ことのおわり
「キッカちゃん、サクラは今の仕事が天職って珍しいやつだから誤解もされやすいけど、でも血の気が多すぎて短気なのも確かだから。辛いと思ったらいつでも帰ってきなよ」
動画の中でも外でもツンツン冷たいのに本当は心根の温かい姐さんだったアヤメさんが、あたしが寮を出ることになった時そう声をかけてくださいました。
あたしはサクラさんが一人で住んでるマンションで居候させてもらうことになり、寮を出たんです。返す返すも優しくてカッコいい姐さんでした、アヤメさんは。
サクラさんに頼まれた仕事の手伝い、それはハニードリームに昔いたけど揉め事のせいで当時の有能な幹部連中を根こそぎぶち殺しまくったあげく逃げてった魔法少女とその相棒の妖精を始末するってことでした。北の方にある海沿いの寒い町に潜んでいることは掴めてるんでちゃちゃっと片付けてこいと、ハニードリームのボスに命令されたんだそうです。
で、その仕事がサクラさんからあたしに回されました。
「うちのボスは悪趣味だからさ、絶対にあたしにあいつらを始末させることを思いついて興奮してると思うんだよね。決して表沙汰になりはしない魔法少女同士の血みどろの死闘! あーもうボス好み。そこに乗ってあげられるほど、あたし今ボスたちに優しくしてあげらんないんだよね」
その仕事を片付けたあと合流先の宿にいたサクラさんは、カニとかいう真っ赤っかでデカくて気色の悪いイキモンの甲羅から白い身をほじくりだしながらそう言いました。
お尋ねもんの魔法少女に首を刎ねられた有能な幹部の一人にサクラさんと気が合った前社長がいて、その後釜に収まった無能なアホ妖精の下で仕事をすることになった上に、人手不足から本来の仕事ではない裏っかわのヤクザ仕事まで手伝わされることが増えてきた。あたしがハニードリームに来た頃は、サクラさんにとってはそういうクサクサするような面白くない時期だったみたいです。はい。
「で、あんたあいつらぶっ倒してきたんだ。へー、やるね。カニ食う?」
のぼせそうなくら暖かい部屋に、ツバゼリツバメっていうやたら強くてとにかくしぶとい魔法少女の息の根をとめたまま、血まみれやら焼け焦げやらでボロッボロでドッロドロなあたしをみてもサクラさんはいっつもどおりで、ハシでつまんだ白い身をあたしの方に突き出しました。あたしはそのカニってイキモンがでかい虫にしか見えなかったので遠慮しました。昔いた暑いとこの鬱陶しいジャングルにこういうデカイ虫がいっぱいいて兵隊の死骸を食いまくっていました。それを思い出しちまうのです。
「いらないの? ふーん、じゃあ帰ったら肉でも食うか」
サクラさんはその白い肉を口に運びました。
「あとで温泉に浸かってきな。ここはうちの保養所みたいなもんだし犬耳ごときでビビるような一般人はまずいないから全身洗って臭いをおとしてきな。――いい加減あたしの見てない所でタバコ喫うのやめろよ。臭いでわかるんだから」
その日のサクラさんはいくぶん優しめでした。きっとあたしの仕事ぶりに満足なさったんだろう、そう解釈することにしました。そして血や泥や肉の焦げる匂いをぷんぷん纏いつかせていたはずのあたしからタバコの臭いをかぎ取る鼻の良さにも驚きました。
おたずねもんの魔法少女だった姐さんは強い人で、そして綺麗な人で、あたしはどうしても一服しなきゃならない塩梅だったんです。
北の町から帰ってすぐ、サクラさんは約束どおりあたしを肉を焼いて食わせる店に連れて行ってくれました。
魔法少女なのに常に変身したまんまのサクラさんは、ピンクの目玉が目立ちすぎるってことで色付きの眼鏡で隠していました。髪の毛もピンクで、夜中なのにこっちの世界の十三、四歳のガキが着てそうな私服を着て魔法の杖を振り回すサクラさんでしたが、ネオンでけばけばしい夜の街にはもっとケッタイな人間がいたのでそこまでは目立ちませんでした。あたしも単なる十二、三のガキに見えるような恰好で夜の街を歩きました。
いくつか回った戦場のそばにも、上官が慰安目的でうろつくようなこういう街があったもんだな……と考えているうちに、サクラさんはビルの二階にある焼き肉屋に連れてってくれたのです。
通された個室でサクラさんはさっさと肉を注文し、それが届くとちゃっちゃか焼き出し勝手に食べ始めました。
最初、肉の焼ける匂いには抵抗がありました。どうしても戦場でのいやなもんを思い出しちまうからです。
でも匂いというものはありがたいもんでもありました。ほどよく炙られた肉の匂いは、脳みそじゃなく舌やら耳やら皮膚やらに残ったチビの時の記憶を引き出してくれたんです。まだ国があんなことになるなんて想像もしてなかった頃の記憶です。
あたしの国では元々牧畜が盛んでしたし、ああいうことになるまでは肉だって普通に食ってました。こんな風にじゅうじゅう焼いて食べることはよくあったんです。
「ほら、食いな。……今日だけだよ、あたしが焼いてあげるの」
世間が知らないサクラさんの意外な一面ってやつの中に、「肉を焼くのが抜群に上手い」ってのがあります。しゃべっていても、携帯端末いじくっていても、肉がほどほどに焼きあがった頃合いを絶対見逃さない人でした。あれこそ魔法みたいでした。
ですから、その時とりわけてくれた肉は本当に美味かったんです。脂が口の中で溶けて、口から鼻に甘い匂いが通り抜けて、初めて食う甘辛いタレの味が邪魔に感じられたほどでした。
だから二きれ目はなんもつけずに食いました。三きれ目は、卓の上にあった葉っぱを巻いて食いました。あたしの国にも焼いた肉を葉っぱに巻いて食う習慣があったんです。その瞬間まであたしは思い出さないようにいていましたが。
肉を炭で焼き各種調味料や食材と同時に食べる、それ以外に故郷の晩さんと共通する要素は全くないのに。目の前にいる人は、母上や郎党たちの誰とも似ていない人なのに。私は一瞬で、母上や郎党たちと笑いあえる当たり前の日が毎日続くと信じていた幼い頃に戻されてしまったのです。
――ああまた、膜がひっぺがされました。
とにかくあの時肉を食ってた時も頭の膜がひっぺがされた状態になり、あたしはダラーっと涙を目から垂れ流してたんです。サクラさんはそれを見て、だいぶびびったみたいです。当然です。気色悪いでしょ、そんなガキ目の前にいたら。
「何? ここの肉はたしかに美味いけど、何も泣くことないじゃん?」
「……美味いです」
「だから何も、美味いからって泣くなっつううの。泣いてる暇あるならガンガン食っとけ。この商売体が資本だからね、食わねえともたないし。ロリキャラでやってくにしてもあんたガリガリすぎんだよ、ぷにぷに程度の肉はつけときな」
「……美味いです、美味いです」
「一回言えばわかんだよ。……あんたちゃんと味わってる? 飲むんじゃねえよ、ちゃんと噛めって」
美味い美味いって涙鼻水垂れ流して泣きながら、エンジンが入ってガシガシ肉を食いだすあたしを見てサクラさんはさっきと別の意味でびびったみたいです。当然です、顔面ぐちょぐちょにして泣きながらとんでもない馬力で肉食いだすガキなんて不気味さの極みです、はい。
その日のすぐ後、あたしはサクラさんのとこで面倒を見てもらうことに話がまとまって寮をでることになりました。ショーに出る時以外はサクラさんの付き人をやれってことになったんです、はい。
つうわけで、サクラさんが動画仕事をやってる現場で付き人をやったり、裏のヤクザ仕事をやってる時にヘルプでついていくようになりました。
各仕事が終わったら、あの店で肉を食いながら反省会をするのがそのうち習慣になっていきました。
金にはうるさい人でしたが、肉はいつもサクラさんの奢りでした。
「お肉さえ食べさせればどんな汚れ仕事だって喜んでしてくれる便利な手駒として目をかけられてただけじゃない。そういうのを餌付けっていうのよ?」
そのことを以前、ポンコツのユスティナはこうバッサリ言い切りやがりましたが正解だと思います。あたしも別にそれでよかったんです。仕事終わりにサクラさんと肉を食う時間、あの時のあたしにとってはそれが生き甲斐でしたから。
「キッカねえ、カメラが無いとこでは普段通りやりゃいいんだけど、ショーの時はちょっとは演出ってもんを考えな」
「演出ですか?」
「あんたが強いってのをお客さんはみんなわかってんだけど、ショーがつまんねえんだよ。あんたの試合はハラハラもワクワクしない。すぐ鉄砲でパンパンやるから地味。つまんねえ」
「地味ですか? ちょっと派手にしようとしてこの前のショーは大き目の砲を用意したんですが」
「そういう意味じゃねえよ。――ああもう、あんたはこの辺に関すると急に物分かりがトロくなる」
魔法少女というもんに対して一過言あるサクラさんは、肉をじゅうじゅう焼きながらあたしに説教しながら色々教えてくれようとしてくれました。あたしはそれをふんふん聞きながら、肉と米を食っていました。
サクラさんが言う演出というのが理解できるようになったのは、そのもうちょい後のことです。この時のあたしは肉を食うのに一生懸命でしたた。サクラさんも別に気を悪くされてた風ではないです。携帯端末をいじくって、SNSってやつに短文書き込んだり、写真撮っては送ったりしてましたから。
ただ、煙と脂身の溶けるような匂いの中に二人でいるだけで十分だったんです、はい。
やだやだみないであんあんやんやん等、動画の中では春先の猫みたいな声でよがっていたサクラさんが、カメラの回ってないとこで傭兵くずれをステッキでどつきまわしたり足で踏んづけたりしながら、段取りが悪いだへたくそだと説教をかます光景にも慣れゆき、ボスの指示でサクラさんが他のヤクザ妖精団体との抗争に駆り出されるのについていくのもいつものことになりました。
二人でカチコミかける時もよくありました。
まずサクラさんが先陣きってあのステッキからピンク色のビームを照射して、その焼き残しをあたしが片付けるのが基本戦法でした。自分たちが抱えてる魔法少女に兵隊をさせるヤクザ妖精団体はここだけの話わりと多かったんですが、サクラさんは外の世界でも名の通った芸能人でしたしね。生存者はいないにこしたことはありません。はい。
一仕事した後は、いつもの店で反省会。
その後はサクラさんの部屋に帰って、寝床でどたっと転がって寝る。そんな毎日です。
寝ている最中、なんだか眩しいのでとっ散らかった部屋の布団の上で薄目をあけているとサクラさんが魔法少女の出てる動画を真剣に見ていたことなんかも何度かありました。ハニードリームみたいなヤクザ妖精の国じゃない表向きカタギだってことになってる妖精の国が作ってる、休みの朝だっつうのに早起きするような行儀のいいガキが見る方の動画です。
サクラさんはこういうガキが見る方の魔法少女の研究には熱心な人でした。魔法少女のエロ動画っつうのは行儀のいいガキ向け動画が好きでもそこに預けられないグチャドロした夢にとりつかれたお客さんを相手にする商売ですんで、稼ぎ頭の座に居続けるには勉強には手を抜けないってわけです。
こういう、真面目な面もある人だったんですよ、サクラさんは。言うとなんでかぶん殴られるので黙ってましたが、はい。
いつもどおり、なんでもない毎日。
今日と同じような明日がまたやってくると信じられる毎日。
これがいかに価値のあるもんかって、自分の手から逃げ去ってから気が付くのは滑稽なもんですね。特にあたしは、それを嫌って程わかってる側の
サクラさんと一緒にいた日、あたしにとってはそんな毎日だったんです、はい。
頭の膜の色が濃くなってゆくのを感じていました。あたしのしゃべり方も段々こんなんで固まってゆきました。
あれ、あの、あれ、の、ことを考えても一瞬、ウェっとなるだけで済んでました。
そのことに時々寒気を感じながら、正直それも悪かないと思ってました。
あれ、あの、あれ、の、ことなんて忘れちまった方がいいと思ってたのです。
あの日、サクラさんのボスとの電話を聞くまで。
「はぁ~? 触手と動画撮れ~? 言いませんでしたっけ、あたしはもう触手とは絡まねえからって!」
触手。
いつもの店で肉を食っていたあたしは、それを聞き逃せませんでした。サクラさんは肉をひっくり返しながら、携帯端末ごしにボスとしゃべってます。
「どうしてもっつうなら聖オクトパスさん以上の逸材じゃなきゃイヤなんですけどー? そこ譲れないから。じゃ」
そう言って通話をきったサクラさんは一しきりボスの悪口を言ってました。あたしはそれどころじゃありませんでした。触手。あれ、あの、あれ。
それまでしばらく、牛乳みたいになっていた膜が一気に薄まってきました。その向こうでみちゃいけないものの光景が見えてきたんです。
真っ赤。贓物。脳漿。逃げなさいの声。嬲られる郎党。赤黒い肉の塊。うねる、あれ、あの、あれの群れ。
「――触手?」
