コトノハ

真野てん

コトノハ

 これはひとりの少女と一匹の猫のお話。


「そろそろ魔法が切れる時間だね」


 猫は寂しそうにそう語った。

 ひげは真下へと垂れ下がり、いつもはピンと張った耳もどこか落ち込んでいる。


 それに気づいた少女は、彼の頭をそっとなでた。

 柔らかい茶色の毛並みが、銀に輝く月明かりをキラキラと跳ね返している。


 少女が壁に掛かった時計を見上げると、針は刻々と零時に向かって進んでいた。

 さっき見たときはまだ五分もあったのに――。


 彼女は長いまつげをふるわせて、「そうね」と猫に返事をした。


「あれから丸一日。魔法使いのおばあさんとの約束の時間」

「うん」


 猫は時間を惜しむかのように彼女の膝へと頬ずりをした。

 たった一度だけ、魔法使いが叶えてくれた夢のような一日がもうすぐ終わる。


 ずっとお話したかった。


 猫は少女のことをずっと見ていた。

 彼女がこの家にやってきたときからずっと。


 そんな思いを聞き届けてくれた、気まぐれな魔女の力も限界が近い――。


「ねえ……最後にもう一度、ぼくの名前を呼んでくれないか」


 そう口にしてふと少女を見上げた。しかし彼女はもうなにも答えてはくれなかった。


 彼女はもとの――ただの人形に戻ってしまっていたのだ。


 にゃぁん……。


 猫は何度も何度も、頭を彼女にこすりつけた。


 にゃぁん。にゃぁん。


 これはひとりの少女と一匹の猫のお話。

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コトノハ 真野てん @heberex

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