1mの距離

シオン

鬱陶しいクラスメイト

人と人は言葉を交わせる。


言葉は意思を人に伝達するに便利なものだ。


しかし、そのせいか人は他人と分かり合えると誤解している節がある。


意思を伝える力はあるが、本当に意志が伝わる訳じゃない。


伝わっている気になっているだけだ。


人と人は誤解し合っている。それが僕の知る人間関係だ。


それくらいがちょうど良い。


それが分からないから、人と人は上手くいかないのだ。



長山 純。


僕が校舎裏で昼食を摂ろうとしたら、そこに彼がいた。


長山とはクラスメイトだが、他のクラスメイトと仲が良い様子はない。長山はクラスからハブられているからだ。


まあその原因も長山自身にあるのだが。クラスメイトに絡んでは高いテンションで話しかけ、気が済むまでどうでもいい話を聞かされるのでクラスメイトから煙たがられているのだ。


察するに居場所を無くしてここに逃げてきたのだろう。


僕も以前から関わり合いになりたくはなかった。


しかし、向こうはこちらを見るに獲物を発見したような目付きで、こちらに近寄ってきた。


近くまで寄ると、にんまりと笑った。


……気持ち悪いな。


「ねぇ山地君、君も1人かい?」


ぼっち仲間と思われたのか、なかなかに気安い。


「まあな」


その気安さに少し鳥肌がたったが、嫌な顔をせず素っ気なく答えた。


空気を読んで早く立ち去って欲しかったが、向こうに立ち去る様子はない。むしろぐいぐい会話したいようだ。


「俺も1人飯なんだ。良かったら一緒に食べない?山地愛太君」


「他を当たってくれ」


下の名前を出されたので冷たく当たってしまった。しかし僕は悪くない。悪いのは禁断の領域を土足で侵してきた向こうだ。


愛太という名前を、僕は好きではない。


「そんなこと言わないでさ、あまり素っ気ないと友達出来ないぞ?」


それお前が言っていい言葉じゃないぞ。


自虐ネタか?


特に面白くないからな?


「僕は1人で食べたいんだ。あまり構うな」


「じゃあ食堂まで一緒に行きましょ」


長山はこちらの都合を無視して僕の手を引いていった。


人の話聞けよ。


結局その日は長山と共に昼食を摂ることになった。



その日から、長山に付きまとわれるようになった。


僕はあまり教室にいないのだが、向こうが探しているのか校舎内でよく見つかる。


見つかったが最後、向こうの気が済むまでしつこく絡んでくる。図書室で本を読んでも、校舎裏で音楽を聴いてもお構い無しに話しかけてくる。


デリカシーがないとか、そんなレベルじゃない。人個人の領域に平気で入り込んで来る。


クラスメイト達が毛嫌いしてるのも少し分かった気がした。


「俺達ってもう親友だよな」


「何お前、わざとか?わざと僕の神経逆撫でしてるのか?」


本気で言っているとしたら、相当質が悪い。


現在二人で校庭のベンチに座っている。端から見れば仲の良い男友達なんだろうな。


嫌だな。


「山地君ってたまに授業中いないけど、どこにいるの?」


「なんでお前にそんなこと言わないといけない?」


「親友のことは何でも知っておきたいじゃん!」


お前と親友になった記憶はない。


「俺、山地君のことは好きだよ。他の人みたいに無視しないし、優しいし」


「……………………」


あ、今凄い嫌な顔してるな自分。眉間に寄った皺が戻らない。


これ以上付きまとわれても面倒だし、この際はっきり拒絶してやろうか。


「あのさ、四六時中ついてこられても迷惑だから、もう話しかけて来ないでくれない?」


「そんなこと言うなよ。俺も山地君の仲じゃん」


今度はキツイ言葉で言ってやるか。


「鬱陶しい」


「は、はは。そういう冗談いいから」


ちょっと動揺したな。一応これにも人の心はあるみたいだ。


「僕の言いたいこと、分かるよな?」


「もっと仲良くしようってことだよね?」


あまりにウザかったので、鳩尾にパンチを喰らわせた。


長山はしばらくうずくまり、ベンチから崩れるように倒れて吐いた。


……しまった。やり過ぎたか?



「なんでこんなことしたの?」


あの後長山を保健室に運び、今はベッドで横になっている。


そして、問題を起こした張本人は保険医に怒られていた。


「ウザかったのでつい」


「ウザかったから殴っていい訳ないでしょ?暴力は何も生まないのよ」


「しかし、気分は良くなります」


「クズかっ!」


保険医は頭を抱えた。すまないね、不出来な生徒で。


「……まあ君のことだから何か理由はあると思うけど、あまりやり過ぎないで。愛太君」


「先生、その名前は呼ばないで」


「呼ばれたくなかったら、ちゃんと良い子でなさい。難しいけれど」


本当、この保険医は困る。僕の嫌がることを知っているから。


いつも保健室でたむろしてるから、あまり機嫌を損ねたくはない。


まあそれはそれ、今は今の問題に着手しよう。


「先生、ちょっと見ていいですか?」


「……いいわよ」


保険医は察したのか、何も訊かず了承した。


「では早速……」


僕は保険医のスカートに手を伸ばした。


しかし保険医の手によってそれは阻まれた。


「何かしらその手は?」


「今日のパンツは何色かなって思いまして」


さっき許可も得たことだし。


「そんなことを許可した覚えはないわ!ぶっ飛ばすわよ!」


「冗談ですよ、僕がそんなことする訳ないじゃないですか」


さっきの仕返しだ。


さて、悪のりはここまでにして、僕はベッドの方まで歩き、カーテンを開いた。


そこにはさっきへこませた長山(本当に腹もへこめば良かったのに)がぐったりと横になっていた。


「気分はどうだ?」


「……自分でやっておいて酷い言い草だね」


長山は力無く答える。


「自業自得だ。あれはただの正当防衛だ」


人の領域を踏み込むからこうなるんだ。


「だからもう僕に構うな」


「…………」


長山は答えない。目をそらし守秘義務を貫く所存だ。


「……と言っても聞かないんだよな」


人の気持ちを察することが出来れば、ハブられもしないのだが。


「お前の相手は出来ない。お前が如何に友という役割を求めても、その役を演じることは出来ない」


お前の都合の為に時間は割けない。


「だからお前をクラスに復帰させる。そうすりゃ僕に構わなくていいし、文句無いだろ?」


長山は驚いた顔をした。


だってお前、そうでもしないと卒業するまで付きまとうだろ。



「で、どうすればクラスの人と仲良く出来るの?」


保健室から長山を連れ出した後、近くの喫茶店でその話をすることにした。


作戦名は「長山学級復帰計画」


「まず前提として話すが、人と仲良く出来ると思うな」


「え?」


長山は呆然とした。悪いが、人と仲良くする方法なんて僕も知らないよ。


「僕が教えるのは人との付き合い方だよ。人と仲良くする方法は自分で見つけてくれ」


「えー、話が違うんだけど」


嘘を付いた記憶はない。


「人と上手く付き合えない人間が人と仲良くなれる訳がないだろ。お前が良い例だ」


「……じゃあどうすればいいんだ?」


長山は渋々話を聞く態度を示した。本当に不本意そうだ。


「長山はしつこく人に絡んだから嫌われている。恐らく急に態度変えても初期のイメージが強すぎて違和感を覚えるだろう」


「別にしつこく絡んでないよ」


「人が本を読んでも、イヤホンで音楽を聴いている時でも話しかける奴をしつこいって言うんだよ」


こういう時、自覚が無いだけ厄介だ。


まずはその自覚の無さを調整する必要があるか?


「まあその気質は時間をかけてどうにかするとして、まずはイメージを薄くするために一ヶ月は登校するな」


「……マジで?」


「マジで。しばらく保健室登校でもして一ヶ月はクラスメイトと会うな。上手くいけば、それでイメージが払拭される」


上手くいけばな。


好感度が限りなく0に近付ければいいが、まあ厳しいな。


「それで時間が経ったら登校して、その後もクラスメイトに話しかけるな」


好感度が0に近付けても長山の態度次第でまだ下がる恐れがある。だから話しかけずに聞き手に回らせる。


受け答えするだけなら出来そうだと思ったからだ(願望を多く含む)


「……それで上手くいくの?」


「知らん、というか僕が思い付く限りでそれが一番マシなだけだ」


時間をかけて印象を上書きするしかない。それでも駄目なら僕は知らん。


他の大人に頼ってもらうしかない。


「人との付き合い方は後々教えるとして、ただ嫌ならやらなくてもいい。その時は僕は即刻お前と縁を切る」


その方が一番楽なんだけど。


「や、やるよ。ただそれで人と仲良くなれるかな」


長山は自信無さげに答える。


「なぁ長山。お前はまだ勘違いしてるようだが、これで人と仲良くなれる訳じゃない」


「あくまで、人との距離を測れるようになれるだけだ」


人との距離間が掴めないから、平気で人の心を踏む。


お前がやっているのは、それなんだ。



そうして長山は教室に顔を出さなくなり、保健室登校を始めた。


案の定クラスではちょっとした話題になった。悪い意味で目立っていた人間なので、クラスメイトもちょっとばかり気になるようだ。


そうやって最初は話題になってもいずれは忘れられればいい。顔も朧気になりだした時が頃合いだ。


長山の方は保健室で調整をした。不快に感じたら注意し、悪い部分を出来る限り整えた。


長山は雰囲気はノリが良くて人懐っこい風を見せている。執拗に人を追い回さなければ良いムードメーカーになるのだがな。


実際に上手くいくか分からないが、基本的に聞き手に徹していればそう悪い扱いはされないだろう。


話を聞いてくれる分には不快に思う人間は少ない。


これで僕に付きまとわれないようになれば、万々歳だ。


「山地君って良い人だよね」


「気持ちの悪いことを言うな」


特に親しくもないのに距離の近い発言をされると鳥肌がたつ。


「そういった発言は控えてくれ。女ならともかく、男に言われても気色悪いだけだ」


「はは、ごめんね。俺思ったことがすぐ口に出るんだ」


「だったらもう少し我慢強くなれ。全ての人間が、お前の全てを受け入れてくれる訳じゃない」


長山は申し訳無さそうに笑う。


しかし、本当のことだ。許容を求めるなら、それは人間ではなく神に求めるべきだ。


偶像上のものなら、何を求めても困るものじゃない。


「でも不思議だな。こんなに面倒見が良いのに、山地君はあまり人といないよね」


「それは関係のない話だ」


これだって仕方無く面倒を見ているんだ。誰が好き好んでやるか。


「もうちょっと愛想が良ければ、山地君も人と仲良く出来るのにね」


「…………」


長山は知らないのだろう。


世の中には、1人を好む人間だっていることを。



あれから一ヶ月経ち、長山はクラスに復帰した。


クラスメイトからあれこれ訊かれたが、長山は調整のかいあって暴走することなく愛想良く答えた。


それからちょっとずつクラスメイトと話すようになり、ちょっとずつクラスに馴染んでいった。


……しばらくは。


予定調和というか、予想通りというか。


しばらくは上手くやっていたのだが、ある日長山はクラスメイトと話しているとき、我慢出来ず暴走したらしい。


その暴走も急にではなかったにしろ、話している内に聞き手に回るのに飽きてきて、徐々に話す方に回ってしまったんだろう。


クラスメイトも最初は寛容であったが、徐々に手が付けられなくなり、ついには長山と関わることを避けるようになった。


つまり、失敗したのだ。



「……………………」


長山は保健室の隅で体育座りしてうつむいていた。そこにいつもの明るさはない。


「ねぇ山地君、なんとか言ってくれないかしら。床に直に体育座りは衛生的に良くないわ」


「先生、気にするところそこですか」


廊下で直に座るよりマシでしょう。


保険医を無視して長山に近付くと、長山は救いを求めるような目を向けた。


そんなもの僕に求めるな。


「やっぱり俺、駄目だったみたい。クラスメイトは俺のこと好きじゃなかったんだ」


長山は情けないことを恥ずかしくもなく吐いた。


「最初は他人行儀だったクラスメイトが、ちょっとずつだけど距離が縮まっていくのを感じて、それが嬉しくて」


「もっと仲良くなりたくて、もっと話しかけたんだ。そしたらいつの間にか遠くにいたよ」


遠くに行ったんじゃない。お前が散らしたんだ。


「やっぱり俺、山地君と……」


「やだよ」


僕は心の底から拒絶した。


「あのさ、人にそんな面倒なもの求めるなよ。それが鬱陶しいって分かんねーかな?」


長山は能面のような表情でこちらを見る。


「そんなもの僕に限らず皆嫌だよ。人は分かり合えないから、孤独でいたいんだ」


「……でも俺は、人と仲良くしたい」


長山は力なく反論する。


長山にとって、孤独は寂しくて耐えられないことなのだろう。


「……でも、お前じゃ無理だ。お前じゃ人と良い関係すら結べない」


長山の顔が怒気に満ちる。


「じゃあどうすればいいんだよ!?人と仲良く出来ないならどうやって生きればいいんだ!?」


「簡単だ」


僕はどんな人間でも実行可能な方法を教えた。


「人と仲良く出来ないなら、1人で生きれば良いだろ?」


長山はしばらく呆然として、うずくまるように頭を下げた。



後日談。


あれから長山に付きまとわれなくなった。長山は1人で過ごすようになった。


そこに本来の明るさはなかった。いや、あれはただの空元気だったのかもしれない。


「でも本当に良かったの?あんなこと言って」


保健室で昼食を摂っている僕に保険医は茶化してきた。


「良かったって……何が?」


「あれはあれで気にかけていたんじゃないの?」


………………


本当、人って都合の良い解釈するよな。


「僕はただ、鬱陶しかったから他に擦り付けようとしただけですよ。周囲と上手くいけば、僕に絡まなくなりし」


あれは、ただ寂しくて構ってきただけだ。


だから、他と繋がりを作ってやればそっちに行くと思ったのに。


「それもあると思うけど、少なからずあの子に情があったんじゃない?」


保険医はしたり顔で言う。


ぶん殴ってやろうか?


「……僕はね、1mの距離を大事にしているんですよ」


「1mの距離?」


保険医はポカンとした顔でこちらを見る。


「人間の許容出来る人と人の距離。1mまでなら人と人は良い関係を結べるが、それを越えると関係は破綻する」


「それは何かの受け売り?」


「ただの持論だよ。長山はその1mの距離を遠慮なく踏み越えた。だから人と上手くいかなかった」


きっと長山は、人に触れることに抵抗を覚えないタイプだ。しかし大抵の人間は親しくもない人間にベタベタ触れられたくはない。


長山は、単に人との距離が近すぎたのだ。


「でも可哀想よね。信じてた人に1人で生きろって言われてさ」


「僕は平気ですよ」


「あなたと一緒にしないで」


まるで心のない人間に対する態度だ。


酷い。


「確かに1人で生きろとは言いましたけど、それだけが生き方ではないでしょう?」


「本当に1人が嫌なら他の生き方を自分で見つければ良いんです」


何もかも人に求めるのが間違いなんだ。


人間なら、自分の力で生きろよ。


「そんな簡単なものじゃないわよ。大人になっても、駄目な人っているから」


保険医は含蓄のあることを言った。


「そう思いたくはないですね」


僕は苦笑いした。


「それに、別に人と仲が良くないと生きていけない道理はないですよ」


僕は人嫌いだからそんな生き方しか出来ないけど。


「自分に合った生き方を、自分で見つけるのが一番ですよ」


そろそろ昼休みも終わる。


僕は今日も変わらず、授業をサボった。




おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

1mの距離 シオン @HBC46

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