頭に張った膜の向こうの光景から目が離そうとしてもできない、そんな状態になったあたしはそれだけ口にします。サクラさんは不機嫌そうに肉を食らいながら答えてくれます。
「ああ、ボスがねー、そろそろまた触手と動画撮れっつってんだよね。需要があるからって。ったく、勘弁してほしいんだけど。あいつら本当は穴の区別もつかねえわ力加減もできねえわのヘタクソどもだし」
あいつらがこっちでエロモンスターの地位が確立されてリスペクトされてんのも葛飾北斎とうちら魔法少女の努力があってのことだっつうのに……と、サクラさんの愚痴は際限なく続いてましたが、あたしはそこしか見てませんでした。
頭の膜、すっかり透明になっちまった膜の向こうの真っ赤っかの景色だけ。
テンタクラート。
母上を屠り、郎党たちを引きむしり、城内を真っ赤に染め上げた者どもの名はそう呼ぶのだと、この日からしばらく経って後に調べて知りました。依頼があって動く、異世界の名うての傭兵集団。連中が通ったあとには真っ赤な絨毯が続く。犠牲者の血で染まった緋色の絨毯が。そんな戯れ歌すらある化け物ども。
赤黒い肉の塊、球状の胴体には巨大な単眼、そこから幾本もの触手を生やしたそれは異世界からやってきた悪意あるなにかだというのは幼い私にも見て取れました。
連中はある日突然、私たちの国にやってきました。――いえ、本当は「ある日突然」な訳がありません。きっと何度もその兆候があったはずなのです。それを母上が郎党が私の目には見えないように覆い隠していてくれた。そうして私に今日と同じような明日がくると信じられていた子供時代をくださっっていたのです。そのことに気づくのに時間を要した愚かな王女、救いがたい子供、それが私。
それは私を含む目の前で女王であった母上を散々に嬲りすえました。母への狼藉に怒り狂った郎党たちを一人一人叩き潰し、引き裂き、貫き、その様を母上に見せつけます。
皆の命を助けると言ったではないかという母上の金切り声を連中は封じます。そしてこと切れた母の額から、琥珀を毟りとりました。
王位を継ぐものが継承することになっていた琥珀です。
――すみません、やっぱダメですね。あの日のことのを思い出していたら引っ張られてまた頭の膜が剥がれました。いけません。いけません。
その琥珀は取り返して、今、あたしのデコに収まってます。はい。動画を見た方はご存じのとおり、あたしはあの日あの時、あれ、あの、あれ、そちらの世界では聖オクトパスなんて名乗ってエロ俳優をやってたテンタクラートをぶち殺しましたんで。
はい、結論から言うとあたしは母上と郎党の仇をとること、国を取り戻すことに成功した孝行もんの元王女で現女王ってことになるんです。タバコだってもう喫ってません。
でもその夜、その時、肉を食わせる店屋でサクラさんの愚痴をきいた時、聖オクトパスっつうのは何者かは知りませんでした。ただ、度し難い触手だというのを話から察しただけです。はい。
「触手」
阿呆のように繰り返すあたしを、サクラさんは変だと思ったみたいですが単なるあたしの知識不足だと片付けたみたいです。
「そーだよ、触手。あいつら動画の中じゃエロエリートみたいふるまってるけど大半が単なるヘッタクソなんだからね、マジで。――例外は聖オクトパスさんって人だけどね」
ちゃっちゃと操作した後、ん、とサクラさんは手に持っていた携帯端末をあたしに突きつけました。見ろ、との指示です。
自分がどうなっちまうか分からなくなりそうで、あたしは本当は見たくありませんでした。しかしサクラさんの命令です。見ないわけにはいきません。あたしは動画を再生しました。
それはかつて、サクラさんがかつて出演した動画でした。店ん中なので音は消されていましたが、演技とは思えないおびえきった表情のサクラさんが赤黒い触手にびりびり服を引きちぎられていました。人の目に触れてはいけないような所をさらけ出されて恥ずかしさにに顔をそむける演技を続けるサクラさんを炙るように見る単眼。
その上にあるものをみて私は目を疑いました。
間違いない。それは、あの時、母から奪われた琥珀でした。
「この人が聖オクトパスさん。ね、その人。完璧でしょ? 服の剥き方、撫で方擦り方突っ込み方、もう言うこと無し。こっちでいちいち指図しなくても動ける触手って貴重なんだよ。この人と一回仕事すると他の触手とはばからしくて仕事やれなくなるって同業者の間でも評判でさあ」
