心をつなぐ五分

江田 吏来

クリスマスのキセキ

 明日はクリスマス。

 ケーキが食べたいといった蒼汰そうたを、怒鳴ってしまった。 

 まだ幼い子供だから、甘いものが大好きなことぐらい知っている。でも、クリスマスケーキをみると胸が潰れそうだ。

「俺はダメだな」

 ぐったりと疲れた身体からだをベッドに沈めた。

「怒っても後悔するだけなのに」

 まぶたを揉みながら、三年前を思い出す。

 早くに帰った俺は、蒼汰と一緒にクリスマスの準備をしていた。といっても、豪華な料理など作れない。市販のルーを使ったビーフシチューに、買ってきたサラダとパンを皿にのせるだけ。簡単な作業だが、いたずら好きの蒼汰がいる。目が離せないのであたふたしていると、スマホが鳴った。

海斗かいと、今ね、駅前のケーキ屋さんにいるんだけど』

あおいか? 七時に帰る約束だろ」

 チラッと壁時計に目をやると、七時を過ぎていた。

『七時半には帰るから』

「ふざけるな。あー、蒼汰が泣きはじめた。先に食ってるからなッ」

 声を荒げて、スマホの電源を切った。

 それが最後の会話。

 葵は、信号が変わると同時に駆けだして、車にはねられたそうだ。信号が変わりそうだからと、慌ててスピードをあげた車に。

 あの時、角を立てなければ――。

「海斗は悪くないよ。約束を破ったのは私なんだから」

「え?」

 瞬きをすると、俺はリビングに立っていた。

 華やかなクリスマスツリーの横に葵がいて、口の周りをクリームだらけにした蒼汰もいる。

「どういうことだ?」

 鼓動が激しくなるのを感じたが、俺の目に映るのは、すべて三年前のもの。事故がなければ、きっと訪れていた三人のクリスマス。

 目頭が熱くなって視界がにじむと、俺は床に頭をつけて叫んでいた。

「葵、ごめん。俺のせいで」

「海斗、泣かないで。これは夢なの。夢は、一晩で何回も見ているのに、目が覚める五分前のことしか覚えていないんだって。だから、この五分を大切にしよう」

 慈愛にみちた優しい目で、葵は、俺と蒼汰を強く抱きしめた。

「私はね、二人が仲良くして、笑っているのが大好きなんだよ」

 懐かしい温もりに包まれたのに、葵の身体がスッと薄らいでいく。

「葵ッ」

 もう二度と離れたくないのに、また別れが来る。たとえ夢でも耐えられない。

「俺も一緒に」

 連れていってほしかった。

 でも――。

「海斗は、良いお父さんになれるよ。私が選んだ男なんだから、大丈夫」

 満足そうに顔をほころばせて、笑ったんだ。

 俺が一番好きだった笑顔のままで、線香の煙のように、消え……る。

 

 朝が来ていた。


「パパーッ」

 涙をぬぐっていると、蒼汰がいきなりベッドに飛び込んできた。目を輝かせて、とても嬉しそうな顔をしている。

「昨日はごめんな」

 寝ぐせだらけの頭をなでると、蒼汰は首をふった。

「僕ね、ママと一緒にケーキを食べたんだよ」

「え?」

「だから、パパと仲良くするの」 

 葵は逢いに来てくれた。

 後悔ばかりしている俺を、変えるために。

「蒼汰、駅前のケーキ屋に行こうか」

 ようやく三人で、クリスマスを迎えることができる気がする。

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心をつなぐ五分 江田 吏来 @dariku

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