ニャンとも5分間
蒼山 螢
ニャンとも5分間
おいで。
呼ばれたような気がしたから。なぜ追ったのかと聞かれたならわたしはそう答える。
きっとわたしは、5分後の自分を知ることはできない。
仕事終わりに晃司と待ち合わせをし、ふたりでよく行く床がベタベタする汚い居酒屋で飲んでからわたしの部屋に来た。酔った勢いもあり、玄関でセックスをし、シャワーを浴びながらもう1回した。
ふたりでテレビを見ていたが、いつの間にかリビングのソファーで晃司が裸で寝ている。
喉が渇いていた。起こさないように部屋を出て、近くのコンビニでアイスとお茶を買った。その帰りにトラ猫に出会った。暗い道で目だけが黄色く光っており、最初は黒猫かと思ったけれどよく見たらトラ模様の猫だった。
わたしは部屋着でサンダルのまま。連日、熱帯夜が続いており、今夜だってそうだ。背中に張り付いたTシャツが気持ち悪い。
Tシャツを隔てて、腹に人肌のように温いコンクリートを感じる。昼間ジリジリと太陽に焼かれ夜になっても冷えなかったのだろう。顔は横を向いていたので、コンビニの袋を持つ右手は変な方向に曲がっているのが見える。その向こうに川の流れがあり、音が聞こえる。
なぜ呼ばれた気がしたのだろう。トラ猫がわたしをここへ導いた理由を知りたい。そして、なぜ橋の下を覗こうと思ったのか。柵から身を乗り出したのか。
この橋は江戸時代に架けられたが、幾度となく大水で流されていた。しかし人柱として娘を埋めたら流されなくなったという言い伝えがある。晃司が教えてくれたことだ。
橋から足を滑らせたとき、できれば草むらに落ちたいと思った。飛び降り自殺をする人間がそう思うと聞いたことがあったけれど、本当なんだな。わたしは自殺ではないのだけれど。
草むらに落ちたいという願いは叶わず、コンクリートに頭から落ち、顎が胸にぶつかり俯せで着地した。さして高さはないから、単純に打ち所が悪かった。自殺の名所になっているもっと有名な橋が県内にあるはずだ。そっちならテレビに取り上げられたりするから知っている。
「ニャン」
トラ猫が草むらから顔を出す。
あんたを追いかけてここまで来て、橋から落ちちゃったよ。首と腹が痛いよ。どうしてこんなことになったの。わたしのこと、呼んだよね? 違うの? あんたここの主なの?
ちょっと、家に帰してよ。晃司が待っているから。まだ全裸で寝ているかもしれないけれど。目を覚ましたら探すじゃないの。わたしが帰ってこないから泣くかもしれない。
声に出したいけれど、話せない。息が詰まるし、詰まる原因は酸っぱく生臭いものを吐いたせいだ。
「ねぇ」
自分では「ねぇ」と言ったつもりだったけれど、ゴボゴボとした耳障りな音と液体が口から出た。それに反応したのか、トラ猫はトトトとわたしのそばまで来て、黄色く光る目で見ている。
「人柱の追加ニャン」
霞む視界にかろうじて映るトラ猫は、笑ったように見えた。
了
ニャンとも5分間 蒼山 螢 @redgenome
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます