時間の流れが違う兄妹の話

@esm0106

第1話 妹の砂時計


 「この砂時計はね。時間の流れを逆さまに出来るって言ったら、信じるかな?」


 妹はくすり、と笑った。

 もしそんな奇跡みたいなことがあるのなら、迷わずそうするのだが。

 しかし残念ながら信じられない事だ。

 そんなこと言うまでもないだろう、と返す。


 「あはは、そうだよね。……ねえ、もし私が時間を戻せるとしたら、お兄ちゃんも一緒に戻ってくれる?」

 

 「何を馬鹿なこと言ってるんだ。そんなこと有り得ない。それより早く……」


 「お兄ちゃん、もう時間なさそうだよ。もうすぐタイムリミットかも」

 

 妹は他人事のように笑っていた。

 絶体絶命だというのに。

 時計を見ると、日付が変わるまで五分もない。


 「ああ、くそう……さっきまで楽しく話してたのに……レポートも放り出して遊んでたのに……なんでこんな事に……」


 「お兄ちゃん……」


 分かっているとも。

 それが原因だ。

 単位を落としそうなのに、本日締め切りの大量のレポートから現実逃避してしまった。


 ……ああ、そうだ。


 つい、軽い気持ちだった。

 妹を誘って屋根に登り、時間を潰そうなんて、一体何でそんなことを考えたんだろう。

 ……もう、今更な話だが。


 「……くそっ!」

  

 「あはは……頑張っても、もう無駄なんじゃないかな……」


 「そんなこと言うなって!頑張れば……頑張れば、何とか……!」


 「でも、これはもう……駄目っぽいよ」


 しかし、妹はなおも弱音を吐く。 

 それ以上は聞きたくなかった。

 握り拳をガンッとぶつけて言葉を遮る。

 

 「うるさいっての!」


 「うっ、痛た……もう、やめてよお兄ちゃん。もう無理だよこれは……」


 「いや、まだだ……まだ間に合う……!」


 額を嫌な汗が伝う。

 ……本当はもう手遅れかも知れない。


 ああ、早く何か行動しなければ。

 そう思ったときには既に遅かったのだ。

 このままでは、落ちる。


 「あっ」


 そのとき、一陣の風が吹きーーーー

 風に舞ったレポート用紙は、手を伸ばしても上手く捕まらず。

 だから俺は焦り、それを言ってしまった。

 

 「あ、ごめん、取って……!?」


 このレポートが無ければ、俺は単位を落としてしまう。

 妹は、風で飛んだ俺のレポート用紙を取ろうとしてくれたのだ。


 

 ……ぐしゃり、という嫌な音が、俺の耳に再生された。


 何故こんな事になったのか。

 呆然とその光景を見つめる。


 プルプルと震える妹の足。

 その下にあるのは。

 目を覆いたくなるようなそれ。

 まるでぺしゃんこに踏んづけられて、ぐしゃぐしゃにされた、ぼろ切れのような。


 「あ、あ……」


 滅茶苦茶で、何とか原型を留めているような状態だった。

 血の気の引いた顔の妹が目に入る。

 

 「……ゴメンね、お兄ちゃん」


 手の施しようが無いほどに。

 見るからに手遅れだった。

 それを見て、俺は悟ってしまう。

 ……落ちた。 

 

 妹が呻く。


 「足が滑っちゃった……」



 あんな所でレポートを書こうとするんじゃなかった。

 妹と屋根の上になんて行くんじゃなかった。


 俺は切に、そう思う。

 ああ、本当に時間が巻き戻せればいいのに。






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