焼肉とタバコと魔法少女と。

ピクルズジンジャー

ことのはじまり

 あたしには夢があります。


 戦争とは外交の手段であり少々の犠牲は否めぬ等とさかしらに口走るガキを一列に並ばせて、肩の上に乗ってるスイカより価値のない空っぽの頭を機銃を持つのに慣れてない新兵の練習用の的にすることです。


 スイカは素晴らしいものです。冷たく汁気が多く暑い時に喉を潤してくれます。乾燥地帯での作戦中、吹っ飛ばされた市場で客や商店主だった体と一緒に山積みのスイカがぐしゃぐしゃに潰れてゆくのを、あ、勿体無い、なんて見送ったことなど今でも強烈に覚えています。敵がいなきゃ地べたにおちたひとかけらを拾って齧り付いていたくらい喉が渇いていたんです。

 あの時のスイカひとかけらと賢しらなガキの頭が十二個くらいと同程度の価値、ということは休戦期間中の相場では賢しらなガキの頭一つとスイカ半分くらいの価値がちょうど釣り合う。あたしの中の相場ではそうなっています。つまり平時だとスイカ一つさえあれば練習用の的が二つ手に入るということになるわけです。

 そういう市場があればクソみたいな駄弁を吐き散らかすガキの処遇に頭を悩ます人の数も減り、無価値なガキも新兵の訓練って形で世の中に役立つことができます。

 悪くない案ではないでしょうか?


 とはいえ、ここに書いたことはしょせんただの夢です。


 あたしには現在立場というものがあり、残念ながら実行に移せません。

 だからスイカ以下のガキはのうのうと世界各地でだらだら生きてはクソ以下の言葉を垂れ流しています。


 こういうのが世間でいう平和なのだそうです。

 平和を尊ぶということは、こういうスイカ以下のガキの生命財産および将来を護るということでもあるのだと先生はおっしゃいました。


 役に立つか役に立たないかでガキを選別し育成する組織は速攻戦では強いが、長期的に見ると役に立たないガキを少々抱えてもびくともしない組織に大体負けるそうです。

 あたしが目指すべきは後者の国なので国としての体力をつけることが最優先事項です。それに外聞に差し支えるのでガキを射撃訓練の的にすることは控えなさい、と先生はおっしゃいました。


 なるほどなあ、とあたしは思いました。

 でも心のどこかで残念だなとも思いました。





「……まさかこれを先方にお渡しするつもりじゃないわよね?」

「流石にそれはないです。あたしもこれは変だなとおもいました。ですからユスティナに助言頂ければと思ったんです、はい」


 ユスティナというのはあたしの知り合いです。今、肉を焼くために作った特注の卓の向かいに座ってる、青い瞳と茶色い髪の毛をもつ娘っ子です。

 ドルチェティンカーのマルガリタ・アメジスト嬢というのが正しい呼び名になるのですが、あたしはユスティナと呼んでいます。

 ユスティナはあたしの書いた綴り方を読みながら、腐ったものをうっかり口にいれちまったような顔つきになりました。


「大体、人身売買の被害者だった女王様が人身売買を肯定するようなことを『夢』だなんて語ったりしちゃあダメじゃないの。これがもし公になったら大スキャンダルよ?」

「――ああ! だから変だったんですね、この綴り方」

「ええ。ほかにももっとおかしなところはあるけれど」


 渋い顔つきのまま、ユスティナは綴り方が書かれた紙をぱっと手品みたいに消してみせました。きっとあたしらの目ではとらえられないくらい細かい粒つぶにまで分解したんだと思います。


 ユスティナっていうのはちょっと前まで文明圏のあちこちにいっぱいいた自律起動型の戦略魔法兵器の商品名で、目の前にいるのもその一つです。ユスティナは現在、国ひとつ一瞬で吹っ飛ぶようなとてつもなくえげつない魔法を気分次第でホイホイ気軽に使うからということで一切の所有を禁じる条約が文明圏の主要国間では批准されています。つまりこっそり隠し持ってることがバレると国としてのイメージがクソみたいに悪くなるというタチの悪い人造のイキモンなんです。

