君と出会うまで後5分

スパイシー

君と出会うまで後5分


 ――夢を見た。


 素敵な女性と、素敵な出会いを果たす、そんな素敵な夢。

 僕はその夢を思い出しながら、静かにティーカップを口に運ぶ。

 深みのある香りが鼻腔をくすぐり、柔らかな苦味が口内に広がった。心と体が芯からじんわり癒されてゆく。


 ここは、僕のお気に入りの喫茶店。

 週に2回はここを訪れ、一杯の紅茶を頂く。それが僕の日課。

 この喫茶店はいつも紅茶の香りで満ちていて、紅茶好きの僕にはピッタリの場所だ。それでいて、マスターの淹れる紅茶はとてもおいしい。まさに文句なしというやつだった。


 ――そういえば、夢の中で女性と出会ったときも、紅茶の香りがしていた気がする。


 僕は職業柄あまり忙しいわけではないけれど、少し時間が気になって、おもむろに左腕を持ち上げて腕時計を見やる。

 だけど、窓際の席に座っていた僕は、時間を確認するまでもないことに気付いた。

 だって、鮮やかな橙色の光が店内を照らしていたから。


 ――確か夢の中でも、こんな鮮やかな夕陽に彩られていた気がする。


 気づくと紅茶が無くなっていて、僕は背もたれに体を預けて大きく深呼吸をした。

 それだけで、全身を紅茶の香りが巡って心地がいい。やっぱりここは、僕のお気に入りの場所だ。今日はもう一杯頂いてから帰ることにしよう。

 しばらくして運ばれてきた新しい紅茶に舌鼓を打つ。

 僕にしては珍しい、ほろ苦いタイプの紅茶。今は何だかそういう気分だった。


 ――……夢の中でも、口の中でほろ苦さを感じていた気がする。


 すると突然、店員に相席になっても良いかと言われた。

 僕は小さく「大丈夫です」と返す。けどそれは、僕がこの喫茶店に通い始めてから、初めてのことだった。

 突然相席なんて言われて、少しだけ緊張して心臓が鼓動を早める。


 ――何故だろう、やはり夢の中でも鼓動を早めていた気がする。


 これまでの小さな気付きの連鎖が、僕にひとつの可能性を考えさせた。



 もしかして、昨日僕が見た夢は……。



 小さな靴音が耳に響いた。

 それは、段々と僕の元へと近づいてくる。

 一歩、また一歩と近づくたびに、僕の心臓は跳ね上がった。


 僕の中に焦りが浮かぶ。僕はあまり人と話すのは得意ではなかったから、こういうとき、どういう会話をしたらいいのかわからない。直ぐには言葉が見つからないんだ。

 変なことを喋ってしまわないだろうか、引かれたりしないだろうか……。そんな、ネガティブなことばかりが頭に浮かぶ。


 ……でも、夢の中での僕は普通に話せていた。ならきっと、そんなに緊張しなくても大丈夫。いつも通りの僕でいればいいんだ。

 靴音は、もう目の前まで迫ってきていた。


 よし。じゃあまずは、挨拶からだよね。


「こんにちは――」

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