彗刀・舟

西木 草成

とある海辺にて

 お前さん、こんなところに何しにきた? え? 観光? 


 やめておけやめておけ。こんな寂れた漁場なんかもうこの先短いってもんさ。


 ここら一帯の若けぇ漁師は近々起こる戦争に駆り出されてもうここいらにはほとんど魚を捕る奴なんざいねぇんだよ。


 なに? ここの伝統の銛漁が見てぇだ?


 ま、こんなジジィのやるもんでよけりゃ見せてやらぁ。ついてこいよ。見たらさっさと帰ることだな。


 おい、ちゃんと舟に乗るときは座ってろよ海の中でひっくり返っちゃかなわんからなぁ。


 あ? 漁場には鍛冶場もあるんだってか? ったりメェだろ。漁師が使う銛やら釣り針はどこで作ってんだと思ってんだ。


 いいか、ここの漁で使う銛はほんじょそこらのやつとは違う。どうだ、くそ長げぇだろ。この長い銛で海底の底をさらってアワビやらサザエ、後カニだな。そいつらを捕るんだよ。


 あ? どうやって海底の底がわかるかって? そんなもん長年の経験と勘ってもんだろうよ。俺が何年生きてると思ってんだ坊主。


 ほら、こうやって先に引っ掛けった獲物を海底で攫いながら拾い上げるんだ。


 どっかのバカかわからんが、この漁法を『彗星漁』って言うんだとさ。あ? なんでそういう言い方をするかって? まぁ見てろよ。


 そらっ! こいつはなかなかいいカニだっ! この水から獲物を引き上げるとき、夕日に照らされて水しぶきがキラキラしてんだろ? こいつが彗星に見るんだとよ。ま、俺は彗星なんざ見たことねぇがな。


 どこから来たんだ? 戦争帰り? そいつはご苦労なこった。まぁ、国守るために戦ってたんだろ? 礼と言っちゃなんだが、このカニくらいなら食わしてやらぁ。そら、さっさと舟を漕げ。日が暮れちまう。



 さてさて、カニが煮えるまでそこでくつろいでくれや。その間に、このカニ似合う地酒でも用意してやるよ。


 なに? 酒は飲めない? なんでぇ男のくせして。なら茶でいいか? 嫌って言ってもこれしか出せねぇけどな。


 さて、本当は観光目的じゃねぇんだろ? いったいなんの目的でここに来た?


 ん? 刀鍛冶に礼を言いたい?


 おいおい、うちに刀鍛冶なんざいねぇよ。まぁ鍛冶屋はいるがな。ん? 戦争で世話になっただって? しかもここ出身だった?


 ....なるほどな。その刀鍛冶はどうした? 死んだって? 流れ弾に当たって? そいつは運がなかったなぁ。それで、この街の出身って聞いてせめてもの礼と供養のために来たってか。そいつは律儀なこった。


 なるほどな、そいつの作った刀に命を救われたと。今日の漁を見て分かったってか? おいおい、なんだその長げぇ刀は。俺の持ってる銛とおんなじくらい長さはあるじゃねぇか。


 こいつを地上で振るうのは大変だろ。何? 舟の上で使うって? まぁ、それなら使えねぇことはねぇかもしれねぇが。


 『彗刀・舟』ねぇ....なぁ、こいつの作者は本当にこの街の出身だってぇのかい? いやな、俺の倅が戦争にでてなんの音沙汰もねぇんだ。あんな非力な野郎が戦争にでてまともに戦っているとは思えねぇ。もともと手先は器用だがアイツは刀なんか打てるほど器用じゃねぇんだよ。


 お国のためだって、追い出したはいいが。そうか....あの野郎....


 いや、なんでもねぇ。ちっとばっかし目に汗が入っちまったもんでよ。


 ほら、カニが煮えたぞ。さっさと食って帰んな。


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彗刀・舟 西木 草成 @nisikisousei

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