を作りたい
朝起きて固まった。なぜかというと、目を開けて一番最初に目に入ってきた時計が、7時50分を指していたからだ。
「………………………………遅刻じゃん。」
制服に着替え、顔を洗い、ロクに髪もとかさずにパンを咥えて家を出た。
「…………あ。」
「お。」
出たところで、隣に住む同い年の男子、佐久間光と会った。
「おぉー!佐久間じゃん!よかったぁ〜。佐久間も遅刻?」
「朝からテンション高い。うざい。」
「佐久間が低すぎるんだよ!ねぇ、急がないとヤバくない?早く行こうよ!」
「近道すれば大丈夫だっつーの。」
「は?近道なんてあるの?へぇー!どこ?」
「行けば分かるから黙ってろ。いいから早くパン食えよ。」
「もー。朝から冷たいなー。」
佐久間と私は家が隣で、小学校に上がる前から仲のいい幼馴染だ。佐久間は普段は冷たいが、根は良い奴だから私は好きだ。好きといっても恋愛感情は微塵もなく、単純に一人の人として好きだ。
ちなみに私は日々野葵。人の少ないこの町ではうるさいほど元気。とにかく元気。元気なのはいいことだよね!
私も佐久間も高校2年生。受験にはまだ一年あるから、今年の夏はまだ楽しめそうだ。
「ねぇ佐久間。そろそろ夏休みだね。」
「あぁ。そうだな。」
パンを食べ終えた私が佐久間に話しかけた。今私たちは細い階段を下っている。周りは草が多くて、十七年間この町にいた私でも見えていなかったようだ。多分ここが、佐久間の言っていた近道。
「今年も夏祭り行こうね!」
「あぁ。」
佐久間はいつも返事が短い。会話は長くは続かず、沈黙も多くなるが、佐久間といて気まずいとかは今更感じるわけもなく、この沈黙がむしろ心地よかったりする。
「……あれ、おーい二人ともー!」
後ろから声がした。振り返ると、親友の富田千華がいた。
もう階段は終わっていて、学校は目の前だ。
「千華!おはよー!今ね、佐久間と夏祭り行こって話してたの!もちろん千華も一緒に行くよね?」
「もちろん!今年も浴衣着ていこうね!」
千華はオシャレさんだ。そりゃもう私とは比べるのも笑っちゃうくらい。
毎朝髪を結ってきては毎時間くしでとかしたり、念入りに鏡を見たり、私が持ってないものを持っている千華は私の憧れだ。
「千華の浴衣姿かぁ。懐かしいなぁ……千華かわいいから、羨ましいよ」
「え?何言ってんの葵。私からしたら葵が羨ましいってのに」
「はぁ?千華が?私に?私のどこにそんな人に羨ましがられる要素があるわけ?」
「どこって、そりゃ………」
「バカすぎて周りが見えてないから失敗しても何も思わなくて済むし、能天気で悩みなんてなさそうだから……だろ?千華」
「え?そ、そうそう!ありがとう佐久間、代弁してくれて」
「そこ感謝するとこじゃないから!佐久間も千華もひどいから!」
私は十七年間、この町で生きてきた。
だけど別に嫌いだと思ったことはないし、何一つ不満もない。
こんな風に平和な日々が、ずっと続いていけばいいと思ってる。
そりゃ大人になったら、みんな離れ離れになってしまうかもしれないけど、そのときはまたこの町に集まって、喧嘩したことも、泣いたことも、辛かったことも悲しかったことも全部笑い話にできたらいいと思う。
あと二年もない。
私たちが卒業するまで、あと二年もないんだ。二年後、私はこの町じゃなく、どこか遠くに、この町の人じゃない誰かといる。それでも―――
「……花火、楽しみだね!」
千華が明るくそう言った。だから私は、いつか来る別れのことなんて考えずに、今は今を楽しもうと思った。
「うん!そうだね!」
「あぁ。そうだな」
あの夏に咲け! 蝉時雨 @mnt310
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