彼女を見つめる最後の五分

升釣くりす

最後の五分

 長い長い式典がようやく終わろうとしている。今始まったのが最後の挨拶だろう。

 挨拶は短いに越したことはない、と私は思う。三分で終わらせてほしい。壁につけられた時計に目をやると、十一時五十五分を指している。


 みんなの鼻をすする音が静かな会場に響く。いつもはだらしない服装のクラスメイトが、ボタンを上まで閉めているのは少し可笑しい。


 退屈な私は目だけを動かし、はるかを探した。ああ、遥が目を真っ赤にして泣いている。私が隣にいれば拭ってあげるのになあ。

 おい、隣にいる男子。神妙な顔をしてないで遥の涙を拭ってやれよ。そんな声を出すことが許されるはずもなく、私は静かに拳を握る。



 遥は高校に入学して初めてできた友達だ。誰に話しかけることもできず孤立していた私に、優しく微笑みかけてくれたのが彼女だった。彼女のおかげでたくさんの友達ができた。でも、遥が一番の友達だ。


春奈はるなちゃん、私と一文字違いだね」


 クラスメイトの名前を把握していなかった私はオロオロとすることしかできず、遥は弾けるように笑った。


「あはははっ、春奈ちゃん百面相だね」

「えっと、あの……」

「遥だよ、よろしくね」


 そう言って差し出された手を握った。柔らかくて太陽のように暖かかったその手を、私は忘れることはないだろう。


 そんな遥とも、もうお別れだ。彼女はアメリカの大学へ進む。彼女にはかなり厳しいと言われていたのに、合格だと発表された時には手を取って喜び合った。




 それにしても話が長い。挨拶中の彼は、改めて見ると白髪交じりだ。涙を堪えるように時折下唇を噛んでいる。話が途切れ途切れなのはそのせいだろうか。


 私は視線を再び遥に戻す。この綺麗な顔を見るのも最後になるのかあ。



「春奈は、十八歳という若さで……短い一生を終えることとなりました」


 BGMにしていた言葉が、突然はっきりと聞こえた。心臓がドキリと跳ねる。遥に注いでいた視線が自然に声の主の方へ向いた。

 耳鳴りがして、周りの音が聞こえなくなる。彼が何を話しているのかわからない。


「本日は誠にありがとうございました」


 次に聞こえたのは、そんな締めの挨拶だった。白髪交じりのパパは、参列者の方々に深く頭を下げて肩を震わせる。隣のママは嗚咽を漏らしている。


 あーあ、終わってしまったか。チラリと時計を見ると十二時を指していた。パパの挨拶はちょうど五分。たった五分? 長かったなあ。


 ハッとして遥を探す。出口付近で泣き崩れた遥を、彼女の母親が支えている。私にその役割はもうできない。


 葬儀場を出て行く遥が、最後にこちらを見た。見えているはずなんてないのに、私は祭壇から軽く手を振った。もう、これでお別れだ。

 あれ、気のせいかな。彼女と目が合った。遥は涙を拭って、私の大好きな笑顔を見せた。

 胸がじんわりと温かくなる。これが私の最後の五分。


 私が遥を見つめた五分。いつもより長く感じた五分。彼女が私のことだけを考えてくれた五分。

 最高な、最後の五分。

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