エピローグ

「いや~一昨日変な夢見ちまってよ。俺のガールフレンドが行方不明になっちまって探してたら涼宮とお前に会ったんだ。それで探してくれって言ったら涼宮の奴いきなり銃で俺を撃ちやがったんだぜ」


「そうなの?僕はイギリスの街をあちこち見て回る夢を見たよ。そういえば僕もキョン達とあった気がするなぁ」


 俺がハルヒと阪中たちの楽しそうなおしゃべりを眺めていると、谷口と国木田が昨夜見た夢について語ってきた。



 放課後、俺は掃除当番で遅れるハルヒ待ちながら、部室で古泉とチェスをしていた。


「お前わざと負けているだろ」


 古泉はふうと芝居がかったため息をついてみせる。


「あれほどの一大スペクタクルをともに乗り越えて、僕への最初の問いかけがそれというのはいささか心外に感じなくもないですね」


 言ってろ。人を騙しやがって。どうせお前も長門たち同様記憶なんてなかったんだろ。


「そのことに気づいていたとは。ちょっと意外ですね」


 うまく騙し切ったと思ったのですがと続けた。変だと思ったんだよ、長門でさえ記憶を失っているのにお前が覚えているなんて。


「その視点で言わせてもらえば、だからこそあなたは特別だといえるのですがね」


 その話はつまらなさそうだからせんでいい。それで、結局何だったんだ?


「僕、新川さん、森さんの三人以外の能力者も能力を持ったままあの空間へ飛ばされていたんです」


 質問の仕方が悪かった。けどそれはそれで気になるから聞こう。あっちでも閉鎖空間はあったのか。


「その通りです。朝倉涼子に化けた長門さんと会った日、涼宮さんは大層気分を害されたようで、あちこちに閉鎖空間を作り出しました。ビッグベン、キングスクロス駅、大英博物館など、有名なところはあらかた破壊されたようです」


 でもおまえら記憶はなかったんだろう?どうやってしのいだんだ。


「記憶はなくとも能力は不完全ながら持っていたようで、実は発生した場所までは分かっていたのです。感覚的にはカマドウマの時のような感じでした。そこで、翌日になって閉鎖空間があった場所を訪れてみたのです」


 あのルソー捜索の日か。


「そうです。結局中には入れませんでした。当然です、その時すでに閉鎖空間は記憶をもっていた機関によって崩壊させらられていたのですから」


 なるほど。一日不在にしていたときもそれか。


「ええ。長門さんが涼宮さんへ送った手紙で、ものすごい規模の閉鎖空間が発生しましたようでして。まあ僕はそれが何なのかまでは分からなかったんですけどね。ロンドン中が覆われるくらいの規模だったそうです。僕はその違和感を頼りにあちこちを彷徨い歩きました」




「結局ハルヒは何でこんなことしたんだ」


「僕に聞きますか?あなたならとっくに気が付いていると思いましたが」


 そう言って様々な衣装が吊ってあるハンガーロックに目を向けた。


 やっぱりこの本が原因か。俺は部室の中にある本を手に取った。あの日、あの図書館へ行った日に、ハルヒが読んでいた本。



『時をかける少女』



「結局のところ、涼宮さんは僕らを試したのかもしれません」


どういう意味だ。


「涼宮さんはこの本を読んで不安に思ったのですよ。『SOS団は記憶を失ったとしても今のようになれるのだろうか』とね。五人が心から相手を信頼できることが、あの世界から脱出するための鍵だったのではないでしょうか」


 そうなのか?だとしたらお前や長門がおかしいだろ。お前らは俺達から離れていて、会う機会すらなかったかもしれないじゃないか。


「それが僕らから見れば最も分かりやすいことなのですが、あなたには最も分からないことなのでしょうね」


 どういう意味だ、と聞き返した時、ハルヒ、長門、朝比奈さんが部室にきた。朝比奈さんが着替えるため部室の外へ出た俺は、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。


「シャミセンのやつ、また喋れなくなったから聞きそびれたんだが、あいつ『イニシャルで長門だけが分からない』って言ってただろ。じゃあ俺はあの世界では何だったんだ」


 古泉は少し真面目な顔になり、さらに声を落としてこう言った。


「涼宮さんははたしてどこまで僕たちのことを知っているのでしょうね。シャミセン氏の意味はワトソン医師の本名のことでしょう。シャーロックホームズにおける、ワトソン医師のフルネームは『John H. Watson』、『John Smith』と同じ『 John』なのです」


 そう言って古泉は窓の外を眺めてため息をついた。


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名探偵 S・H むーらん @muuran

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