気だるい夏と海のにおい

みろん

気だるい夏と海のにおい

夏休みの学校は地獄だと思う。進学校と学校が謳っている通り、進学校らしく夏期補講がある。この学校に何度入る学校を間違えたと思った生徒は、きっと自分以外にも存在する筈だ。

僕には、これといった夢もない。勉強は苦手ではないが好きではない。だから、学校なんて何処でもよかった。ただ、自転車に乗って通えるくらいの近さなら何処でも。

そんな夢も希望もない僕の目は自他共に、死んでると言われる。それをクールだとかかっこいいとか変な理想をぶつけてくる女子もいるが、生憎女子には興味もなかった。女子は苦手だ。昔できた傷に入り込もうとしてくるから。



自転車小屋に着き、自分の自転車の元へ向かい、鍵を挿した。自転車のロックは解除され、今日の補講に解放された僕のように自由になった。



ハンドルを持ち、カラカラと軽やかになる自転車を引く。



クーラーのよく効いた教室から出たからか日差しが直接当たる外に出たから、いつものように頭に鈍い頭痛がしたが、爽やかな海のように輝く空と空の海を泳ぐ雲、夏特有の美味しい風がすぐ痛みを消した。



自転車に跨ろうとしたとき、



「ねぇ、朝倉くん」



風が自分を呼ぶ声を耳に届けてきた。振り向くと、三吉さんが立っていた。僕が止まったことで会話することを承諾したらしい彼女は駆け寄ってきた。



三吉さんと高校二年の今同じクラスだ。

でも、クラス替えして四ヶ月経つのにも関わらず、喋ったことはない。さっきも言った通り、女子が苦手というのも理由もあるが、それ以外にもある。



太陽に照らされ、腰まで広がった髪は茶髪にも見える。血色の良い頰はこの暑さだというのに、汗ひとつかいてない。そして彼女の一番の特徴である大きな黒い瞳は太陽の光を反射してキラキラと光を持っていた。



「......三吉さん何?」



自分でも驚くほど、低い声が出ていた。早く帰りたいという苛立ちのせいでもあるけど、何より彼女を見ると、古い記憶が脳内を駆け巡ったからだ。

三吉さんは特に気にした様子もなく、口元を弧に描き、目元を細めた。



「お願いがあるんだ、朝倉くんにしか出来ないことなんだけどさ」



細い指先が僕の自転車を指差した。



「自転車に乗せてくれない?」


「嫌だ」


「わお、即答だねぇ」


三吉さんは何がおかしいのかクラスで浮かべている営業スマイルのような笑いではなく、ぷっと吹き出して、ケラケラと声を上げて笑っていたが、僕は真顔だ。


「あはは、朝倉くんって優しくないんだねぇ」


「はっ?僕今から帰ろうとしてるのに、なんであんたに借さないといけないの?」


「むー、ケチ。別に借してとは言ってないじゃない。私は乗せてって言ったよ」


「......あのさ、知ってると思うけどさ。

二人乗りって禁止だからね」



三吉さんは、僕の言葉にキョトンとした。


「え、英語の宿題出さない朝倉くんが校則とか気にしちゃう?」


「はっ?」


「私、教科連絡!ちゃんと出してね」


そうだ、彼女は英語の教科連絡。僕は英語が嫌いだから、ほとんど期限内に宿題を出さない。


「あーあ、なんとか言い訳して期限伸ばして上げてるのは誰かな?」


僕は頼んでないし。構ってられるか、僕は三吉さんの横を通り過ぎようとしたとき、三吉さんの悪魔のような囁きが足を引き止めた。



「一週間、いや一ヶ月英語の宿題代わりにしてあげてもいいけどな」


「早く乗れば?」


「わぁい、チョロ」


三吉さんの最後の言葉は聞かなかったことにしよう。三吉さんは許可をもらった瞬間、躊躇なく自転車に乗ってきた。



「.......うわ、意外と重っ」


「はっ?」



ヤバ、声に出てたらしい。僕は彼女に問い詰められる前に自転車を漕いだ。学校の校門を出ると長い坂がある。それをいつものように坂に従い、進む。風が後ろからミントのようなスーッとしたにおいを鼻にもたらす。三吉さんのにおいだ。割と好きなにおい。案外誰かを乗せて走る自転車もいいかもしれないと僕は思った。





学校から何メートルか進んだ三吉さんが


「海、海通る道あるよね。そこ通ってくれないかな?」


「いや、遠回りになるんだけど」


「英語宿題プラス一週間」


仕方ない。僕は彼女に従い、海の方へ体を向けた。






海に向かうまで、今まで妙に静かだった三吉さんは話し出した。



「私ね、今年の夏にやりたいことリストまとめんだ。ほら、来年受験生だし、実質高校最後の夏じゃん。だから、君に自転車に乗せてほしいって頼んだの」



普段教室で誰かと楽しげに喋っている三吉さんの声を聞くたびに僕は思っていた。

三吉さんの声は嫌いじゃない、むしろ好きな声。元気な女は大抵声が大きいし、耳にキンキンする。

でも、彼女の声が別に大きいわけでもないのに、耳が彼女の声を求め、彼女の声以外の音を全て消し去ってしまう。



「......自転車に乗せてなんて友達に頼めば良かったんじゃない?」



でも、僕の口は嘘つきだ。そんなこと思ってないのに勝手に正反対の言葉を並べる。

......良かった、今自転車漕いでて。三吉さんに自分がどんな顔してるか、見られないから。



「えっ、朝倉くんしか頼める人いないもん」


「なんで」


「朝倉くん、青春したことないのかい?

あのね、夏に海がある道を二人乗りで通るって憧れない?」


「全然」


「うわ、冷めてるなー。噂と本当違うね。クールっていうか、朝倉くん女子に優しくないね」


「......そういう三吉さんは噂で聞くより、なんか女子ぽっくないね。サバサバしているっていうか」


「えー、酷っ。私だって女子だから!」


「......そうだね」


声が自然といつもより低くなった。三吉さんも結局女。大嫌いな女と変わりないのに、僕は彼女が噂で比較してくることにショックを受けた。そして、僕も彼女を噂で比較した。最低だ。

それからは会話を続けることなく、潮を感じるながら海を通った。






「.......私全然サバサバしてないし」


「なんか言った?」


「いや、何にもないよ!ほら、漕げ!」


僕は愚かだった。このとき三吉さんの言葉を追求していれば、彼女が夏休みにやりたいといっていた本当のことが分かったのに。




自転車は海を通り、家へと向かう。

三吉さんとの高校最後の夏休みはきっとこれで最後。

顔についた汗は少しだけ海のにおいがした。



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気だるい夏と海のにおい みろん @nyanter_27

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