 たとえ辺境であっても恒久平和を謳う国づくりを目指す綺麗で賢い女王が持つにはこれほどふさわしくないもんはありません。魔法少女とタバコくらい最悪の組み合わせです。


 ただ、今あたしの目の前にいるユスティナはそんなに怖いやつではありません。過去に一回ぶっ壊されたことがあるせいでポンコツになっているユスティナです。

 通常のユスティナは世界や人類を護るというクソみたいな題目のもと敵対するやつを問答無用で分子レベルまで分解したり国全体を真っ黒こげに焼き尽くすようなワケのわからないやつですが、あたしの目の前にいるポンコツなユスティナの頭の大半を占めてるのは「いい人」と朝まで寝床でベタベタしながらゴロゴロしていたいだとかそんな助平でボケボケしたことばっかです。

 このユスティナは「いい人」をいじめたり悪口さえ言わなきゃエグい魔法を使うこともありません。頭がぶっ壊れてユスティナとしては不良品になった分、まともな話のできるヤツになったという珍しいユスティナです。


 それにこのユスティナはあたしの国の持ちもんではありません。所有するのはさっきも出てきたドルチェティンカーっつううちの同盟国です。

 つまりはあたしとこのユスティナはお友達ってやつで、決してうちの国の所有物ではないってことです、そこは重要なんで頭にたたっこんどいてください。はい。



 ――あたし自身が何もんかの紹介も後回しになっていたのに、ユスティナが何もんかの説明に尺をとられてしまいました。


 あらためまして、はじめまして。あたしは魔狼王国女王です。ちょっと前まではキリサキキッカって名前で変わり種の魔法少女をやってました。本当の名前も一応あったのですが、思い出すとちょっと厄介なことになるので女王とかキッカとか適当に呼んでください。

 女王ってことなんで、こう見えて一国一城の主です。あたしが元いた国を滅ぼした、あれ、あの、あれをぶち殺して国を取り戻し、変身して女王となることを宣言した瞬間は生配信された上に何億回か再生されたらしいんで、それを見た人も多いんじゃないでしょうか。

 最近ではあの動画の後半でおなじみの耳がぴんと立ち上がった髪の毛の長い大人の別嬪さん姿に変身して活動してることが多いのですが、今はプライベートですんで変身はせず普段のなりですごしています。ここだけの話、あの格好を維持するのは疲れるんです。

 普段のあたしの耳は相変わらず垂れていて、髪の毛も短く切っています。デコにはあの時奪い返した琥珀を嵌めていますが、それ以外は基本的にあの時の動画の前半姿とそんなに変わってません。動画を見たことある人は、あの時の姿から二年ほど年くった姿を適当に思い浮かべといてください。はい。



 ここ最近、広報官の勧めにそってあたしは自伝を書いていました。あたしに興味を持つそちらの世界の本屋がそんな商売を持ち込んできたのです。はい。


 今まで綴方なんてしたことがないので、その出来は我ながら酷いものでした。何度も読み直した結果、ユスティナに添削してもらおうと考えたのです。

 このポンコツのユスティナは、ぴらぴらした服を着たり、髪の毛をツヤツヤにしたり、睫毛をくるんくるんさせたり、腰回りを細くさせたりすることに血道をあげるような見た目にかなりこだわるヤツなので、あたしの拙い綴方も見栄えのいいものにしてくれるのではないかという期待がありました。その読みは正解だったようです、はい。


「どうしてお馬鹿な子の頭を射撃の的にするだなんておかしなことを書こうと思ったの? まずそこを教えてちょうだい?」

「嘘偽りないあたしの気持ちを正直に綴ってもらいたいと本屋が言ったそうなんであたしなりに誠実に応じた結果こうなっちまいました、はい」

「あのね、トト。嘘偽りない気持ちを明かにするっていうことは決して馬鹿正直にすべてをさらけ出しなさいってことじゃないのよ? 分かる?」


 ユスティナはあたしのことを時々「トト」と呼びます。主にあたしが人前に出る時の大人の別嬪さん姿じゃなくガキであるあたしのまんまの姿の時、それからユスティナ規準であたしが女王という立場に相応しくないトンチキな言動をしていると判断した時などです。

 トト、というのはユスティナが今いる世界で有名な物語に出てくる犬っころの名前だそうです。多分あたしの頭から生えてる犬っころみたいな茶色い耳に引っ掛けてるんだと思います(あたしは一度だけその物語の本を読みました。ふーん、って思いました)、はい。


 ユスティナはあたしが書いた綴り方に目を通します。その間あたしは肉を食って待っています。多忙な所こちらから招いたのでわりにいい肉を用意したのですが、ユスティナはあたしの私邸に着いて早々ほんの少しばかし口にしただけです。


「ユスティナ、遠慮せずに食ってください」

「十分な量はさっき頂いたわ。ごちそうさま」


 ポンコツのユスティナは、人前で飯を食うのを極端に嫌がります。食事から得たエネルギーを魔力に変換する体質の癖に、細工物みたいな軽食だとか菓子だとかとてもじゃないけど腹にたまりそうもないものしか食べようとしないのです。あたしにはユスティナのこの感覚は理解できません。


 しかもユスティナはあたしがいつも焼いた肉で歓迎しようとすることに文句を言ってきます。髪や服に煙や肉を焼いた匂いが染み付くのが嫌なんだそうです。

 でもユスティナを招く時は悪いけどこのまま肉を出し続けようとも決めていました。ユスティナはいざって時のためにちょっとでも精のつくものを腹に収めておいた方がいいし、あたしはあたしで焼いた肉を一緒に食う人が必要だったからです。


 女王になって以降、あたしの周囲には人が増えました。でも焼いた肉を一緒に食ってもいいような仲の人は今の所いません。この文句の多いポンコツのユスティナとその「いい人」くらいがギリです、はい。



 あたしには昔、焼いた肉を一緒に食ってくれる人がいました。というよりも、肉の美味い焼き方と食べ方を教えてくれたのがその人でした。

 身内からもその外からも、極悪人だとかあばずれだとか根性悪だとか銭ゲバだとか散々に言われている上に現在行方をくらましている人です。

 でも、あたしはその人が嫌いではありませんでした。その人の仕事の手伝いをした夜に一緒に肉を食って過ごす時間があたしはとても好きでした。今でもかけがえのない思い出です。


 ただしその時間をあたしは自ら切り離してドブにぶん投げました。

 あの人が姿をくらまさないといけなくなったのも、半分くらいはあたしのせいでもあったりします。でも国を取り戻すためにはそうしなくちゃならなかったのです。


 自分から捨てちまったというのに、あたしは無性にあの時間が恋しくなってしまいます。こうして嫌がるユスティナに肉を振舞ってしまうのです。はい。



 綴り方にはその人との思い出や、また一緒に向かい合って肉を食いたい気持ちを書いたものもありました。案の定、それを読んだユスティナのヤツは思いっきり渋い顔になりましたが。


「あなた此の期に及んであのピンク色の子を慕うのね」

「確かに善良な人ではありませんでしたが、自分に嘘をつかない人だったので信用に足る人でした」

「そうかしら? ともかくあの子のことを自伝に書くのはおよしなさい。お話を持ち込んだ出版社は児童文学やヤングアダルトに強い所のようだもの。あなたに期待してるのは逆境に打ち勝って新しい世界を築こうとしているニューヒロインからの次世代を担う子どもたちへ向けた力強いメッセージって所ね。だから態々ゴシップ好きな大人達の関心をそそるような下世話な話題を織り込むことはないわ。美しく、お行儀がよく、品行方正なことをお茶目さをちょっぴり混ぜながらお書きなさいな」


 だから、バカなガキの頭を射撃練習の的にするようなことも、ましてそれをスイカと交換するような市場のことを書くのは言語道断。馬鹿正直に思ったことをさらけださず「自分の体験から私はあらゆる戦争を憎みます。理想論ばかり語るのは為政者として失格、青臭いと笑う方もいらっしゃるでしょう。しかし非戦闘員が巻き添えになることはとても容認できません」程度にぼかせばよい――などとユスティナは案を出してくれました。ポンコツのユスティナは普通のユスティナより弁が立つし具体的な策を提案してくれます。使えるヤツです。


 しかしあたしはユスティナの牛の小便みたいな長口舌の中に一箇所聞き逃せない所があったのが気になりました。


「下世話、ですか。あたしとサクラさんのこと」

「申し訳ないけれど下世話の極みよ。今をときめく魔法の国の女王が語る、アダルト動画界の元スター女優にしてウィッチガールを大量虐殺した上に現在逃走中の女の子の素顔。興味を持つなっていうほうが無理よ。──きっとあなたの自伝を購入する人たちの多くは出版社の思惑とは別にそれを目的にするはずよ」


 ポンコツのユスティナはものごとをはっきり口にしてくれるので助かります。けれども気持ちは割り切れません。せっかくの機会、あたしはあの人とのことを書いてみたかったのです。


 あの人の中でおそらく、あたしは赤ん坊を火の中に突き落とすようなどんな悪党よりも酷く、肥溜めの中のウジより価値のない最悪のイキモンってことになってます。そしてあたしはそこから這い上がることはできません。この世界が終わるまでずっと、あの人の中ではそうなのです。

 それは仕方がないのです。仲直りをしたい気持ちは十分にあるのですが、それは無理だと諦めている気持ちに目をつぶることもできんのです。



 母上以下一族郎等を嬲り殺した連中と和解できるのかと己の胸に問うてみれば、それは不可能であるとたちどころに理解できます。



 ――あたしは数年前に自分がされたことと同じくらい酷いことをあの人にしてしまったのです。そこを今更無かったことにするわけにはいきません。

 だからせめて綴り方にあの人との楽しかった思い出を書いて残してみたかったのです、はい。



「なら、私的な日記にでもお書きなさいな」

 

 あたしがそう伝えると、ユスティナはそう答えました。


 というわけで、ユスティナが帰った後あたしはあの人とのことを帳面にでも書いてみる気になったというわけです、はい。



 あの人のことをあたしはサクラさんと呼んでました。魔法少女アサクラサクラって名前だからです。


 初めて会った時、あの人はあたしの顔面をぶん殴ってきました。タバコを喫っていたというのがその理由でした。

 昔いた事務所の廊下で、あたしは一服中だったのです。


「魔法少女はニコチンアルコールダメ絶対! ……新人にちゃーんと指導してくんないと困るんだけどお?」


 着てるものも髪の毛も目ん玉もピンクっていう異様な格好のその人は、鼻血を垂らしてるあたしを無視して当時の社長に挑みました。社長はハニードリームっつう国の妖精で、チビが握りしめるクマの人形みたいな大きさと姿をしてました。今はこの世にいません。あの人がぶっ殺しましたんで。


「あん? 神経質か。テメエの服からヤニの臭いがしようがしまいが気にするヤツなんざこの業界にいやしねえよ」

 社長はクマの人形姿で笑いました。


「そういうとこからウチの動画のクオリティが下がっていくとか、考えないんだ。新社長さんは」

「クオリティ! 笑かすなよ、たかだかエロ動画女優がよぉ。テメエもおゲージュツ家気取りかぁ?」


 ──あとから考えればなるほどと思うことですが、あの人と社長の仲はこの時点でもう最悪な所にまで落ち込んでいたのです。まあムリもないです、社長は初対面のあたしでも気づくようなアホでしたから。

 ただ社長がアホだと気づくだけで、その時のあたしは状況が読めませんでした。ただ一服すんならなんもかんもピンクなこの先輩のいないとこでやるべきだなって考えたくらいです。急に殴られるのはイヤですから。はい。



 国を奪われて数年間、あたしは悪い妖精にさらわれて戦場を転々としていました。魔法武器を扱える使い捨ての戦闘員として二足三文で売っぱらわれたみたいです。公式ではついこの前まで王女は先代女王とともに戦闘の巻き添え食っておっちんだことになってたみたいですが、実態はこうして生かされていた訳です。生かされた理由? 知る訳ないです。たまたまじゃないですか?



