WorkaHolic. 心ゆくまで、働ける社会。

秋雨あきら

第1話

 暑い。冷却機の効率が落ちている。駅に着き、定期を入れたスマホケースを取りだすと、ぎゅっと内臓が痛んだ。


 ハードウェアが叫んでいる。苦しい。

 出社の拒否を試みると、フェイルソフトが実行される。


(受け入れろ。お前は〝容量が悪い〟んだから)


 私を支配するのは、旧式のソフトウェアだ。数秒のタイムラグをおいて、全身の駆動系列が命令に従う。


 感覚が消失。私は蟻だ。無言で定期をかざす。自動改札口に当てた。警告ダイアログ。


【進行不可】


「…?」


 おかしいな。定期の画面を見つめた。


【 残高不足:残り5分 】 


「どうかしましたー?」


 気づいたら、駅員に声をかけられていた。

 どこかやる気のない、ブロンドヘアーの外国人。


 ―定期が、使えなくなってしまったみたいで。


 声帯に異常。声がでない。

 呼吸障害。


「ちょっと見せてもらえます? …あー、なるほどー。あなた不整脈か何かで倒れたっぽいですよ。


 ―?


「ここは、リンボ。あの世とこの世を繋ぐ境です」


 ―意味不明。私はいつも通り家をでて、駅について…


「だからその駅で倒れたんですよ。いつも無理して働いてたんじゃないですか? 思い当たる節ありません? …納得しましたね。じゃあこの後のことを説明させてもらいます。


 ―従う。


「ボクは水先案内人。断片化した世界に迷い込んだ命を、ちゃんと形のある領域へ送り届けるのが、仕事です」


 ―要するに、私は死んだ?


「今は仮死状態。猶予は5分。このまま幽霊になられても困るので、素直に指示に従ってください。はいこれ。片道切符の道標」


【リンボ → 異世界】 


 ―異世界?


「死んだ後は異世界へ転生というのが、今のトレンドなんですよ。そこは恵まれた環境下で、周囲に遠慮せず生きていける場所です。分かったらさっさと行きましょう。死に損ないさん」


 ―駅員さん。


「まだなにか?」


 ―〝異世界〟なら、どこでもいいのですね。

 つまり、行先が〝現世〟でも。


「は…? 戻るって言うんですか?」


 ―はい。私は〝異世界〟に行きます。誰を傷つけることもなく、法と良識に則った上で働けば、より良き未来へと続く場所へ。帰ります。


「あの、つかぬ事をお尋ねしますが、あなた」


 ―はい。


「新規の神か何かです?」


 ―違います。できれば〝人間さん〟と呼んで頂けると嬉しいです。


「貴方みたいな人間はいませんよ」


 ―即座に否定されると悲しいですね。

 あぁ、そろそろ行かないと。異世界へ。


 振り返ると「待ってください」と、切実な悲鳴をあげられた。


「あなたはどうして、あんな連中の為に働けるんです? ボクらはもうウンザリだ。同期も転職を考えてる。もう勝手にしろよって…」


 振り返ると、駅員の姿が変わっていた。背中から翼を生やし、金色の輪を浮かべ、泣きそうな顔で私を見ていた。


「駅員さん。助けてくれて、ありがとう」

 

 ジリリリリ。


 急がないと。今日も全身が痛む。

 私は改札口を抜け、異世界への扉へ乗り込んだ。

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WorkaHolic. 心ゆくまで、働ける社会。 秋雨あきら @shimaris515

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