抱えこみ放さない。その姿にレヴェリエアは呆れて言葉も出ない。


「ほんとっ。綺麗な兄妹愛だこと……。ただ、虫唾で吐きそう!」


 苦痛を堪え丸まった少女を前に、ドレスの女は拳を構える。狙いはさっきと同じ心臓ではあるが、それだけでは殺しきれないと感じていた。確実な一撃を穿つため追加で演唱を行う。


灰燼バオ改易フェン有待デル……。」


 レヴェリエアの演唱に合わせ拳に黒い炎が宿る。肩から指先までを包む炎は本人の肉体を焼くことは無く、静かに揺らめく蝋燭のように美しかった。


「私の攻撃を避けたことは褒めてあげる。でもこれで終わりよ。それじゃあね。」


 穏やかな口調で最後を締めくくろうと女は拳に力を込めて振り下ろす。

 その攻撃は確実に相手を消すための奥の手でもあった。


玄烈稀釈スフェン・フィアス―――爆ぜよバゼル玄姴ネオ


 拳を打ち込みレヴェリエアは唖然としている。

 女の拳は琴葉に届く前に止められていた。まるでキャンドルスタンドのように女の腕に食い込ませた白と赤黒い何かがギチギチと音を立てて攻撃を受け止めたのだ。

 振り下ろされた鉄槌を防いだのは皮の剥げた筋肉と骨だけの腕だった。その腕の持ち主は、あろうことか生希弥しきや里美さとみの物だった。


「この屑野郎! まだ生きてやがったのか!?」

「オ……生憎……様……。」


 里美は自身の上半身から剥き出した背骨を地面に打ち付け、それを支点アンカーにして女の腕を引っ張る。態勢を大きく崩したレヴェリエアは見事に地面に叩きつけられた。


「貴様ぁああああ! 殺してやぁあああるぅぅううああああ!」

「オ……前……ガ……ナ!」


 レヴェリエアは空いた片手で里美の頭部を掴もうとするが、次の瞬間には投げ飛ばされていた。訳も分からぬまま壁にめり込み女は糸の切れた人形のように沈黙した。


「だい……じょう……ぶ?」


 琴葉はなんとか痛みを殺し尋ねる。彼は仰向けに倒れかすれ交じりの声で“ああ”と肯定した。だが里美の唯一残された右手はさっきレヴェリエアを全力で投げ飛ばす際に一緒に千切れている。


「最……低……限の、生命……維持の、魔……力を……使い……果たした。早く……何……と……か……しな……いと……。」


 自身の魔力で脳細胞を停止保存スリープしていたのだが、うっかりそれも使い果たしていた。だがそれで妹が助かるのなら命を賭すのも良しとする兄である。後は救助を待つだけなのだが、一向に来る気配を感じない。

 里美は限界が近かった。自我を保てるのはここまでらしく、剥き出しの眼球から光が失われていく。その最後に最悪の光景が見えた。壁に埋もれたレヴェリエアが這いあがったのだ。一度地面に叩きつけて肋骨の数本は折ったはずなのだが、見事に立ち上がって執念の叫びを発する。


「焦熱よ解き放て《ビィ・リロレイ》!」


 憤懣ふんまんとした声が地響きを呼ぶ。その場、そのフロア、その全ての柱に巻き付いた赤い光の糸が点滅を早め一斉に爆裂したのだ。元から脆い廃ビルに更なる負荷が掛かったことで建物全体が倒壊を始めた。


「あ~ぁ。しくった、しくった。お陰で報酬減額よ? どうしてくれんの?」


 レヴェリエアは口から血を吐き捨て、身に着けるドレスで口元を拭う。お気に入りのドレスだったのか痛んだフリルや裾を持ち上げ残念そうに表情を曇らせた。


「私の勝負服が台無し、はぁああ。今回はすっぅぅぅぅぅうごく悔しい!」


 地団太を踏むと肉体のガタが深刻に現れた。口元からまた血を吐き出し冷静さを取り戻す。深呼吸の後に目の前で今も動けず地面に伸びる二人を眺め、血みどろのドレス女が告げた。


「次は簡単に殺さない。その脳髄、心臓、内臓各所、筋繊維、骨格各種と関節部位、ありとあらゆる箇所を細切れにしてじっくり炒め付けてから廃棄してやるわ。でも、ビルの下敷き程度で死なないでよ? 私の楽しみが減るし、はけ口が無くなるんだからね? それじゃあ、またね~♪」


 言いたいことだけ吐き捨ててレヴェリエアは崩れた壁から外に飛び降りた。まるで気さくにバンジーするように落ちたが、彼らの戦闘はビルの6階で行われ、最低でも30ⅿの高さはあると思われる。とても常人では無傷どころか大怪我でも危うい状況だが、死に掛けた二人は崩れるビル瓦礫の下敷きになりながらあの女は確実に助かったと確信していた。


 ―――――あくる日


 昨夜の大火災は報道や新聞が取り上げるほど事態は大事になっていた。しかし詳細は大分改変されている。


 ・出火原因は無人ビルのガス管理の不十分で引き起ったガス爆発

 ・今回の火災での犠牲者も怪我人もいないこと

 ・ビルはここ数年の間立ち入った人物は誰もいない


 あの場で起きた出来事はどうにも表ざたになることは無かった。そして日付も変わった現在、朝日も登らない早朝には焼け跡とビルの残骸が積み上がった場所で重機がフル稼働で瓦礫を退けている。


「あった! あったぞ! いたぞおおお!!」


 一人の作業員が大声で何かを発見するや次々にがたいの良い男たちが集まる。その中心には擦傷と酷い火傷の少女と、もはや人の形すら定かではない異形の肉が横たわっていた。


「ご苦労、そいつ等が今回の目的だ。」


 男たちの後方から白衣を着た人物が現れた。髪はボサボサ、目元にはクマ、寄れたシャツを身に着けているが、その人物は女性であったのだ。


「この後はどうなさいますか? 更地にも出来ますが?」

「一旦は土地区画区域として看板立てといて、あとはおいおい私の方で片付けるから。それじゃみんな! 今回は助かった、お疲れ様。では解散!」


 女性の一言で男たちは作業の切り上げを始めた。

 その後、数分と立たず男たちの姿は無くなり、白衣の女も兄妹を連れどこかへと姿を消すのだった。

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最近の妹は超人すぎます。 ほしくい @hosikui

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