帰還の時

 『厄災の王』が霧散したと同時に、それまで厚い曇に覆われていた空から雲が流れだし、そこから太陽の光が地上に降り注いできた。


 そして『厄災の王』が滅んだ事で、操られていたモンスター達は正気を取り戻すと一目散にその場から逃げ出していき、屍は屍の姿に戻っていったのだ。


 その状況を見た瑞希は、漸く終わったと感じ両手を下ろして全ての魔法を解いたのである。


 すると光輝いていた和泉の体も、炎に包まれていたシグルドの剣も元に戻り、強化魔法も解かれたのであった。




「ふ~終わった・・・」




 そう瑞希が呟き額の汗を手の甲で拭ったその時、戦場は一気に大きな歓声と賞賛の声で包まれたのだ。


 そしてその賞賛の声は、シグルドと和泉に向けられる。


 瑞希はその状況を見て、満足そうに何度も頷いていたのであった。




「ミズキ・・・良いのか?」


「へっ?何が?」


「・・・本来賞賛されるべきはミズキの方だろ?」


「いやいや、これで良いんだって。だって・・・明菜がとても良い笑顔で笑っているからさ」




 そう言って瑞希は、櫓の上でシリウスに寄り添いながら皆に笑顔で手を振っている和泉を満足そうに見つめたのだ。




「まあミズキがそれで良いなら、オレはもう何も言わないけどさ」




 ロキはそう言って、短剣を懐に仕舞いながら苦笑したのであった。


 するとそんな二人の下に、シグルドとカイザーが慌てた様子でやって来たのだ。




「ミズキ!!」


「シ、シグルド様!!」




 シグルドは瑞希の下までそのまま駆け寄ると、その瑞希の体をぎゅっと抱きしめた。


 瑞希はその突然の抱擁に、心臓が鳴り響き顔を真っ赤に染める。


 それと同時に、あのシグルドの告白とキスを思い出し激しく動揺したのだ。




「シ、シグルド様、は、離して下さい!」


「・・・どうして、私の言う事を聞いて大人しく城にいなかった?」


「っ!そ、それは・・・」


「・・・・・聖女だからか?」


「っ!!」


「やはりそうなのか・・・」


「ち、違っ!」




 瑞希は慌てて否定しようとして顔を上げると、シグルドの真剣な瞳に見つめられ心臓がドキッと大きく跳ねた。


 そして瑞希はそのシグルドの瞳から目を反らす事が出来なくなり、暫し二人は見つめ合ったのだ。


 しかしそんな二人を面白く思わなかったカイザーが、不機嫌な顔で無理矢理シグルドから瑞希を引き剥がし自分の胸に抱きしめた。




「ちょ!カイザー!?」


「ミズキ、俺に抱かれている方が気持ち良いだろ?」


「なっ!ちょっと変な言い方しないでよ!」


「カイザー貴様!!」


「ふん!悔しかったら俺からミズキを・・・」


「奪って行くよ」




 カイザーとシグルドが睨み合っているその隙に、横からサッとロキが瑞希をカイザーから引き剥がし、今度はロキが瑞希を抱きしめたのだ。




「ロ、ロキ!?」


「オレも一応ライバルなんだけどな~油断してただろう?」




 ロキに抱きしめられながらこの状況に付いていけないでいる瑞希は、目を大きく開けながらロキを見上げている。


 そしてそのロキは、険しい眼差しを向けてくるシグルドとカイザーに、余裕の笑みを浮かべてぎゅっと瑞希を強く抱きしめてみせたのだ。




「お前!!」


「ロキ!ミズキを返せ!!」


「嫌だね!」




 そんな三人のやり取りを聞きながら、瑞希は段々頭が痛くなってきてこめかみを手で押さえた。


 その時、突然櫓の上が騒がしくなる。




「アキナ!!」




 そんなシリウスの悲痛な声が、瑞希達の耳に届き四人は一斉に櫓の上を見た。


 するとそこには、シリウスに抱きしめられた和泉がシリウスの胸に縋りながら涙を流している。


 しかしその和泉の体は、段々向こう側が見える程に透けはじめていたのだ。


 瑞希はその和泉の姿に、一体何が起こったのかと戸惑う。




「ミ、ミズキ!体が!!」


「え?」




 ロキのその焦った声に驚きながら、瑞希は自分の体を見下ろしそして驚愕に目を見開く。


 何故なら瑞希の体も、段々透け出してきたからだ。




「ミズキ!!」




 自分の体の変化に動揺していると、再びシグルドが瑞希をロキから奪い取り後ろから強く抱きしめる。


 しかし完全に頭の中が混乱している瑞希は、今度はシグルドに抱きしめられても其れ処では無かったのであった。




(え?え?何これ?今度は何が起こったの!?)




