乙女心と夏の空

白猫亭なぽり

乙女心と夏の空

 私は苛立っていた。


 部室のクーラーが音を上げた。

 窓は全開でも、部屋の不快指数はうなぎのぼり。サイダーのボトルにびっしり浮かぶ水滴がそれを物語る。ヘッドホンでお気に入りの音楽を流しても、蒸れて余計に暑くなるだけ。目の前の原稿に集中しようとしても、筆がどうにも湿りがちだ。

 

 でも、文章が浮かばない理由は、夏の暑さだけじゃない。

 部室の床に寝転がる『ナツ』――幼馴染のナツキの存在も、私の苛立ちに拍車をかける。


 去年、私とナツは同じ文学賞に応募した。

 応募するからには大賞てっぺんを取る。私は並々ならぬ覚悟で、ナツは軽い気持ちで、それぞれ原稿を送った。

 結局、気合の空回りした私は一次審査落ち、肩の力が抜けたあいつは奨励賞だった。


「ショーコちゃん、楽しそう! 僕もやってみたいな!」


 まだ恋も知らぬ子供だった頃。私に触発されたナツは、そう宣言して文章を書きはじめた。

 そして今、私を置いて先に行こうとしている。そんな気がした。


 あいつの書く文章は上手い。

 どこで身につけたのか見当もつかない表現、丁寧に練られたストーリーを前にしては、私の言葉なんてありふれたシロモノだ。

 それでも、ナツに追いついて、一緒に歩きたい。そんな文章を書きたい。そう思うのは、私のわがままなんだろうか?


「いいと思うけどな、ショーコちゃんの文章」


 丸めて放り捨てられた原稿。あいつはその一つを手にとって読み耽っていた。


「……あんたに何がわかんのさ? 奨励賞取ったくらいで先生気取り? 冗談じゃない!」

「シンプルで、真っ直ぐで、すっと心に入ってくる。俺が書くとこうはいかないからな、うらやましい」


 そんなこと言うつもりじゃないのに、つい言葉を荒げてしまう。

 そんな私に、ナツがぶつけてきたのは、いつもと違う言葉だった。


「本当はさ、ショーコちゃんみたいに、読み手の心にズバッと刺さるような物を書きたいんだ」


 穏やかに、でも寂しげな微笑みを浮かべて話すあいつから、目が話せない。


「俺はショーコちゃんの小説のファンだし、ショーコちゃんの文章、好きだよ」


 そう、こいつはこういうことを、サラリと言ってくるからタチが悪い。

 あれだけ凝った文章を書くくせに、どうして物言いは真っ直ぐなのか?

 どうしてこいつは、こうも私の心をかき乱すのか?

 そう言われれば、私が喜ぶと思っているのか? 冗談じゃない!

 

 ――喜ぶに決まってるじゃないか!


「どうしたの、ショーコちゃん? お腹痛い?」

「うるさい、バカ。物書きだろ、ちょっとは察してよ」


 ただでさえ暑いのに、これ以上その間抜け顔を見ていたら熱中症になってしまう。それに、今の表情だけはこいつに見られたくない。

 私は彼に背を向けて座り込み、膝に顔を埋めて、誰にも知られないように泣き笑いを噛み殺した。

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