救われるは魂《警察視点》
「嫌です。 私にはまだまだすべきことが有るのです。こんなところで貴方方に止められるわけにはいかないのです。」
全身を朱に染めたその”鬼”は淡々とそう答えた。
その言葉に俺は憤りを通り越して呆れた。
なんなんだこいつは。
一体なんでこいつは。
「貴様っ! 何のためにそんなことをするんだ!」
「どういう意味ですか?」
俺の言葉に”鬼”は心底意味がわからないという口調で答えた。
俺の中で何かが込み上げてくるのを感じた。
「貴様ァ! あくまでとぼけるつもりか!」
その何かは俺の目から涙となって零れ落ちた。
「どうして泣くのですか?」
その”鬼”は目に疑惑を湛え、尋ねた。
そして、その視線は俺の中の何かを更に熱くした。
「どうしてだと! それはこちらのセリフだ!何故罪もない人々をその様に無感情に惨殺できるのだ!!!」
俺のその言葉を聞いた時、”鬼”はやっと痞えていたものが降りたかのような顔をしていた。
「どうやらいろいろと勘違いしてらっしゃるようですね。」
そして何やら訳の分からないことを言い始めた。
「私は別に意味もなく無感情に人を殺し申し上げているわけではございません。」
「はぁ? 何を言っているのだ!」
「何もかにも我が『神』の崇高なるお考えを第一の使徒を自負するこの私が貴方方、何処の馬の骨とも知れぬ有像無像にもお分かりいただける様に説明致しましょうと提案させて頂いておりますのですよ。 まあ、貴方方の様な下賎な民に到底ご理解頂けるとは思いませんが」
「意味のわからないことをほざくな! さっさと投降しろ!」
”鬼”はうんざりした様な顔をした。
「だからそれはしないと先程も言いました。 何度も言わせないでください。 もうここに居ても意味がありませんね。 出ますか」
そう言い放つと、”鬼”は先程までの柔和な雰囲気とは打って変わり、凄まじい殺気をこちらへ向けて放ってきた。
これはまずい。
こちらは銃を持っているとはいえ、向こうは殺人鬼。
殺すためであれば全てを投げ打ってこちらへ向かってきそうなそんな雰囲気を醸し出している。
加えてこちらは価値観は一般人。
人など殺したことはないし、大方は例え相手が殺人鬼であっても殺そうとまでは思わないだろう。
そう思った俺は殺気とその狂気を全身に漲らせていく”鬼”にこう言っていた。
「待て! わかった、聞くから待て!!」
すると、それまで場を覆っていた凄まじい圧力が嘘の様に消え去り、”鬼”はその顔に笑みを浮かべそう言った。
「まあ、いいでしょう。 我が神の使徒が増えることは私の願いでもあり、我が神の願いでもありますから。」
■ ■ ■
「神? 何を言っている?」
いちいちうるさい人ですね。自分から聞いておいて初っ端から否定するとは聞き方がなっていません。
「静かにしないと今すぐにここから出るべく動きますよ?」
「すまなかった! 続けろ、いや続けてください!」
ああ、少し調子づいていた顔から一気に血の気がなくなりましたね。
いい気味です。
まあ、話し終えるまでは暴れる気など毛頭ないのですがね。
■ ■ ■警察side
「よろしいでしょう。 まず人間の中にはその本質とも言うべき、魂があります。」
くっ! こんな殺人鬼なぞに遅れをとるとは!
いかんいかん。冷静さを欠いてはできることもできなくなる。
一旦落ち着こう。
魂か。大和魂とかそういうものが一般民衆には根付いているだろうがここでは違うだろうな。
そしてそうであるとするならば少し疑問が生まれる。
「待ってくれ! そこからしておかしいんじゃないのか? なぜそう言い切れる? 魂というのは確かに精神やこころの働きを司るがあくまで人の概念上のものでしかないんじゃないのか?」
”鬼”はにっこりと微笑んだ。
「そこに気付くとは素晴らしい注意力ですね。特別に説明してあげましょう。 人間、いや動物は分子や原子の塊です。それらが互いに働きをおよぼし合い、そうして起きる現象を生命の営み、生命の躍動などと表しているだけです。そのへんに転がっている石ころなどもそこ、ただの塊でしかない点は同じです。
しかし、動物はそれが本能であったり理性であったりはしますが基本的に自律して動きます。
所詮、物質が集まっただけでしかない存在であるにもかかわらずです。
しかし石ころなどはそうではありません。
どうしてなのでしょうか?