 そう瑞希が心の中で動揺していると、その瑞希の耳に和泉の悲しそうな声が聞こえてきたのだ。




「ああ、シリウス様!わたくし、元の世界に戻りたくありませんわ!!」


「アキナ!私もそなたを帰したくない!私の妃はアキナしかいないのだ!!」




 その二人の言葉を聞いて、瑞希はああと一人納得したのである。




(そっか・・・『厄災の王』を倒したし、お役目終了だからか元の世界に戻されているのか・・・)




 その事実に気が付き、やっと解放されるんだとホッと胸を撫で下ろしていた。


 するとそんな瑞希の耳に、この世界に来る切っ掛けとなった声が聞こえてきたのだ。




『・・・よくぞやってくれた聖なる乙女よ・・・』




 その声を聞き、瑞希はキョロキョロと辺りを見回す。


 ロキとカイザーは心配そうな表情で瑞希を見つめており、シグルドも辛そうな顔で瑞希を抱きしめている。


 更に和泉とシリウスは、相変わらず悲痛な表情で抱き合っていた。




(・・・私をこの世界に連れてきた・・・神様?さすがに今度は、他の人には聞こえないようにしたんだね)




『う、うむ。その・・・あの時はすまぬ。まさかあんな事が起こるとは、我も分からなかったのだ』




(あ、べつに怒ってないので良いよ。むしろ助かったから)




『そ、そうか。・・・ゴホン!では役目を終えたそなたを元の世界に戻す時がきた』




(あ~そうですよね)




『だがここまでのそなたの功績を認め、そなたには選ぶ権利を与えよう』




(へっ?選ぶ権利?何を?)




『元の世界に戻るか、又はこの世界に残るかの権利だ』




(それなら勿論・・・)




 戻ると言おうとして瑞希はハッと気が付き、視線を和泉達に向ける。


 そしてその和泉とシリウスの姿を見て考え込んだ。




(・・・あの~一つ質問なんだけど・・・明菜だけここに残るって言う選択肢はあるのかな?)




『いや、あの娘は元々予定外だったからな。そなたと一緒に、戻るも残るも共になる』




(・・・ですよね~)




 その答えに、瑞希は困った表情になった。




『さあどうする?好きに選ぶが良い』




 瑞希はその問い掛けに、どうすれば良いか戸惑い始めたのだ。




(ん~このまま戻ると言えば、元の平穏な大学生活が送れるし好きな漫画を読んだりゲームも出来る・・・あ!そう言えば、ここに連れて来られる前に買ってあった新作のゲームもまだやってない・・・)




 その事を思い出し、瑞希は意を決した表情で天を見る。




(よし決めた!やっぱり戻・・・)




「ああシリウス様!!」


「アキナ!!」




 瑞希が心の中で答えを言おうとした時、その答えに被さるように和泉とシリウスの悲痛の声が瑞希の耳に届く。




(うっ!)




「ミズキ!行くな!行かないでくれ!!」


「ミズキ・・・オレを置いて戻っちゃうのか?」


「何だ?ミズキ何処かに行ってしまうのか?駄目だ!俺様がそんな事許さんぞ!」




 更に追い討ちを掛けるように、シグルドに抱きしめられている瑞希の両手をロキとカイザーが握って三人で瑞希を引き留めようとしてきたのだ。




(ううう!!)




 瑞希はその三人の必死な表情と、和泉達の悲痛な声にすっかり頭の中が大混乱しだす。


 そうしてグルグル皆の顔を見回していた瑞希は、混乱する頭のまま思わず叫んだのであった。




「残るよ!!」




『ふむ、良かろう。その願い聞き受けた』




「え?あ、ちょ、今のは・・・」




 瑞希は今自分が言った言葉の意味に気が付き、慌てて否定しようとしたが時既に遅く、瑞希と和泉の体は透けた状態から元に戻ってしまったのだ。




「あ・・・やってしまった」




 そう瑞希は呟き、呆然と戻ってしまった自分の体を見下ろす。


 するとそんな瑞希の耳に、再び和泉とシリウスの声が聞こえてきた。




「ああシリウス様!神がわたくしの願いを聞き届けて下さりましたわ!!」


「そのようだ・・・ああ、アキナ良かった」


「シリウス様!」




 そうして嬉しそうに抱き合う二人を見て、瑞希は複雑そうに笑ったのである。




(・・・まあ、明菜が幸せそうだしまあいっか。それにべつに私もこの世界嫌いじゃ無いし・・・)




 瑞希はそう心の中で思い、この世界に残る事に一人覚悟を決めたのだ。


 しかしそれよりも、瑞希には今なんとかしないといけない現状が残っている。


 瑞希は一つため息を吐くと、シグルド達を見回した。




「あの・・・もう大丈夫なので離してくれないかな?」




 そう瑞希が言うと、シグルド達三人は瑞希の姿を改めてしっかりと見、そして元に戻っている事に安堵したのだ。




「ミズキ・・・良かった」


「マジでもうあんな心臓に悪いの止めてくれよ!」


「ん~よく分からんが、ミズキはもうどっかに行くって事が無くなったんだよな?」




 そう口々に瑞希を見ながら言ってくるが、一向にその手を離してくれる様子が無かったのである。




(だから離してくれ・・・)




