02 勇者クロサキ

 竜胆が面倒くさそうな顔で芽咲と相対する頃――

 「あの炎、凄かったなぁ……あの火力があれば」

 「……またお菓子のこと考えてる」

 ダークブラウンの制服に身を包んだ二人の男女がフィールド(試合の行われる場)への入場ゲートの近くで話していた。

 「そういう君もゲームしてるじゃないか」

 「これはウォーミングアップ」

 「RPGだけど?」

 「うるさい」

 背の高い男は須賀 悠杜すが はると、眼鏡を掛けた女は黒崎 瑠奈くろさき るな。どちらも国立光織学院こくりつみつおりがくいんの生徒だ。

 『まもなく第12試合が始まります。次の出場者は、ゲートの内側で待機してください』

 準々決勝。アナウンスに従い、黒崎はゲートに足を踏み入れる。

 「黒崎」

 須賀が黒崎の背中に声を掛ける。

 「負けるなよ」

 「わかってる」

 ブザーが鳴り、ゲートが開く。フィールドに入り、黒崎は対戦相手の顔を見つめる。

 「キミ、一年生でしょ?光織の」

 「……だから何」

 相手は……どこの高校だ?制服はとても地味。胸の校章にも全然見覚えが無い。ただ奴の顔だけは見ているだけで腹が立つ。

 「いや、勝ったかなーって思ってさ」

 嫌味ったらしく男は言う。

 「そう……」

 煽りに反応したら負けだ。嫌と言うほど知っている。

 そろそろ始まる。まずは審判の口上からだ。

 「確認する。試合の勝利条件は、相手が身に付けている校章を破壊するか、相手に降参宣言をさせることである。又、胸の校章を不正な手段で保護することを禁ずる」

 この間にもあいつはこちらを見てヘラヘラ笑っている。はっきり言って胸くそ悪い。駄目だ、冷静になれ。冷静に……

 「両者、戦闘用意……開始!」

 「面白くないなぁ、ちょっとは反応してよ!」

 男は両腕を正面に出して構える。すると、粘性のある青色の液体が腕の周りを覆い隠すように出現した。

 一方黒崎は、ポケットから取り出したコントローラーを握り、目を閉じている。

 「ローディング中――ロード完了」

 光が黒崎の姿を包む。直後、そこには勇者の姿があった。右手に剣、左手に盾。黄金のブーツを穿き、背中には青いマントをなびかせる。

 「なんだいそのふざけた格好は?ああ、『ゆうしゃ』か、あのブレイブクエストの。バカバカしいねぇ!」

 こいつどこまで煽る気だ。クソが。

 罵倒とともに正面からスライムが襲いかかる。

 勇者に変身した黒崎はその攻撃を盾で受け止める。隙をついて相手に近づいていき、迫り来るスライムの腕に向けて剣を向ける。

 「見た目だけじゃなくて中身までポンコツなんてなぁ!スライムを斬る?やりたきゃやればいいさ!無駄だけどなぁ!」

 「――うるさい」

 かいしんのいちげき!

 「……は?」

 両断されたスライムは動く気配を見せない。

 「スライムなんて雑魚、レベル1でも倒せる」

 「はああああ!?なんなんだよそれぇ!?」

 「だから、うるさい!」

 【スキル】疾風斬

 目にも止まらぬ斬撃が幾度も男の伸ばした腕を襲う。

 「嘘だ、ふざけるなぁ!」

 【スキル】疾風斬

 【スキル】疾風斬

 【スキル】疾風斬

 【スキル】疾風斬

 「やめろおぉ!」



 「あー、黒崎のやつ、相当熱くなってんなぁ」

 ゲートの裏側から試合を観ている須賀はじれったそうに頭を掻く。

 「このままじゃマズいぞ?黒崎」

 その声は届く筈もなく。



 ビビッ!

 ※MPがたりません

 警告音で我に返った。何をしているんだ、目の前でのびている男の校章を剥ぎ取って叩き割ってしまえば勝ちなのに。

 そして、後ろからにじり寄る青色の残党に気付くのが遅れてしまったのだ。

 「お前、本当にバカだなあ!バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーカ!」

 足元に冷たい感触を感じた。次いで、足そのものが動かないのが分かった。

 「くっ!」

 剣を振り回すが、男は既に離れた所にいた。

 「こーんな安い挑発に乗るなんて、笑いを通り越して呆れちゃうんだよね、まったく」

 男はにやけ面で腕を伸ばし、足の拘束を更に強める。

 「離せよ」

 「オッケーオッケー、今度は腕だ」

 両腕を後ろに回され、剣もはたき落とされてしまった。

 「はーいこれも没収ー」

 胸の校章をもぎ取られる。

 「この野郎……」

 男を思いきり睨み付ける。

 「いい気迫だが、その態度が気に食わねえ。頭が高いんだよ!」

 スライムの触手に頬を殴られて、地面に倒れ込む。そして男は校章を、倒れた黒崎の目の前に叩きつけた。

 「よーく見てろよー?」

 「……やめろ」

 「ハッ、やめねぇよ、テメェの負けだ!」

 そう言うと、男は校章を踏む、踏みつける、踏みにじる。

 「やめろ!」

 「『うるさい!』だったっけ?」

 男は校章を執拗に攻撃し続け、審判が仲裁に入ったところでようやく試合は幕を閉じた。

 「黒崎っ!」

 解放されたゲートから須賀が駆け寄る。

 勇者の頭上にはGAME OVERの文字が残酷に点滅していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異能はおやつに入りますか? 新人類小説家計画 @paradox-works

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