どうして、動くのでしょうか?
どうして動かないのでしょうか?
塊という点以外に何の違いがあるというのでしょうか?
それは気づいてさえしまえば至極簡単なことなのです。
動物には魂が存在しているからなのです。
魂が肉体を動かしているのです。
あなたも先ほど言いました様に、魂はこころや精神の働きを司るだけでなく、物質、分子、原子の塊でしかないものに宿ることでそれを動かす源となるものなのです。
魂をして生命は生命たらしめるのです。
よく怪談などでも動くはずのないものが動いたなどという話がありますが、あれも魂の仕業なのです。 わかりましたか?」
さっぱり分からんが、ここで否定するとなにをされるか分からん。続けさせるか。
「あぁ、だいたい言いたいことはわかった。」
「では、話を戻しますね。 動物の体には魂があります。 そして先程の説明からもそれは動物の本質とも言えるようなものであるとご理解頂けたかと思います。 そして、魂は肉体が死ぬことでそこから抜け出し
そして、現世において今、生きている人間全てが、肉体という牢獄に囚われた魂全てが、自らの周りを取り囲む"状況"にもまた囚われているとも言えます。
人間は自らが存在することを了解することができている唯一とも言っていい生き物であるのです。 ということはつまり、肉体の破壊=現実世界における死、によって現世における自らの存在が失われることも理解しているのです。
しかし、そのような高尚な存在であるにも関わらず、世の中の大半、いや全てと言っても過言ではない人々はその事実から目を背け、自らの存在を貶め、そして頽廃に陥ってしまっている。
なんとも悲しいことです。
しかし、私はあることに気付いたのです。 このことはつまり逆にいえば、その自分の死は刻々と迫りつつあるという事実にさえ目を向けることができれば頽廃から引き離されるのではないかと。
そして、自分が死に至る瞬間を強く意識させることで、生に対する可能性、並びに自らが死への存在であることに目を向けざるを得なくなる。
そうすれば、魂は肉体という牢獄から逃れられることに対して至上の喜びを得、本来あるべき姿へと昇華するのです。
よってこれらのことから肉体が生きているということは即ち、魂が肉体という牢獄に囚われていると常ならざる状態にあるいうことであり、肉体の置かれた状況によって魂は擦り減り、弱体化し、消耗していってしまう。なので、現世に存在する肉体は破壊され、その内に捕らえている魂は全て早急に解放されるべきなのです。
だから私の行っていることは至極真っ当なことであるのです。 崇高なる我が神の名のもとに万民に分け隔てなく魂の救済を行っているのです。
そして、あなた達からすれば私は死神。
囚われの魂を解放されるとは即ち現世での死を意味すること。
肉体の破壊という最悪の現象をもたらす存在。
そして、我が神からすれば私は救世主であり人に審判を下す使徒。」
ふふふっ。 増援でしょうか。人が増えてきましたね。 そろそろフィナーレといきますか。
「さあ、私を殺してみなさい。 そうしたら私は救われる。 この苦しみに満ちた世界から逃れられる。」
「いいや、逃れさせはしない! お前は生きてその罪を償わなければならない!」
いいえ、話していてわかりました。 私の仕事はもう終わったのだということを。
麗華が私と離れたくないというかのように首にその刃をつけます。
少し生ぬるいかと思いましたがそうでもないようですね。 案外ひんやりとします。
「そうですか。 ならば仕方がありません。
私は死神。
私は私の手で私を救いましょう。
自ら自分を導きましょう。
私の話を聞いた方にはいつか必ず我が神からの祝福があるでしょう。
次の死神は貴方です。
次の救済者は貴方です。
それでは皆さんさようなら。
理想郷で会いましょう。
私はそこで待っています。
貴方方が苦しみから解放されるのを。」
「待て! 何を」
「神の思し召しのままに」
麗華が私の魂を救った。
射干玉の闇 天野 文暗 @hanahapaon
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