夏のヘッドホンはとても暑い

藤崎珠里

1

 無音のヘッドホン越しに、蝉の声が聞こえる。生ぬるい風が運んでくる潮の匂いに、すん、と鼻を鳴らし、私はシャツの袖で汗を拭った。

 このヘッドホンは、隣で寝転がっている幼馴染への『集中しているから邪魔するな』というアピールだった。そうアピールしているだけで、実際には特に集中しているわけでもない。

 仰向けに転がって本を読む彼を、そっと盗み見る。本のせいで顔はよく見えないが、そこに隠れたまつ毛が意外と長いことを、私は知っている。

 緩められた制服のネクタイ。肌色が覗く胸元、お腹――汗の粒が見えて、慌てて目を逸らした。


「……ん? どーかした?」

「別に、どうも」


 そっけなく言って、持っていたシャーペンをせわしなく動かす。彼はふーんと気のない返事をして、また本に視線を戻した。

 シャーペンを止める。書いていたのは、次に書く小説のプロットだ。キャラの絵まで描いて丁寧に作っていたが、なんだかしっくりこない。

 ため息をついて、新しいページを開く。


 小説を書き始めたのは小学生のころだった。本好きな幼馴染に触発されて、それじゃあ私は書いてみよう、なんて軽く考えて。それからもう十年近く、彼にしか読ませない小説をいくつも書いてきた。

 彼にしか読ませない理由は単純だ。書いた小説を誰かに読まれるのは裸を見られる以上に恥ずかしくて、それに耐えられる相手が彼しかいなかったというだけ。


「……喉渇いた」


 ぽつりと小さくこぼした彼に、足下に置いていた炭酸飲料を無言で差し出す。ぬるいし炭酸も抜けているだろうが、喉を潤すのには問題ないだろう。

 体を起こした彼は、ごくごくと音を立てて一気に飲んでいった。そんなふうに飲めるなら完全に炭酸抜けてたんだな、と思ったが、ペットボトルから口を離した彼は盛大にげっぷをした。いくら幼馴染だからってちょっとは気を遣え。


「なーお前さ、なんでウチ来るといっつもヘッドホンしてんの?」


 は? と思わず目を瞬いてしまう。


「だって今の聞こえたってことは、お前なんも音楽聴いてないってことだろ?」

「……はかったな」

「人聞き悪いな」


 むう、とする幼馴染を黙らせるため、リュックにしまってあった小さいノートを渡す。この前書いた短編だ。ある程度の長さならパソコンで書くけど、短編は基本アナログで書く。

 途端に彼は、顔を輝かせて読み始めた。いつものことだが、文字を追う彼は本当に楽しそうだ。

 でも今日はその表情に、なぜかいつもとは違って――いつも以上に、胸がきゅうっとした。


 読み終わったらしい彼が何か言う前に、ヘッドホンを外して彼の頭につけ直す。きょとんとした彼に向けて、声を出さずに唇を動かしてみた。



 たった二文字。ウ段とイ段の音。



 それだけで伝わるのだから、さすが幼馴染だ。

 顔を真っ赤にさせた彼が、ヘッドホンを外す。


「これのせいで聞こえなかったから、もっかい!」


 そう言う彼に、私は「そもそも何にも言ってないよ」とからからと笑ってやった。



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夏のヘッドホンはとても暑い 藤崎珠里 @shuri_sakihata

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