 偶に、あの時手をかけたあのテンタクラートが私に自分を殺させる為に生かしたのではないかとあまりにも情緒的な仮説を聞かせてくれる方がお見えになります。

 ならば私はテンタクラートの麗しく理想的な自殺を幇助した形になりますね、と微笑みながら尋ねますと大抵その方は黙り込んでしまいまうのですが。



 すみません、話がそれました。

 ──どうもいけません、あれ、あの、あれのことを考えるとさーっと体や頭が冴え冴えしすぎてしまうんです。いつものように頭の中に膜を張ることが難しくなってしまいます。頭ん中に膜を張ってないと、飯を食ったり寝たり人と喋ったり笑ったり普段通りのことをするのが難しくなってしまうのに。


 話を元に戻します、はい。


 いくつか戦場を回されてそれなりに魔法武器の使い方を覚えた頃、ハニードリームっつう妖精の国に買われてこっちの世界に来ることになりました。なんでも、魔法を使う娘っ子達を闘わせる見せもんに出演するコマが必要になり、人買いリストの中からあたしが選ばれたみたいです。買い得だったんでしょう。



 こうしてあたしは開通して数年した界壁越境トンネルを通ってこっちの世界に来ました。


 そこで与えられた名前、それがキリサキキッカ、です。


 あたしの主な獲物は銃か砲なのに、「切り裂き」という名前をつけられたのは妙なものです。まあたまには刃物類を使うこともないではありませんが。はい。



 あたしはしばらく、ハニードリームに所属して魔法少女をやってる姐さんたちと一緒に寮で生活していました。

 ハニードリームはほかの妖精の国同様、その世界の娘っ子と契約して魔法の力を与えて怪物退治をさせる様子を撮った動画を売る商売で荒稼ぎしていました。特にエロ動画で有名でした。異世界の傭兵崩れだったような怪物連中相手に戦ってわざと負けて、裸に剥かれた上におっぱいやらケツやら赤ん坊が出てくる方の穴をいじられまくったりする動画です。

 それに魔法少女として出演していた姐さん達です。傭兵崩れとガチガチバチバチに戦える分、本当はかなり強い姐さん達なんですが仕事中では必ず負けることになってました。あたしはその辺りが長いこと腑に落ちませんでしたが。


 魔法少女ばかりいる寮であたしはしばらく下っ端の雑用係として暮らすことになりました。

 優しく親切な姐さんもいれば中には嘘や悪口を言いふらしたり人のものを勝手に盗ったりするような性悪の姐さんもいる、色んな姐さん達のいる寮でした。

 三食とあったかい寝床が保証され、仕事はキツイけど今日明日急に死ぬわけはないという余裕にあふれた姐さん達との生活はあたしには新鮮で、慣れるまで時間がかかりました。


「この寝床、あたし一人で使ってもいいんですか?」

「飯の品数増やしたい時にどの姐さんにどれくらい何を支払えば融通してもらえますか?」

「便所と風呂の使用料はその都度支払う仕組みになってますか? 給料から天引きされてますか? こちらではタバコ一本で何と交換できますか? よければ相場を教えてください」


 そう訊いたら、あたしの世話をやいてくれたアヤカシアヤメさんって姐さんがドン引きしちまいましたが、親切に色々教えてくださいました。

 とりあえずここは天国ってわけじゃないけど刑務所ではない、最高というわけではない最低限の衣食住代は給料からしっかり取られている(しっかり、の部分を強調されました)、あとここの子はみんなタバコを喫わないのでタバコを通貨として使用する文化はない、というか全館禁煙なのでタバコは喫わない・もちこまない、と説明してくださいました。


 姐さんたちはあたしのことを可愛がってくださいました。


 あたしがどこもかしこもガリガリなちびっ子で、こっちの世界の常識にうとくて上にあげたようなトンチンカンなことばかり言っていた所が危なっかしくて放っとけなかったみたいです。

