後ろの正面

ユーカリ

ヒタリ、ヒタリ。カタッ、ヒタリ。


なんだ......?


物音で目が覚めた。目をこすりつつ壁に掛けてある時計を見ると、時刻は深夜と言っていい時間。しかし、耳を澄ませてみても、シンクの水がポタッと落ちる音が聞こえるだけだった。


気のせいか。


明日の予定を考え、憂鬱な気持ちになるが取り敢えず寝なければならない。目を瞑った。



「ふぁあ」

「なぁにー、寝不足?」

「昨日、家で変な物音聞いたんですよー。それで起きちゃって」

「変な物音?」

バイトの休憩中、昨夜のことを話題に出した。

「ヒタリ、ヒタリって。足音みたいな」

「うぇっ、なにそれ怖っ。うける」

「でもその後すぐに止まっちゃったんですよねー、なんだったんだろ」

「あれだよ、幽霊的な何かだよ。きっと」

先輩やめてくださいよーと、笑って流した。



茹だるような暑さの中、だらだらと家の鍵を開ける。


そういえば、今日は猛暑日だって朝のニュースで言ってたな。


ふとその時、どこからか視線を感じた。きょろきょろと周りを見渡してみても、夕陽が差し込む廊下が見えるだけ。先輩の言葉が頭をよぎる。


『幽霊的な何かだよ』


まさかね。


ガチャリとドアを開け、中に入った。この家は小さな古いアパートの3階で、駅近の1K。家賃も破格の安さで、なかなか良い物件だった為に即決だった。ぼんやりと、その時の不動産屋との会話を思い出す。


『なんでここ、駅も近くて良い場所なのにこんなに安いんですか?』

『え?あぁ、まぁ、このアパートもだいぶ古いですからねぇ』

『なるほど......?』


いやいやいや、そんなまさか。


事故物件じゃないだろうな。そこまで考えて、これ以上は深みにはまってしまうと、思考をストップした。きっと、先輩の言葉を聞いたから意識してしまってるだけだ。


あれから考えることを止めようとしたものの、やっぱりダメだった。眠れずに携帯を見ながら狭いベッドをゴロゴロしていると、あっと言う間に深夜3時を過ぎてしまった。


ヒタリ、ヒタリ。


ハッとした。

まただ。今度こそ勘違いではない。どうやらアパートの廊下を歩いているらしい。微かに聞こえる足音に、耳を澄ませる。


ヒタリ、カタッ。ヒタリ、ヒタリ。


何かを......運んでいる......?


だんだんと足音が自分の家に近づいてくるのがわかる。いや、隣人が帰ってきたのだろう。そうに違いない。だが、


もしかして、この足音は靴じゃなくて、裸足......?


ゾッと鳥肌が立つような恐ろしさを感じた。何かがおかしい。明らかに隣人ではない。普通の人間ではないかもしれない。ぐるぐると考えている間にも、足音は大きくなっていく。心臓はバクバクと動き、尋常じゃない汗をかいている。


ヒタッ。


すると、足音がピタリと止んだ。少し待ってみても、なにも聞こえない。


良かった......でも、一体何だったんだろう。


ダメだと思いつつも、つい好奇心が勝ってしまい、玄関のドアへと向かう。


恐る恐る、ドアスコープを覗いた。


......なぁんだ。真っ暗じゃないか。


はたと気づく。気づいてしまった。


ドアスコープの先が真っ暗なんて、

そんなこと、ありえない。


その瞬間、全身に先ほどとは比べ物にならないほどの恐怖が駆け巡った。



ーーあれは、目だ。

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