夏の日の電脳少女
白猫亭なぽり
夏の日の電脳少女
「部長、その子誰ですか?」
「フユ、よくぞきいてくれた! 彼女は我が文芸部と電脳部が共同開発した、小説執筆ロボの
文芸部部員・フユヒコの眼に飛び込んできたのは、窓辺に座って書きものをするヘッドホン姿の少女。
ついに文芸部にも女子生徒が!? と色めき立ったフユヒコだったが、部長の宣言を前にしてあからさまに肩を落とした。
当のオハナは、ペンを止めてフユヒコを見あげると、小さくお辞儀をしてみせた。
その仕草とつい守ってあげたくなるような微笑みは、男心をあまりにも的確に、そして巧みにくすぐってくる。朴念仁で通ったフユヒコすら、ついドキッとしてしまうくらいだ。
「電脳部謹製の美少女型アンドロイドに、文芸部が持つ大量の書籍データをインプットしたことで、単体での創作活動が可能となったのだ!」
わざわざ立ち上がり、額に汗を光らせて熱弁する部長とは対称的に、オハナは涼し気な表情でペンを走らせる。その姿をみて、フユヒコはある疑問を覚えた。
なぜ、わざわざ手書きなのか?
ロボットならば、テキストデータをプリントアウトしたほうがずっと早いはず。
そのことを問うたら、部長に一喝された。理不尽だ。
「浪漫を解さぬとは、文芸部の風上にもおけぬ奴! 手書きだからこそ味が出るのだよ!」
要は部長の趣味、ということだ。
二十一世紀生まれなのに、彼は手書きの原稿にこだわる。理由は『浪漫』一辺倒。電子機器の便利さを説いても聞く耳を持たない。
そもそも、大量の言語データから紡ぎ出した文章を、手書きの原稿として可視化できるようにしたのは電脳部であり、部長の手柄ではない。
「オハナちゃん、それ、ちょっと読ませてくれるかな」
お手並み拝見、と原稿を受け取ったフユヒコは、その出来栄えに目を見張る。
支離滅裂に単語が並ぶだけでは、という危惧を見事に裏切った、読むに耐える文章だ。余計な修飾や言い回しのなさは機械っぽいが、かえって透明感すら感じさせる。
「ちゃんと小説になってる! すごいじゃないか!」
「恐縮です――ありがとう」
そっぽを向いてうつむくオハナは、首筋から耳の先まで真っ赤に染めている。
まさか照れているのか、と電脳部の技術に舌を巻いたフユヒコだったが、いざ原稿を返そうとした時、オハナの異変に気づいた。
顔を赤くしたまま、呼びかけても答えないのだ。
部長がそばに寄っても、動く気配がない。
「熱暴走ですかね?」
「……電脳部の野郎っ!」
半袖のシャツをさらに腕まくりした部長が、勇ましく部屋を飛び出してゆく。
真夏、しかも空調を止めた部屋。それも彼女の熱暴走の要因の一つだろうが、決定打ではない。
オハナが止まった真の原因は、動かない彼女を抱えたまま、ただ呆然としているしかなかった。
夏の日の電脳少女 白猫亭なぽり @Napoli_SNT
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