 あたしの犬っころみたいな耳をくすぐったり、頭を撫でたり、自分で適当に切った髪を櫛でとかしてもらったりしていました。


「あんた見てると弟のことを思い出しちゃう。生きてたらあんたくらいの年齢だもん」


 先のアヤメさんが一度だけ、あたしのことをぎゅうっと抱きしめながらそう呟いたことがあります。この姐さんはタチの悪い輩に家族を酷い方法で殺された経歴を持つ人でした。水色の髪と水色の服の、氷みたいにツンツンした雰囲気の姐さんでしたが、その時はぐすっと鼻を鳴らしていました。泣いてる所をあたしに見せまいとされてる所が格好いい姐さんでした。

 でもその姐さんも今はいません。あの人があの時魔法で焼いちまいましたんで。

 他の姐さんたちも同様です。あの生配信があった夏の日に、あたしとあの人でみんなぶち殺してしまいましたから、はい。


 

 そこでの生活で、あたしは頭の中に膜を張ることを覚えました。そうするとかなり生きやすくなることに気がついたんです。

 水の中に乳をたらしたようなぼんやりした膜を頭の中に張って、あれ、あの、あれ、を頭の中の目に見つからないくらい遠くに置いておくのです。そうして、実際に目ん玉が見て耳が聞いて鼻が嗅いで皮膚が感じてベロが味わっていることにのみ神経と脳みそを集中させておくのです。

 共演者の傭兵崩れや妖精たちの悪口が多かった姐さん達のお喋りや、あたしが掃除することになっている便所の汚れや、人に化けたハニードリームの妖精に連れて行かれるカタギのもんがまず来やしない地下の見せもん部屋のの様子なんかをじっと見て聞いて、すりガラスみたいな膜の向こう側は決して見ないようにするのです。


 そうしてあたしはようやくぐっすり眠ったり、少々タバコを喫わなくてもがりがり頭をかきむしったり自分のデコをぶん殴らずに済むようになりました。

 いつも頭の半分をぼんやりさせていた結果、しゃべり方がこんなんになっちまいましたが。



 はい、地下の見せもん部屋で興行している、魔法少女同士の戦闘ショーにはこの頃デビューしたんです。

 魔法少女闘劇とかウィッチガールバトルショーとか色んな名前で呼ばれていました。魔法少女とかウィッチガールとか色んな名前で呼ばれてる娘っ子が、魔法を使うための道具一つだけを持ち込んだ状態で喧嘩しろって趣旨のショーです。闘犬みたいなもんです。はい。


 デビュー戦の時、蛍光の黄色でやたら布の嵩張るびらびらした服を着ていました。昔いた姐さんのお下がりらしい服はあたしの体に全くあっておらず、どこもかしこもぶかぶかでした。実にみっともなかったです。お客さん達があたしを見て笑いましたが、まあ無理もありません。


 対戦相手をぶっ倒してこい、魔法を必ず使ってな。


 あたしを連れてきたハニードリームのクマ妖精にはそれだけ言い含められていたんで、ゴングが鳴ったと同時に魔法陣を展開して呼びだした魔力発射型の拳銃で対戦相手の娘っ子の脳天を狙って撃ちました。


 新天地に来たあたしの初陣はそれでおしまいです。はい。


 今になってやっとこさ、これはまずいってことがわかるんですが。

 お客さんが一瞬静まり変えた後に総立ちでブーブー喚き出したことや、あたしのお守り役の妖精が舞台裏であたしの耳を引っ張ってしばきまわした上にクソミソのボロカスに喚かれ倒された理由だって分かります。

 お客さん達はひらひらの格好をした可愛い娘っ子が見栄えのいいきらきらした魔法でエグいどつきあいをする様子を見たかったのです。そんな中やってきた妙な格好のガキが一発「パン!」で終わらせちゃあ、そりゃ金返せ! ってなります。


