しゅわしゅわ

ピクルズジンジャー

その日誰かがボタンを押しました。

 コインで動く遊具と寂れた売店しかないデパートの屋上で私とあなた二人だけ。多分地球上にいるのも二人だけ。

 

 あなたと二人買い物に出かけた夏休み初日、世界各地で屋外にいた人たちが一斉にしゅわしゅわと蒸発し始めたことを私たちはスマホを通じて知った。もちろん私たち以外の人たちも同時に知った訳だからパニックは避けられない。


 デパート中の人たちが屋外に出るのを避け地下鉄の駅へ殺到するのとは反対に、私たちはレディースファッションのフロアでじっと息を潜めていた。私たちの目的は地元のモールにはないショップを覗き、小物の一つでも購入することだったのだから。その目的を達成するまでは帰れない。


 というよりもこれチャンスじゃない? 私たちだけであのショップ乗っ取れるよ? 


 二人の間でそんな話がまとまったけど結局乗っ取りは無理だった。ショップのお姉さんが私たちが機会をうかがっているのに気が付いていたから。


 でもお姉さんはいい人だった。理由を話せばデパートにいる間ショップの中にある服を着て自由に過ごすことを許してくれたし、コーデやメイクの仕方も教えてくれた。

 お姉さんは頼りになる人だった。地下を占拠し自分たちだけで食べ物や水を独占しようとする人たちとやりあって食糧や家具売り場のベッドをちゃっかり確保した。でもお姉さんは二週間ほどするとデパートの外に出てしまった。飼っていた猫のことがどうしても気になるからって。

 お姉さんがデパートを去る前には、電気が供給されなくなった。地下では血みどろの争いが繰り広げられていたけれど、私たちはその目を盗んで食べ物をくすねた。それでもお腹は満たさないけれど汚れきったトイレに立ち寄る回数が減らせるしって考えればいいかな? で、凌いだ。

 デパートの中に残っていた人たちの数は次第に減っていく。共倒れしたか、お姉さんのようにしゅわしゅわになっても構わないという覚悟で外に出たようだ。


 気が付けばこのデパートに二人きり。そんなある日、もう退屈で退屈でどうしようもないから屋上に出てみようかって話になった。


 ねえ、どうせ誰も見てないし二人でこれ乗ってみようか。うわ、人類消えても百円いれれば動くよ、マシーン最高!


 お財布の中にあった残りの百円を全部つっこんで、パンダの形の車に二人でまたがりゲラゲラ笑いながら眩しい屋上で乗り回す。

 デパートの外は耳が痛くなるくらい静かだった。電車や人が行きかう音も何もない。空にはカラスやハトの姿もない。蝉の声すらない。


 一通りはしゃぐのにも疲れた後、パンダの車にならんで座って駅ビルの向こうの大きな入道雲を眺める。地上で人類や脊椎動物や無脊椎動物がしゅわしゅわしていったにもかかわらず、空は変わらず青いし入道雲は大きい。


 デパートの外に出てしまった以上私たちの体もそろそろしゅわしゅわしてゆきそうだけど、その時まであなたと二人空を眺めていたい。それが私の人生最高の夏休みの終わり。

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しゅわしゅわ ピクルズジンジャー @amenotou

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