あの夏に咲け!
蝉時雨
第1話 思い出
私の実家は神社を営んでいる。
『凪野神社』という神社で、狭く隔離されたようなこの町――凪野町で最も目立つ建物だ。
今日は年に一度の夏祭り。私も友達と行く予定だったのに。
「なんで!?お祭り、行ってもいいんじゃなかったの!?」
「仕方ないでしょ。我慢しなさい千里。あなたはここの神社の子なんだから。他の子とは違うのよ。」
「でもお母さん、昨日は行ってもいいって言ってた!」
「思った以上に人が足りてなくてね。あとこの神社の舞を舞えるのは、お母さんと千里しかいないのよ。」
「だったらお母さんがやればいいのに!」
「お母さんだって忙しいの。あなたはただ遊ぶだけなんでしょう。いい?あなたは今日お祭りには行かずに神社の手伝いをしなさい。」
「いやだ!ねぇお母さん!ねぇってば!!」
私は八神千里。まだ五歳だ。なのに、小学生にもならない内から神社のあとを継ぐという将来が決まっている。だから、お母さんは私に厳しい。
「ぐすっ……」
「お、千里ー!……お前、どうしたの?」
「うっ……海月ぃ〜!」
私が泣きながら鳥居をくぐると、幼馴染であり、私の唯一の友達、倉本海月がいた。
「海月……ごめん。神社の手伝いがあって、今日のお祭り行けなくなっちゃったの。」
「あぁ、それで泣いてんのか。」
海月は私と同い年だが、男だ。でも、明るくて人と人との間に壁をつくらない。『仲間に入れて』の一言が言えずに、友達のいなかった私にも声をかけてくれた。海月は、私の他にも友達はいるのに、私が一人になってしまうから一緒に行こうとしてくれてたんだ。なのに、
「ほんとにごめんね、海月。」
「別にいいよ。だから泣くな。お土産いっぱい買ってきてやるから。」
そう言って海月は、私の手を握ってくれた。
―――あのとき、海月の手を離さなければよかった。あのとき海月を一人でお祭りに行かせなければ、海月があの人と出会い、好きになることも――なかったかもしれないのに。
「………………はっ」
……起きたら自分の部屋にいた。だが見事なまでの寝相の悪さで布団から大いにはみ出し、畳の上にいた。
どうやら小さい頃の思い出を夢に見ていたらしい。そういえば、そろそろ夏祭りの季節だからだろうか。
「……今年もきっと、手伝いかな。」
もう一眠りしたいところだが、学校に遅刻してしまうため、私は渋々起き上がった。
今の私はもう高校2年生。お祭りに行けないくらいで泣くようなこどもじゃない。
そうだよ、私一人が我慢すればみんな幸せになるんだから。だから……笑ったふりでもしていればいい。生憎、作り笑いは得意なんだから。
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