猫と畳

鹽夜亮

第1話 猫と畳

 我が輩は猫である。…いやはや、ありふれて、しかも模倣とは、酷いはじまりだ。

 

 暑い。人間が夏と呼ぶこの季節は、どうも好きになれそうにない。どこもかしこも暑苦しく、すっかり食欲もわかずじまいだ。人間は何やら、えあこんという名の冷たい風を作る機械に頼っているようだが、アレは私にとっては毒だ。お腹が痛くなる。

 そんなこんなで私は、夏と呼ばれるこの時期になると、涼しい場所を求めて家中を歩き回ることになる。絨毯よりはフローリングの方が涼しく、人間が窓を開けていればその近くもよい。えあこんが効いている部屋にはなるべく近付きたくないが…致し方ないときもある。

 外界からの風の通り道というのは、家の形で決まっているものだ。人間はそういったことに私ほど敏感ではないのだろうが、私には風の流れが目に見えるようにわかるし、何よりも外の独特な匂いでそれを追うこともできる。

 最近の私のお気に入りの場所は、フローリングでも絨毯の上でもなく、だだっぴろい畳が敷かれた和室だ。人間がここの窓を開け放ってくれれば、風通りも素晴らしく、畳はひんやりと私の身体を冷やしてくれる。しかも、爪研ぎにもちょうどよいという実に便利な代物だ。……爪研ぎをすると人間の怒鳴り声が聞えてくるのが、少々厄介ではあるが。

 今日も今日とて、私は日課のパトロールを終えた後、和室に腰を落ち着けた。今日はいつもより幾分か涼しいようで、開け放たれた大きな窓からは心地よい風が通り抜けていく。

 私は念入りな全身の毛繕いを終えると、畳に身体をぺたりと倒した。ひんやりとした温度と、ざらざらとした感触が毛と皮膚を通して伝わってくる。引っ切りなしに、しかし穏やかに吹き抜ける風からは、草の香りがする。目を閉じると、すぐに眠気が私の身体を支配した。

 耳には、私の名前を呼ぶ声が聞えるが、放っておいてもよいだろう。なんせ私は今眠いのであるし、それにこれほど居心地のいい場所から離れる気もないからだ。

 ああ、人間はなんでああも私を構いたがるのだろう。もう少し放っておいてくれてもよいというのに…それに人間というやつは、どこか忙しなく声も大きく、やたらと毎日何かに追われているようで、見ているこっちが疲れてしまう。私はゆっくり、ゆったりとしたいだけだというのに…ああ、そうだ。ゆったりといえば、たしか二階にある飼い主の部屋の出窓も大変居心地がよかったように思う…そう…たしか………あと……………。



「み〜!こら!和室入ったらダメでしょ?……なんだ、寝てるのか…。そっとしておこうか…。」

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猫と畳 鹽夜亮 @yuu1201

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