毒・毒

望月おと

毒・毒


 劇薬に劇薬を注ぐと──どうなるか想像つく?


 それじゃ、毒に毒を注いだら──?


 ──最高にスリリングだと思わない?




***********



「君は、どうしてそんなに美しいんだい?」


 このヒトは、これしか誉め言葉を知らないらしい。会うたび、同じ台詞を言ってくる。見た目を点数で表すなら、100点満点。整った美しい顔立ちで、色白。四十歳を過ぎていることを感じさせない甘いフェイス。でもね、美人も三日で飽きるのと一緒で、まだ数回しか会っていないけど、もう見飽きた。


 目の前のコーヒーカップ。中に入っているブラックコーヒーから湯気が立ち上っている。私がそれに手を伸ばそうとすると、向かいから白い歯が控えめに覗く。


 ──残念だけど、あなたの手には乗らない。


 彼も同じようにカップに手を伸ばす。嫣然えんぜんの表情を浮かべ、長い黒髪を右耳にかけた。


──まさか、君も……?


 声に出さずとも彼の顔から考えが伝わってくる。何も知らぬふりをしよう。どんな反応をするのか見てみたい。彼好みの鈍感な女を演じ、首をやや右に傾け、上目使いを彼に向けた。


「大丈夫ですか? 顔色、悪いようですけど」 

「え!? そ、そんなことないよ」

「でも……」

「コーヒーが冷めてしまわないうちに、どうぞ」

「……ごめんなさい。私、コーヒーは苦手なんです」

「え、そうだっけ? だけど、この間は──」


 記憶力もいいみたい。こういう男は厄介だ。お芝居は、もうやめにする。


「……テイクアウトは安全ですから」

「それ、どういう意味?」

「そのままの意味ですよ? ふふ……」


 おどけて笑うと、彼も「は、はは……」とぎこちない笑みを見せた。動揺しているのが見え見えだ。……つまらないの。


 『ホテルのレストランでディナーを』そう言われて、警戒しないはずがない。コーヒーに薬を盛るというのもベタな手。カップに手を伸ばす度、下心が鼻の下を伸ばしていく。こんな簡単なトラップに引っ掛かるヒトがいるだろうか……。


「私のことはお気になさらず、冷める前にお飲みになってください」

「……それじゃ──」


 彼は震える手でカップに口をつけ、コーヒーを飲み始めた。人に薬なんて盛るから、自分も同じことをされたんじゃないかと不安になるのよ。そのマヌケな姿を見たところで「すみません、お手洗いに行ってきます」と微笑を残し、席を立った。


 ヒトの死に立ち会いたくはない。カツカツと漆黒のヒールで高級そうな絨毯を踏みつけて歩いていく。


 ──さようなら、もう貴方に会うことは永久にないでしょう。


 トイレに寄ることなく、ホテルを後にした。


 漆黒の夜が私を出迎えた。この世界は広い。きっと、私を楽しませてくれるヒトがどこかにいるはず。


 ドクドクと心踊る最高にスリリングなヒトが。


 その時は、私が死ぬときかもしれない。恋は駆け引きだから。死ぬか、生きるかの……ね。



毒・毒【完】

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毒・毒 望月おと @mochizuki-010

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