伸び女

安良巻祐介

 

 私が子供の頃、「伸び女」というお化けがしばらく噂になったことがあった。

 どういうものかと言えば、名は体を表すの言葉通りで、女が伸びるのである。

 脈絡もない場所で、髪の長い、中年くらいの女を見つけた時には注意しなければならない。その女が伸び女であった場合、いつの間にか視界の端で、伸びている。

 伸び方は時と場合によって様々で、縦長になって建物の二階に凭れかかっていることもあれば、粘土を潰したように横に薄くなって、隙間に入っていることもある。上半身は普通なのに下半身がぺらぺらの紙のようになって、腰の折れた格好で塀の下にいることもある。片手だけが伸びて、絡み付いた木の上から白い指が出ていることもある。

 ただそれだけで、何をしてくるのでもないのだが、私たちの間では、大変に恐れられていた。

 隣町の小学校で伸び女を見たという奴が出た、6年の誰それが見た、隣のクラスで目撃者が出た、噂は徐々に近づいてきて、やがて私たちのクラスでも遭遇する者たちが出てきた。

 彼らは口をそろえてこう言った。伸び女は、見ている時には完全に風景に同化していて、新聞紙だとか、公園の遊具だとかと同じ、ごく当たり前のものに見える。

 だから、はっと我に帰った時に、頭の中に残った顔や手の長い女、薄い女、柔らかい女の姿を思い出した時に、恐怖は襲ってくるのだという。

 また、女がどんな顔をしているかについては、申し合わせたように、皆記憶がなかった。

 結局、伸び女の目撃談は、そこらの街の小学校を一通り風のように巡り巡った後、私たちが中学校に上がる頃に、ぱったりと聞かれなくなり、やがてそのほか多くの不気味でユーモラスでノスタルジックなフォルムのお化けたちと共に、すっかり忘れ去られてしまった。

 私はというと、小学校の六年間、結局一度も伸び女には出会わなかった。

 父と別れ、私を引き取った母が、その後の私の性格に暗い影を落とすほどに歪んだ形で、私を偏愛したのがその六年間だったからであろうと、誰に言われるでもなく、なぜだか、何となくわかっていた。

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伸び女 安良巻祐介 @aramaki88

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