いつもと違い、サクラさんの声が若干弾んでることに気が付かないわけにはいきませんでした。
だって、サクラさんは人をクソミソにけなすことは得意だけど誉めるのは下手って、そういう人なんです。それなのにその、動画の中でうごめいている肉の塊、母上の琥珀を持つそいつを語るサクラさんの声は珍しく楽しそうで、ふふって笑い出しそうでもあったんです。
ああ、サクラさんは、この、あれ、あの、あれ、触手が、テンタクラートが好きなんだな、って、その場にいれば誰だって一瞬で分かります。
あたしは携帯端末を返しました。どこをみればいいのか分からなくなりながら、かろうじてなんとか訊きました。
「この触手、今、どこにいます? エロ俳優やってます?」
「触手って呼び捨てすんじゃねえよ、あんたみたいな小童が。聖オクトパスさんってちゃんと呼べって」
サクラさんは肉を食いながら答えました。
「残念だけど、今引退されてんだよねー。今は界壁越境トンネルの向こう側にいらっしゃるけど、時々コラム書いたり小説書いたりされてるよ? 紳士で多才なんだよね~。tweetも面白いし。――あ、どうした?」
限界でした。
ちょっと失礼します、とだけ断ってあたしは便所に向かいました。サクラさんは、いってら、と仰っただけです。
便所であたしはその時胃の中にあったものを吐いて吐いて吐いて、吐きつくしました。その後、久しぶりに自分で自分を殴りました。
があがあ声を出して泣かなかったのだけは偉かったと思います。
おそらく酷い顔をしていたあたしを見て、流石にサクラさんもびびったみたいです。
「あ? どうしたの? 吐いた?」
「すいません、消化不良おこしちまったみたいです」
そう答えました。
サクラさんは深追いすることなく、んじゃー帰るか、という流れになりました。
それでよかった。あたしはサクラさんの好きな人が、あたしの国を奪ったくされ外道だってことは黙ることにしました。一緒に生活するようになってしばらく経ってましたが、サクラさんはあたしが異世界からやってきた難民だってこと以外のことは知らなかったからです。この業界に長くいる魔法少女は過去を訊いたりしないもんでしたがサクラさんはその中でも態度が徹底してました。
天職として魔法少女やっていた分、可愛そうな理由があってこの業界にやってきた魔法少女にうんざりしていた人なんです、はい。
あたしはあの人のそういう所が好きだったんです。
本当言うと、実は、また頭の膜を真っ白にして、なんもなかったみたいに生きてくのも悪かないかなって、心の中では思ってたんです。サクラさんがアホ社長を真っ黒こげにしてボスから生配信されながら異世界へとんずらしようとしていたあの道中でも。
一緒に暮らしていた姐さんたちを殺しながら。
異世界で二人、今まで通り暮らすのもアリだなって思ってたんです。はい。
でも、ダメでした。
あの道中、サクラさんが、テンタクラートとSNSで連絡とってるのに気づいて、しかもあいつがトンネルのむこうで待ってるって返事してるのを知って、あ、もうダメだ、としかなりようがありませんでした。
あたしが便所でゲロゲロ吐きまくった夜から始めて、まだまだこの生活に未練を残しながらもこっそり練っていた一世一代の演出プランを実行するしかなくなっちまいました。
カメラが回ってる中に仇敵が向こうから飛び込んで来るっつうんです。やるしかないです。やらないとアホです。
ですから、やったんです。
トンネルの中で、サクラさんが、あれ、あの、あれ、と抱き合った瞬間を「パン」。
それでお終いです。
そしてあたしは国を取り戻し女王になって、サクラさんとはそれっきりです。
「――」
あたしは開いていた帳面を閉じました。
綴り方が初めてのあたしにはこのことを書くのは荷が勝ちすぎると判断したんです。
このことはまた、肉でも食いながらポンコツのユスティナ相手に聞かせるのが適当かな、と考えを改めました。ユスティナは嫌がるでしょうけれど。
だってあたしには今、一緒に肉を食う人がいないのですから。はい。
焼肉とタバコと魔法少女と。 ピクルズジンジャー @amenotou
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