たった二人の小さな世界
大臣
「ねえ涼。原稿これでいい?」
私は隣にいる涼に聞いた。彼は頷く。
海辺の町に流れるゆったりとした空気。この小さな部屋にもゆったりとした空気が流れていた。
「じゃあ、カウント開始」
私はラジオMCの涼に言う。ガラス越しに私が伝えた言葉はどうやら伝わっていたようで、彼は頷く。
「三十秒前」
私はこのラジオ局に最近入った。それまでは涼さん一人でやっていた。今も昔も、ラジオが流すのは涼の声だから、私みたいな裏方が増えようと、何の関係もない。
「二十秒前」
小学校の頃から、色々なことができたから、中学校でも期待された。まだ精神面の発達が未熟だった私は、期待に応えたくて、まんべんなく頑張り、色々な結果を出した。
そのうちに、私のことを好きだという男の子が告白してきた。顔はかっこよかったけど、私は断った。
彼が欲しいのは、なんでもこなす私の彼氏という看板だとわかっていたから。
でもそれで終わるほど現実は甘くなかった。
その子は、告白を断られたはらいせに、私の悪評を吹聴し、便乗した連中が、私をいじめ出した。
親しかった友達もいなくなり、私は学校に行かなくなった。
「十秒前」
私の家は二階建てで、私の部屋は二階にある。南向きの窓は、あの時期はいつも閉まっていた。いつも薄暗く、私は適当な時に寝ていた。
でも、時間の感覚を忘れないために、ラジオをつけていた。
この地域にだけに流れるラジオ。私はそれが好きだった。
今日の海の様子とか、星の話とか、午後七時に流れるもの全てが。
あの日も私はラジオをつけていた。
『みんな!今日もよろしくな!』
私は小さく拍手をする。
『さて、今日も夜空の話と行きたいが、まずはお便り紹介だ』
少し驚いた。
予定が変わるのはよくある。だいたいは番組の半分を過ぎてからだ。
『P.Nラブリさんより』
お便りにはあったのはこんなことだ。
ラブリさんには親友がいた。ある時、親友がいじめられはじめたそうだ。でもラブリさんは、自分もいじめられるのを恐れて、何も出来なかったそうだ。
でも、本当は助けたかった。怖くて離れてしまったのだと。
「えっ……」
私はおもわず声を漏らしてしまう。
これは私の親友だ。
MCは、お便りを話してからしばらく黙ってしまった。
今更そんなこと言われても……
『でもなぁラブリさんよ。助けるとか、そんな大層なことしなくてもいいと思うぞ』
えっ?
『きっとラブリさんの友達は、傍にいて欲しかっただけだよ。だからな、なんでもいいからその子と関わってな。難しいだろうけど、最初よりはハードル下がったろ。じゃあMCの気まぐれはここら辺までにして……』
その後の話は、耳に入ってこなかった。
でも、MCの言葉は妙に私に入ってきた。私が望んでいたことを、ピシャリと当てていたから
……戻ろう。あの場所に
救いのない、残酷な場所だけど、私はあそこに戻る。
そして、あのラジオ局に入ろう。
「五秒前」
四、三、二、一と、私はカウントする。
ラジオが、始まる。
たった二人の小さな世界 大臣 @Ministar
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