 でもあたしはその時、怒られる理由が全くわかんなかったのです。

 魔法を使ってぶっ倒して来いという命令通りにやったのにバシバシしばきまわされたのは全く腑に落ちない。そんな気持ちでいっぱいになりながら、その日寮の裏で内緒で一服してました。その時耳をぎゅーっと引っ張られたのです。


「魔法少女はニコチンアルコールダメ絶対っつったろ! あんたのコレは飾りか⁉ ああっ?」


 びっくりしているスキに、口からタバコがむしり取られて踏みにじられていました。あたしの耳をひっぱって、タバコを取り上げたのがあの時のピンク色の姐さんだと分かって、またびっくりしました。

 その時にはもう手が早くてピンク色のこの姐さんが、ハニードリーム一番の稼ぎ頭で、でもどうしても他の姐さん達と上手くやれない気性だから特別に寮の外で生活しているアサクラサクラって人だってことを把握していましたから。


 寮にいない筈の姐さんがなんでここにいるのかその状況について考えている間、サクラさんもサクラさんであたしのことをじろじろしげしげ見ていました。いらついたような声で立たせて、前から後ろからあたしのことを眺めまわします。

 手には、なんか、宝石のついたおもちゃみたいな杖を持ってました。それをくるくる回しています。魔法少女がよく持っている、ああいう杖です。


 それを出し抜けにあたしの前でひと振りしました。なんだろな、と思ってる間に花弁みたいな魔力のかけらがちらちら頭の上から降り注いで、気がついたらあたしの服が変わってました。


 上半分が、こっちの世界の女学生がよく来ている制服――セーラー服ってのですね。下半分が、ケツしか隠せなような丈の短い半ズボンでした。

 なんでこんな服に着替えさせられたのかよくわからないあたしに、サクラさんは腕を上げろだの伸びをしろだの命令します。いう通りにしてみせると、満足したようにうなずきました。


「やっぱこっちのが正解だね。ガリガリのチビなんだから骨っぽさとか脇とかヘソとか膝とか強調する方にしないと。――つうわけで次のショーからそれに変身して出な」

「はあ」


 あたしはそう、返事するしかできませんでした。状況がやっぱりよく読めなかったからです。状況がよめなくても服を支給された以上支払わねばなりません。


「この服、いくらですか? 月賦ききますか?」

「話が早いのは助かるけど、訊くとこいきなりそこかよ? なんであたしがこれをあんたに着ろってい言ってんのかとか、気にならないわけ?」

「なるっちゃなりますが、機密に関わることなら教えてはくださらないだろうし訊くだけ無駄ですので、はい」


 あたしは正直に応えました。今までの経験上、上官が下っ端の質問にきちんと答えてくださることなどまずありませんでしたから。

 サクラさんもその時は答えてくださいませんでした。ただ、あーアヤメの言ってた通りだ変なヤツ~……と呟かれただけで、すぐに支払いの話になりました。


「服の礼は今度からあたしの仕事の手伝いをすること。いいね、わかった?」

「了解です」


 サクラさんはそう言って、自分の杖を振りました。花びらみたいな魔力を散らしてぱっとどこかへ消えました。


 後から訊くと、サクラさんはあたしの初陣を記録した動画を見ていてもたってもいられらくなったんだそうです。新人とはいえハニードリームの看板を背負ってる魔法少女にあんなみっともない恰好をさせたバカはどこのどいつだ! という理由で社長と喧嘩をしたばっかだったとも聞きました。


 この人は気立ての良さってものを忘れてこの世に生まれてきたんだろうなって、あたしの目からしてもそんな風にしかみえなかった人でしたが、自分の仕事に関してはかなりの気概をもっていた人でもあるんです。ハニードリームがエロ動画で荒稼ぎできたのも、サクラさんの気概とがんばりあってこそだったんです。あたしは今でもそこは主張したい。

 たしかにあの人は魔法で思う存分ドンパチするのも嫌いじゃない人でしたが、それだけじゃなかったんです。

 

 でもその時点ではその辺のことを全然、まったく知りません。

 ただあたしはあのみっともない黄色いブカブカ服を着なくてすむということにほっとしていたんです、はい。

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