 瑞希はそう思いながら、うんざりした表情になった。


 するとその時、和泉から気になる言葉が聞こえてきたのだ。




「ああシリウス様、わたくし聖女の役目を終えた事で聖女の力が使えなくなってしまったようですわ。そんなわたくしなど・・・」


「何を言う!私は聖女のアキナを好きになったのでは無く、ただのアキナを好きになったのだ!聖女の力など無くとも私のアキナに対する思いは変わらん!アキナ愛しているぞ!!」


「シリウス様!わたくしも愛していますわ!」




 そうして和泉とシリウスは、皆の見ている中で口づけを交わしたのであった。


 その瞬間、二人を祝福するように至る所で歓声が上がったのである。


 しかし瑞希は、そんな事よりも和泉の言っていた言葉を聞き考え込む。




(・・・そっか、お役目終わったんだから聖女の力は無くなったんだ。じゃあこれからは・・・聖女だとバレないように力を抑えたりとか考えなくて良いんだ!!よし、それならこれからは・・・村娘Aみたいなモブキャラになって平凡に暮らすぞ!!って、いい加減離せ!!)




 瑞希はいまだに離してくれない三人に苛立ちを覚え、思わず心の中で叫んだ。


 するとその瞬間、瑞希の周りに風が巻き起こり三人は瑞希から引き外されたのである。




「・・・え?今のって・・・まさか魔法?」




 瑞希はそう呆然と言い、すぐに掌を広げてそこに火の玉を出すイメージをした。


 するとその掌の上に、赤くメラメラと燃え盛る火の玉が現れたのである。




「な、何でまだ魔法が使えるの!?」




『・・・ああ言い忘れておった。そなたの働きの褒美に、その力をそのまま使えるようにしておいたからな』




「なっ!?」




『では、達者で暮らせよ・・・』




「ちょ、待って!べつに要らないから!!」




 そう瑞希は焦りながら空に向かって叫ぶが、もう二度とその神様らしき声は聞こえて来なかったのであった。




(マジか・・・結局今度は、元聖女である事を隠しながら生活していかないといけないのか・・・)




 その事に気が付き、瑞希はガックリと項垂れる。


 するとそんな瑞希の近くに、再びシグルド達三人が近付いてきたのだ。




「ミズキ、一体どうしたんだ?」


「あ、ううん。・・・何でも無いよ」




 不思議そうな顔でシグルドが聞いてきたので、瑞希は苦笑いを浮かべながら何でも無いと答えを返す。




「そうか・・・ではこんな時だが、返事を聞かせて貰っても良いか?」


「え?返事って?」


「私の気持ちに対しての返事だ。もし受けてくれるのなら、結婚の話も進めようと思う」


「け、結婚!?」


「あ、シグルド様だけ狡いぞ!ミズキ、オレの気持ちの答えも聞かせてくれよ!もしオレの方を選んでくれたら、ミズキの事を嫁に貰って一生大切にするからさ!勿論料理は任せてくれよ!」


「よ、嫁!?」


「おいおい、お前ら何馬鹿な事言ってるんだ?ミズキは俺様と結婚する事が決まってるんだぞ?一応途中まで式をあげたんだからな。と言う訳で、ミズキ今すぐ戻って式の続きするぞ!!」


「し、式の続き!?」




 その三人の言い分に、瑞希は目を白黒させて固まる。


 しかしそんな瑞希を放っておいて、三人はお互いを睨み付けながら牽制し合いだした。


 そして一斉に瑞希の方に顔を向けると、声を揃えて問い掛けたのである。




「「「誰を選ぶ!!」」」




 その問い掛けに瑞希は一瞬目眩を起し、出来ればこのまま意識を手放したいと本気で思ったのだ。


 しかし現実はそんな事出来ず、瑞希は自分の額に手を当ててうんざりした表情で三人を見回す。


 そして額から手を離し大きく深呼吸をすると、三人に向かってキッパリと言い放ったのだ。




「三人共お断りだよ!!」




 その瑞希の返答に、三人は驚愕の表情で固まる。


 するとその隙に瑞希は踵を返すと、足に速度アップの魔法を素早く掛け一気にその場から逃げ出したのだ。




「「「あ!ミズキ!!」」」




 三人はすぐに気を取り戻すと、同時に声を上げ急いで瑞希を追い掛け始めたのだ。












 戦いを終え人間も魔族も入り乱れて喜び合っている中を、一組の奇妙な一団が駆け抜けていく。


 その一団の先頭には、必死な形相をしながら物凄い早さで走っていく一人の女と、その少し後ろを険しい表情で追い掛けていく三人の男達だった。


 その男達は、一人は同じように物凄い早さで走り、もう一人は背中に羽を生やして低空飛行で飛び進み、そして一人は白馬の背に乗って馬で駆けている。


 しかしそんな男達が追い掛けているのに、女には全く追い付く事が出来ないでいた。


 それほどに女の足は早かったのだ。


 そんな土煙を上げながら駆けていく四人を、兵士達や魔族達は唖然としながら見ていた。


 そしてその女は走りながら、こう叫んでいたのである。




「絶対正体を隠して、村娘Aになって平凡に暮らしてやるんだ!!」




 そんな叫び声が、その戦場だった草原に木霊したのであった。












                   Fin

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聖女は正体を隠したい! 蒼月 @Fiara

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